第106話 惹き合うもの
時間はちょっとだけ前にさかのぼる。
ニーズヘッグと別行動になってしばらくした時だった。アイリスは怪しい人物に声をかけられる。
「ちょっとそこの眼鏡のお嬢さん、少しよろしいですか?」
「はい?」
思わず声に反応して顔を向けたアイリスの目の前にいたのは、フードをかぶって顔を隠した人物。服装や声からすると女性ぽかった。
「武術大会の会場に不穏な魔力が集まってきている。だけど、お嬢さんの魔力とは相性が良いみたいだ。君ならきっと事態を収束させられる。すぐに向かって欲しい」
「えっ、それってどういう……」
アイリスは驚いて武術大会の方向へ視線を向ける。そして、すぐに視線を戻すと、声をかけてきた女性の姿はもうなかった。
目を離したのは本当に一瞬。その一瞬で、女性の姿は消えてしまったのだ。
困惑するアイリスだったが、言われた言葉が気になって仕方がない。やむなく、アイリスは武術大会の会場へと向かっていった。
武術大会の会場へとやってきたアイリスが見つけたのは、ペシエラたちと睨み合っている巨大な白銀の狼の姿だった。
「待って!」
アイリスの口から出たのは、なぜか止めようとする声だった。
なぜこの言葉が出てきたのか、アイリス自身も分からない。でも、なぜかそのような言葉が出てきてしまった。
白銀の狼はアイリスを睨みつける。
しかし、震え上がったアイリスを眺めていたフェンリルは、なぜか驚愕の表情を浮かべている。
「ま、まさか……ベル……?」
「えっ?」
フェンリルの口から出てきた言葉に、アイリスとペシエラが驚いている。なにせつぶやいたのは、以前に奇跡の湖で聞いた神獣使いの女性の名前だったのだから。
「はははっ! やはりお前もその名をつぶやいたか。あそこにいるあの娘は、お前も懇意にしていたベルの子孫だからな」
「なん……だと……?」
ニーズヘッグが笑いながら告げると、一度ニーズヘッグを睨んでから、すぐにアイリスへと視線を戻している。
「懇意……。つまりは惚れていたと、そういうわけなのですわね」
「そういうこった。あの誇り高き神獣フェンリルともあろうものが、人間に惚れてただの犬コロになっていたのだからな。見ていてそれは愉快だったぞ」
「黙れ! この黒トカゲが!」
ペシエラの言葉を受けて、ニーズヘッグがフェンリルをからかっている。さすがにこれにはフェンリルはキレている。
「きゃあっ!」
怒りに任せて起こしてしまった吹雪に、アイリスが悲鳴を上げる。
「主!」
「ベル!」
ニーズヘッグとフェンリルが同時に反応する。
「お前、主に害をもたらす気か? さすがに格上の神獣とはいえ許せぬぞ。こちらは幻獣ではあるが、厄災とまで言われた我だ、ただでは済まさん!」
フェンリルを睨みつけて、ニーズヘッグは怒りモードになっている。
「公爵様! 早く殿下たちを連れて避難して下さい。あの二体が暴れては、ここはただでは済みませんわ! 殿下たちも早く!」
危険を感じたペシエラが叫ぶも、殺気を放つニーズヘッグのせいで誰も動けない。厄災の暗龍と呼ばれただけあって、こんな副作用をもたらしてくれているのだ。
さらに観客席に人影が見える。誰かと思えば、ロゼリアとチェリシアだった。
(なんでお姉様たちが残っているの! って、お姉様?!)
ペシエラが驚愕する。なぜなら、チェリシアが興奮してフェンリルの姿を撮りまくっているからだ。ロゼリアに怒鳴られているの動かないあたり、呆れるばかりの野次馬根性である。
ここはやむを得ないと、ペシエラは剣を構える。まだオフライトとの戦いのダメージが完全に回復しているとは言えないが、責任感で戦う気十分である。
ところが、目の前にいるフェンリルの様子がおかしい。
「ニーズヘッグよ」
「なんだ。急に名前を呼ぶとか」
フェンリルが名前を呼んだことで、ニーズヘッグが驚いている。さっきまで黒トカゲだったのだから、驚くのも無理はない。
「我がここにやってきた理由が、ようやくわかった。どうやら、我はあの者と会うためにここに来たようだ」
「ああ、そうか。そりゃ、主はベルの子孫だからな」
「我を呼ぶ声は、この娘からしていたのだ。なるほど、召喚陣に逆らえなかったのも納得がいく」
フェンリルの話を聞いたニーズヘッグは、怒りを抑え、構えを解いて直立している。
ニーズヘッグの動きを見たフェンリルは、アイリスへとゆっくり近づいていく。
「アイリスに危害は加えさせませんわよ」
ペシエラが剣を強く握りしめるが、その前にニーズヘッグが立ちふさがる。
「何をしますの、ニーズヘッグ」
「心配するな。さっきの話は聞こえていただろう。まぁ、おとなしく見ていろ」
ペシエラは、仕方なく剣を下ろしている。その姿はロゼリアとチェリシアからも見えたのだが、その時のペシエラの表情が見えていたチェリシアは状況を察したようだ。
闘技場の外からは騒ぐ声が聞こえてくるものの、武術大会の会場は対照的に静まり返っている。
フェンリルは怯えるアイリスの前までやってくる。
「怯えずともよい。我は、そなたに会うためにやってきたのだ」
フェンリルがアイリスへと声をかけると、ゆっくりと座っている。
その時だった。
アイリスの胸元から、突然、強い光が放たれ始めたのだった。




