第101話 姉バカヒロイン
決勝トーナメントが始まった時、まさに試合が始まるという武台に向けて、まったくもって落ち着きを失っている人物が一人いた。
いわずもがな、ペシエラの姉であるチェリシアだった。
こうなるのも無理はない。ペシエラの戦いは、決勝トーナメントの初戦であり、その相手は王国騎士団副団長の息子であるオフライトなのだ。剣術の腕前であれば、現在の在学生の中ではトップクラスの人物。心配になって当然というものである。
「チェリシア、落ち着きなさい。あなたがそんな状態でどうするの」
「で、で、でも、相手はあのオフライト様よ? ああ、ケガしたりしないかしら……」
ロゼリアが落ち着かせようとするも、チェリシアは口に手を当てながらおろおろとしている。ここまで取り乱すチェリシアというのは、本当に珍しい。そこまで姉バカと化している。
オフライトはゲームにおける攻略対象の一人で、魔法の才がほとんどない代わりに、物理攻撃は劇中最強と言っていいキャラだ。剣術に特化した技の数々は、ゲーム中では頼りになるものばかり。特に、のちに習得することになる『横薙ぎ一閃』は、夏合宿でペシエラがやってみせた魔物の殲滅を再現できるほどには強力である。
そんなオフライトが得意とする武器が、今、手にしているロングソードである。
「うう……。模擬剣で刃が潰してあるとはいっても、あのオフライト様よ? もし、傷なんかついたらどうしよう……」
あまりにもペシエラを心配するチェリシアの姿に、ロゼリアは知っているとは言えどもドン引きしている。そのくらいに心配しまくりなのである。
闘技場内には防護の魔法がかかっているから大丈夫だとロゼリアが声をかけるものの、チェリシアの不安を完全に払しょくするには至らなかった。
この状態のまま、二人の試合が始まろうとしている。
武台の上には、ロングソードを片手に直立するオフライトと、サーベルを両手で持ち、半身の状態で構えるペシエラの姿がある。
「始めっ!」
合図とともに両者が早速ぶつかり合う。
その瞬間、チェリシアは思わず目を背けてしまう。前世が比較的平和な世界だったこともあり、人間同士の戦いというものに慣れないからだ。しかし、姉として妹の勇姿を見届けないわけにはいかず、チェリシアはおそるおそる目を開けて武台へと視線を向ける。
向けられた視線の先には、オフライトと対等に剣を交えるペシエラの姿があった。
一度距離を取ったペシエラの体が淡く光る。身体強化の魔法を発動したのだと、すぐに分かった。
再び剣を交え合う二人。動きにくい女子学生の制服にかかとの高い靴を履いたペシエラが、騎士団副団長の息子であるオフライトと対等に渡り合っている。この状況に、会場内はこの上ないほどの興奮状態に包まれている。
対等に見える戦いだが、チェリシアは見抜いていた。ペシエラが少しずつ無理をしていっていることに。男性と女性、十三歳と十歳、鍛えた体と比較的普通の体。その差はどうしても埋めきれなかった。
やがて、ペシエラの動きは止まってしまう。もはや、立っているだけの状態だった。
「わたくしの負けですわ」
ついにはペシエラが負けを認め、戦いが決着した。
その瞬間、チェリシアは悔しくてしょぼんと落ち込んでしまう。
直後、ロゼリアに慰められたチェリシアは、ペシエラを労うために控室に移動することにしたのだった。
選手控室にやってきた二人は、ノックをして部屋の中に入っていく。そこにいたのは、先程の戦いを終え、淑女らしさを微塵も感じられないほど前かがみになってしまったペシエラだった。
「お疲れ様、ペシエラ」
「ああ、私ってば生きた心地がしなかったわ」
二人はそれぞれに労っている。
「それにしても、ずいぶんと珍しい姿勢ね」
「仕方ありませんわ。ほとんど全力を出してしまいましたので、とても姿勢を保てる状態にありませんもの」
ロゼリアに姿勢を咎められたペシエラは、しっかりとした口調で言い返している。口だけは、どんな状態でも達者のようだ。
その様子を見たチェリシアは、収納魔法から飲み物を出して、ペシエラに与えている。受け取ったペシエラは、思わず一気に飲み干してしまっていた。
「さて、疲れているのは分かっているけれど、観客席に行きましょう。殿下も出ていらっしゃいますし」
「そうですわね。すぐに参りましょうか」
ロゼリアの提案を受け入れて、ペシエラは立ち上がろうとする。だが、さっきまで満身創痍だったのだから、まともに立ち上がれずにふらついてしまう。様子を見ていたチェリシアがとっさに体を支えている。
「もうちょっと休んでないといけないみたいね。ほら、背負ってあげる」
チェリシアはそういうと、ペシエラに背中を向けてかがんでいる。おんぶしたいらしい。
「や、やめて下さいませ。恥ずかしいですわよ」
さすがにペシエラは真っ赤になりながら拒否をしている。しかし、拒否した際にもめまいが起きてしまっては、断り切るのは不可能のようだった。やむなく、ペシエラはチェリシアにおんぶされることになってしまった。
その時のペシエラは、十歳の少女らしくふて腐れたように頬を膨らませていた。
ロゼリアが微笑ましく笑う中、三人はそろって観客席へと移動していく。その時のチェリシアは、それはとても満足そうな笑顔を見せていたのだった。




