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第45話 竜核を宿す者は……必然的に

 ――探索者協会大会議室


 重厚な木扉をくぐったその奥には、長机がいくつも並べられ、協会の幹部たちがぎっしりと座っていた。机の上には分厚い資料の山。


 前方のスクリーンには、つい先日実施された精霊術師候補者たちの研修映像が投影されている。彼らが莉理香を媒介にして風を生み、紙片がふわりと舞い上がる瞬間。

 別の候補者が失敗し、榊が「理論を理解しイメージを固めれば必ず可能だ」と補足する場面。

 映像は淡々と流れているはずなのに、会議室にいる人々の目には、それが世界を変える一歩のように映っていた。


 榊は立ち上がり、眼鏡を押し上げる。

 その声音には、研究者としての自負と確信がにじんでいた。


「従来、精霊契約は“精霊との相性”という曖昧な要素に左右されてきました。

 素養がありながら契約できず、凡人として埋もれていった人材は数知れません。

 ですが――彼女、桐嶋莉理香氏を媒介とすれば、その壁を超えられるのです」


 会議室にざわめきが広がる。

 幹部の一人が身を乗り出し、思わず声を上げた。


「つまり……今まで契約できなかった人材を、一気に戦力化できると?」


「はい」


 榊は即答する。


「理論を理解し、現象を具体的にイメージできれば、必ず力として発現します。

 これは努力によってクリアできる、明確な希望です。

 桐嶋さんは、精霊に代わる“共通の媒介”と位置づけられます」


 その言葉に、一斉に資料をめくる音が響いた。

 彼らは一様に、信じられないという顔でスクリーンを見つめ、計算を始めるように眉間に皺を寄せる。


 莉理香は困ったように肩をすくめ、口を開いた。


「……あの、ちょっと待ってください。私は精霊じゃありません。

 ただ、私をちょっと協力すると力が動かせるっていうだけで……」


 その控えめな言葉を、即座に幹部のひとりが遮った。


「だが事実として、可能性を開いたのは君だ。

 今まで零だった者たちを“一”へ引き上げられる。これは歴史的な発見だよ」


 「歴史的」。その響きに、莉理香は思わず顔をしかめる。


(……あまり大げさに言わないでほしいんだけど……)


 胸奥で、ラギルが不機嫌そうに唸った。


『小娘、やはり言った通りだ。こやつらはお前を道具として見ている。

 精霊の代用品、便利な契約装置――そう考え始めている』


(でもラギル)莉理香は心でそっと返す。

(実際に使う人に私が貸すかどうかは、私が決める。利用されるんじゃなくて、私が選んで、私の意志で貸すの)


 その強い意志に、ラギルはしばし沈黙し、やがて低く鼻を鳴らした。


 会議室の熱はますます高まっていく。


「精霊術師人口が爆発的に増加するかもしれない……!」


 興奮と警戒、賞賛と恐怖が入り混じり、誰もが声を高める。

 まるで世界の未来を議論しているかのような熱気――だが、その中心に立たされている本人は。


 莉理香は小さく溜息をつき、机の下で指先をもじもじと動かしていた。


(……なんでこう、また話が大きくなっちゃうんだろう)


 スクリーンに映るのは、群れを凍らせた“女神”。

 幹部たちが見ているのは、歴史を変えるかもしれない“媒介”。

 だがそこに座っているのは――


 ただの二十代の娘。

 少し困り顔で、早く帰ってお菓子を食べたいと心の隅で思っている、一人の若い女性だった。


 ―― 一方、そんな協会側の目論見は無視して、


 SNSはすっかり祭り騒ぎ一色だった。


『#リリカ合格祈願 で投稿したら、偏差値5上がったw』

『模試でケアレスミス激減! 桐嶋先生マジ女神!』

『桐嶋先生の笑顔を待ち受けにしたらなんかすごく集中できるんだけどw』

『これ普通に宗教だろ……でもご利益あるから困る』


 受験生たちは「神社より効く」とまで言い出し、ノリで御守り風の画像を作って拡散。実況配信者が「リリカ祈願で勉強枠」なる配信を始めれば、視聴者がコメント欄に「集中力きたw」と並べて大盛況。


 気づけば「女神」「救世主」という呼称に、「学問の神様」まで追加されていた。


***


 その頃、永田町の会議室では、冷ややかな空気が漂っていた。

 机の上に置かれた資料の表紙には《桐嶋莉理香に関する社会的影響調査》。


「……今度は受験祈願だそうだ」


 官僚のひとりが苦い顔で書類をめくる。


「能力の直接的な行使ならまだしも、集中力や思考の冴えまで影響しているとは……」


 別の官僚が低く唸る。


「一歩間違えば“信仰現象”そのものだな。

 このまま拡大すれば、宗教団体からクレームがくるぞ」


 外務省の担当官は別の懸念を口にした。


「国外に広まれば、“日本は人間兵器を神格化して利用している”と批判される恐れがあります。ただでさえ注目を集めているのに」


 首相補佐官は静かに眼鏡を外し、机に置いた。


「……だが、外交カードとしては依然として有効だ。

 この仕組みを制度化できれば、精霊術師人口を実質的に増やせる。

 問題は、この“信仰もどき”をどうコントロールするかだ」


 会議室の窓の外では、普通の受験生たちが桐嶋莉理香に向けて「合格祈願」をツイートし続けている。

 彼らにとって、それは祈願ではなく、必死の努力を後押しする小さな希望だった。


 しかし、政府にとっては、統制不能の“新しい宗教”の芽でもあった。


 ――救護課宿直室


 夜更け、スマホの画面には受験祈願タグが絶え間なく流れていた。


『#リリカ合格祈願 で暗記がはかどった!』

『集中力きた!』

『俺に単位をください』


 莉理香は毛布にくるまり、顔を覆った。


「……ほんとに、どうしてこうなるんですか」


 笑い話のはずだった。

 世間では、軽い気持ちで色々と試されているのも事実だ。

 けれど莉理香の胸奥の竜核は、今も確かに脈動している。

 自分が何もしていないのに、淡い光が継続的に流れ込んでくる感覚。


(……これって……経験値が勝手に入ってきてる、みたいな……?)


 胸奥の竜核に意識を向けると、ラギルの低い声が応えた。


『その通りだ、小娘。契約者たちや祈る者たちが“お前を媒介にする”と意識するたび、彼らからの意思の力が糸のように流れ込み、核に積み重なって蓄積されている』


「……やめてくださいよ。私、これじゃ本当に神様になっちゃうじゃないですか」


 怯え混じりに吐き出した声。

 だがラギルはあっさりと告げた。


『何を今さら。――我もかつて“竜神”と呼ばれて祀られていた。近隣の民の祈りを受け、雨を降らせ、大火を沈め、時には豊作をもたらした。そして、その力の行使が巡り巡って竜核に還元される仕組みになっているに過ぎん』


 莉理香は息を詰めた。


『つまり――我の.........”竜神”の竜核を宿すお前も、必然的に“竜神”なのだ』


 その言葉は、冷徹な事実として莉理香の胸に突き刺さった。

 莉理香は毛布を握り締め、呟いた。


「……私、ただの救護課員で、普通に二十代の女でいたいんですけど」


 ラギルの声は静かに、しかし確かに響く。


『それでも人間どもは祈るのをやめない。信仰は止められぬ。ならば受け止めよ。竜神として、そして人として。――お前が何者であるかを選ぶのだ』


 莉理香は唇を噛み、天井を見上げた。

 スマホの画面はなお、途切れることなく流れ続けている。


『#リリカ合格祈願』

『#竜神様ありがとう』


 ――世界は彼女を、知らぬ間に“竜神”と呼び始めていた。


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