第18話 車輪と逃走
少女を抱えたまま俺は大通りへと向かっていた。後ろの方では未だに花火が破裂する音が響いている。夜に上がれば綺麗な花火も、昼間ではただの爆竹のように素っ気ないものである。
「大丈夫?」
俺は少女に問いかける。少女は小さな体を自分で抱きしめながら小さく頷いた。
「名前は?」
「……ミコット」
少女――ミコットは消えそうな声で呟く。俺は念のため彼女を『鑑定』しておいた。
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ミコット・カンヴァーチ
スキル:不明
状態:不安
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どうやら感染はしていないようだ。
スキルが不明となっているのは、恐らく15歳未満だからだろう。スキルがステータスに現れるのは15歳頃からと言われているように、彼女にはまだスキルが発現していないと思われる。
だが気になる点は他にもあった。
「どうしてあんなところにいたんだ?」
俺は歩き続けながら彼女に訊ねた。彼女は不安と緊張に唇を震わせていたが、俺が辛抱強く答えを待っているとやっと口を開いた。
「ママが……屋根の上に逃がしてくれたの……」
何かを思い出したかのように彼女は涙ぐんだ。
「あいつらが来て……パパが噛まれて……そしたらパパはおかしくなって……ママを噛んだの。ママは私を連れてあの倉庫に逃げて……私だけ屋根の上へ上らせたの……『助けが来るまでそこから動いちゃだめよ』って」
彼女は苦しそうに少しずつ言葉を吐いた。同時にその時の記憶が鮮明に脳裏に甦ってくるようだった。ミコットは涙で頬を濡らし俺の腕に顔を埋めた。
ミコットの嗚咽のような泣き声が腕の中で響く。俺はかける言葉を失っていた。
恐らく、火薬庫の中でゾンビに貪られていた死体はミコットの母親のだったのだろう。ゾンビになることを悟った彼女は娘だけでも助けようと屋根の上へ逃がし一人で襲い掛かるゾンビと戦ったのだろう。
最後には原型を留めない程ゾンビに喰われてしまったが、ミコットがそれを見なかったことだけがせめてもの救いか。それでも、一度に父と母の二人を失ったこの娘の気持ちを考えると俺は胸が締め付けられる思いがした。
「パパとママは……死んじゃったの?」
彼女は顔を上げるとそう訊ねた。俺にはどう答えればいいのか分からなかった。
「分からない」
そうとしか答えられない。生者と死者の境が曖昧なこの世界で、人の死を軽々しく断定することは俺にはできない。
「だけど希望はある」
「希望?」
「ああ。俺以外にも生存者がいるんだ」
それを聞いて彼女の顔に明るさが灯った。
「ほんと?」
「ああ。今からみんなのところへ行くところさ」
「助かるの?」
「俺が火薬庫を爆破したおかげでゾンビ共はみんなそっちに注目している。その隙に大通りから馬車に乗ってこの町を出る」
ミコットは信じられないといった表情で俺を見た。もはや絶望しかないと思っていた状況に一筋の光が差したような顔だった。
「もう自分で歩けるか?」
「……うん」
ミコットは俺の腕から降りると自分の足で立った。俺の腰ほどの背丈の彼女はそれでもしっかりとした足取りで、俺の後に続いて行った。
◇◇◇◇
俺とミコットは大通りに辿り着いた。昨日とは打って変わって、大通りは静まり返っていた。にゾンビの姿はなく、みんなすっかり火薬庫のある方角へ吸い寄せられるように移動していた。
うまくいった。
あとは馬車に乗るだけだ。
だが、どこにも馬車の姿は見当たらない。俺はキョロキョロと辺りを見渡してみたが、馬車がやってくる気配はない。
焦りを滲ませる俺を見てミコットが呟く。
「どうしたの?」
「馬車がこない」
「え?」
「いや、大丈夫だ。きっともうすぐ――」
やって来る――そう言いかけた時。回転する車輪の音が石畳を伝って響いてきた。それは馬車がやってきたことを告げていた。
「きた!」
四頭立ての馬車が猛スピードでこちらに向かってきた。ガラガラと車輪が高速で回転しながらグングンとこちらとの距離を縮めて来る。
「助かった! おーい! こっちだ!」
俺とミコットは大通りの真ん中で手を振った。自然と俺の顔にも笑顔が浮かんだ。
だがミコットは何かに気付いたようにフッと手を止める。
「ねえ……変だよ」
彼女の言葉の意味はすぐに俺にも分かった。馬車は減速するどころかどんどん加速しこちらに向かって突進し続けている。明かにおかしい。このまま行けば俺達は巨大な車輪に轢き殺されてしまう。
「危ない!」
俺はミコットを抱えて脇道に飛び込んだ。その直後、さっきまで俺達が立っていた場所を猛スピードで馬車が駆け抜けた。風圧で辺りの砂埃が勢いよく舞い俺達を包んだ。
一瞬、御者台に乗る一人の男が目に入った。
町長だ。
町長は確かに横目で俺達を見ながら薄ら笑いを浮かべていた。そこにはまるで塵でも見るような冷たい視線がはっきりと浮かんでいた。
「クソッ! どうなってる!」
俺は起き上がると悪態をつく。馬車の姿はあっという間に小さくなっていた。なにがどうなっているのか訳が分からない。
すると馬車がやってきた方と同じ方角から数人の生存者達が慌てた様子で走ってきた。ティオとガトーにシャーリーにカルネにパウロ……この五人だけだった。
「みんな!」
俺は慌ててみんなの元へ駆け寄る。みんなの顔は顔面蒼白になっていた。俺が訳を尋ねるよりも早くガトーが怒鳴った。
「あの野郎! 一人で逃げやがった!」
「なんだって!?」
「町長の野郎さ! 一人で馬車を持ち逃げしやがったんだあのクソ野郎!」
ガトーは怒りに任せて「クソ!」と吐き続けた。俺が呆然としているとシャーリーが説明を始める。
「あの人、最初から馬車を独り占めする気だったんです。私達を囮にして、その隙に馬車に乗り込んで走り出したの」
すると横からカルネが溜息を吐きながら付け加える。
「そのせいで他の生存者はみんなゾンビに喰われちまった。生き残ったのは私達だけだよ。今も命からがらなんとか逃げ切ってきたところさ」
話を聞いているうちに俺の腹の底で黒い感情が沸騰していくのが分かった。それは憎悪とか憤怒とか一言では言い表せない、負のエネルギーの塊だった。
俺の脳裏にすれ違いざまの町長の笑みが思い浮かぶ。あいつは初めから協力なんてする気はなかったんだ。元はと言えば、馬車のことを提案したのも町長だった。あの時から奴は自分だけが助かる方法を考えていたんだ。他の生存者を囮にして。
俺が命がけで行った誘導作戦も、奴の計画の手助けをしていたに過ぎなかったのだ。その事実に俺は愕然とした。
「彼女は?」
ティオがミコットに視線を落として訊く。俺は火薬庫でミコットを助けたことを説明した。
みんなはすぐにミコットの両親が死んだことを悟った。だが誰もそれを口に出しはしなかった。だが今は彼女に同情している暇もない。
「とりあえずゾンビが戻ってくる前にこのまま大通りを抜けよう」
俺の提案にみんなは同意し、馬車の後を追う様に俺達は走った。




