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第61話 莉理香とシャーロット

 ――ロンドンの夜。


 リビングに流れるテレビの画面には、ニュース番組の特集コーナーが映し出されていた。

 タイトルは大げさにこう打たれている。


《ドキュメンタリー婚活!?

 英国名門ハワード家、妹の“推し活外交”》


 スタジオの司会者は満面の笑みで話を続ける。


「今回の話題は、英国ハワード家の兄妹。妹のシャーロット嬢が、兄の恋路を応援するために日本まで留学! 帰国後もSNSで兄上の想い人を“全力ダイマ”しているとか!」


 画面には、シャーロットが日本の救護課でノートを取る姿、庶民派観光客を演じる様子、そして帰国後のSNS投稿が次々と映し出されていく。


《日本で出会った最高の医師! 兄上の恋は正しい!》


 字幕がつけられるたびに、スタジオは笑いに包まれる。


「いやあ、こんなブラコン聞いたことないですね!」

「むしろ微笑ましいですよ! まるで王家の恋物語のドキュメンタリーを見ているみたいです!」 


 画面では、さらに特集が続いていた。

 イギリス国内で行われた街頭インタビュー。


「いやあ、面白いよ! こりゃ恋愛ドラマだな」

「本当に結ばれたら歴史に残る恋だと思う!」

「がんばれシャーロット嬢! もっと全力で推して!」


 テロップには《市民もニッコリ》と表示される。


 スタジオに戻り、司会者が締めくくった。

「今後の展開に、世界が注目しています! 果たして“兄の恋”は実を結ぶのか!? 次回も続報をお届けします!」


 スタジオの拍手と笑い声で特集は締めくくられた。


 イギリス――ハワード家本邸。


 放送が終わり、リビングに沈黙が落ちる。

 アレクシスは完全に崩れ落ちていた。


「……世界中に晒されて……どうしてこうなった……」


 その後ろで、シャーロットは満面の笑みを浮かべてスマホを操作していた。


「兄上、見ましたか? #竜神先生 のタグがトレンド入りしましたわ!」


「やめろおおおおお!!!」


 アレクシスの絶叫が邸宅に響き渡る。

 対照的に、当のシャーロットは得意満面で胸を張っている。


「まあ、素敵じゃありませんか! 世界中がわたくしたちを応援しているのですわ!」


「応援しているのは“お前のブラコンぶり”だ!」


「違います! 兄上の恋が世界に認められている証拠です!」


「……そんな解釈をするのはお前だけだ……!」


 リビングで新聞を読んでいた父エドワード伯爵は、ばさりと紙面を閉じて額を押さえる。

 その隣では、キャサリン夫人が上品に紅茶を啜りながら、愉快そうにくすくすと笑っていた。


「また始まったわね。あの子、本当に行動が早いんだから」


「行動力ではなく、爆弾処理の必要性を感じるわたしの気持ちを察してくれ……」


 父は疲れたように椅子に沈み込み、深々とため息をついた。


 一方その頃、東京の救護課庁舎。

 夜の静けさに包まれた医務室で、莉理香はノートパソコンを前に小さく息を吐いた。

 モニターの隅には、見慣れぬ通知が点滅している。


 送り主――「Charlotte H.」


「……あの子、ついに本名で来ましたか」


 苦笑交じりに呟く。

 課長から彼女の正体――“エミリー・スミス”の本名を聞かされたのは、つい先日のことだった。


 ようやくすべてに合点がいったものの、胸のざわめきは消えなかった。


 ――あの一か月の時間は、どこまでが本気で、どこまでが演技だったのだろう。


 答えが出ないまま、莉理香は意を決して通話ボタンを押した。


 画面が光り、映し出されたのは、少し緊張した面持ちのシャーロット。

 以前の“エミリー”としての柔らかい笑顔と違い、今は貴族の令嬢としての凛とした気品が漂っていた。


「桐嶋先生……こんばんは。突然のご連絡、驚かせてしまいましたか?」


「こんばんは。……いいえ、こちらこそ。課長からお話は伺いました」


 その言葉に、シャーロットの灰色の瞳がぱちりと見開かれた。

 次の瞬間、少しだけ肩を落とし、恥ずかしそうに微笑む。


「そうでしたか……。全部、わかってしまいましたのね」


「ええ。最初から“普通の留学生”には見えませんでしたから。……でも、悪意がなかったことも、ちゃんとわかってます」


「ありがとうございます」


 莉理香の穏やかな声に、シャーロットはほっと息をついた。


「ありがとうございます。……本当は、兄の想い人を確かめに行くなんて、妹として無遠慮だとわかっていたんです。でも、どうしても――知りたかったんです」


 その言葉に、莉理香は少しだけ目を細めた。


「……でもね、他人の気持ちを試すような真似は、あまり褒められたものじゃありませんよ。あなたがもし本気で私を困らせる気で来たのなら、たぶん今ここで怒っています」


 たしなめる声は柔らかかったが、芯の通った響きがあった。

 シャーロットは一瞬、視線を伏せる。


「はい……その覚悟もありました。

 もし桐嶋先生が本当に兄を嫌っておられるなら、すべて私の独断だったと言って――悪者になって退くつもりでした。

 兄を傷つけずに済むなら、それでいいと……」


 画面越しの彼女の瞳はまっすぐで、迷いがない。

 あの無邪気な観光客の笑顔の奥に、こんな誠実さがあったのかと、莉理香は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。


「桐嶋先生」


 シャーロットは背筋を伸ばし、きっぱりと告げた。


「兄を、どうかよろしくお願いします」


「よ、よろしくって……!?」


 莉理香は慌てて手を振った。


「そんな! まだ何も始まってませんし! というか、そういう関係でも――!」


「それでも構いません。兄は不器用で、恋愛となると途端に石像のように動かなくなるのです。でも、あの方が桐嶋先生に惹かれているのは確か。だから……妹として、少しでもお力になりたかったのです」


 言葉が真っ直ぐすぎて、返す言葉が見つからない。

 怒る気にも呆れる気にもなれず、ただ胸の奥が妙に温かくなる。


「……もう。本当に、あなたって憎めないですね」


「ふふ。それ、わたくしへの褒め言葉として受け取っておきますわ」


 シャーロットは楽しそうに笑った。


 数分後。

 通話が切れ、画面が暗転する。

 莉理香はしばらく、ぼんやりと天井を見つめていた。


(……兄をよろしくお願いします、か)


 まるで少女漫画の決め台詞のようで、現実感がない。

 けれど、不思議と嫌な気はしなかった。


「……はぁ……」


 深いため息と一緒に、思わず笑みがこぼれる。


「……結局、最後まであの子には振り回されっぱなしだなぁ」


 一方その頃、ロンドン・ハワード家の書斎では――

 通話を終えたシャーロットが、勝ち誇ったようにスマホを掲げていた。


「兄上、言いましたわよ。ちゃんと“よろしくお願いします”って!」


「やめてくれぇぇぇぇぇぇっ!!そんなこと頼んでない!」


 妹の天真爛漫な声が反響する中、彼の悲鳴は見事に天井へ吸い込まれていく。

 父エドワードは額を押さえ、母キャサリンはハンカチで口元を押さえながら笑っていた。


「まあまあ、いいじゃない。誠実な男が誠実な女性に惹かれる――素敵な話よ」


「素敵かどうかの問題ではない!! 外交問題になると言ってるんだ!!」


 邸宅にはまたしても、ため息と笑い声が混じる。

 シャーロットは、小さく呟いた。


「……兄上が惹かれた方。やっぱり、とても素敵な人でしたわ」


 その瞳は、確かな敬意と、少しの憧れで輝いていた。


 妹としての想いと、ひとりの女性としての感動。

 その狭間で、彼女の胸の奥に小さな灯がともった。



 ――シャーロットの自室。


 白いカーテン越しに月明かりが差し込み、静かな光が飾り棚を照らしている。


 そこに並ぶのは、繊細なガラス細工や金のティーカップ

 ――そして場違いに鎮座する、着ぐるみ怪獣ポーズの“桐嶋莉理香フィギュア”。


 その横で浅草寺で手に入れた金の鈴付きお守りが、静かに明滅していた。


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