第17話 花火と火花
みんなと一緒に南地区に向かうティオの後ろ姿をしっかりと見送り、俺は自分の果たすべき役目に向かって歩きだした。自分を奮い立たせるように、その足取りは確かだった。
正直言って、俺も怖い。今まで必死になっていたからなのか、いざ冷静に一人になってみると恐怖で膝が震えて来る。正直、かっこつけすぎたところがあるかもしれない。まったく後悔していないと言えば嘘になるだろう。
でも、やるしかない。今更くよくよ悩んだってしょうがない。なるようになるさ。俺は俺のやるべきことをやるだけだ。それでだめならそれまでだ。いつもと同じ、自分で考えて自分で決めたことだ。誰かに強制されて、いやいややっているわけじゃない。
不思議なものだ。ついこの間までは、ただの平凡な男で、スキルも『鑑定』という平凡そのものだったのに、そのスキルのおかげでここまで生き延び、さらに自ら危険を冒しに行こうとしている。一体どこからそんな勇気がわいてきたのか、自分でもわからない。
別に悲観的になったわけでも、楽観的になったわけでもない。そもそもこんな状況、非現実的過ぎて感覚が麻痺しているのかもしれない。もはや俺には死の恐怖よりも、ティオと一緒に生きることの方が上回っていた。
ティオは特別だ。それはスキルが特別だからというわけではない。俺の人生において彼女が占める領域はかなり大きくもはやそれは無視できない存在だった。ティオの前だったら俺は勇者にでもなれる、そんな気がしていた。
◇◇◇◇
しばらくゾンビの目を掻い潜り歩き続け、俺は目的の火薬庫の前に辿り着いた。それは一見するとただの倉庫で、建物の密集する町の中心地から少し離れた見通しのいいところに建っていた。
俺は用心深く斧を握り締め火薬庫に近付いた。ゆっくりと扉を開けると埃っぽい空気が流れ出る。倉庫には勇者祭用にとっておいた花火の入った木箱が大量に積まれていた。
それだけではない。中ではゾンビがまさに食事をしている真っ最中だった。
グチャグチャと犬が残飯を貪るような音が倉庫の中で響く。見ると複数のゾンビが地面に転がる人間を無造作に喰っている。恐らくここの花火師だろうか? もはや身体は原型を留めておらずどこがどこの部位なのかも判別不可能な状態だ。
地面に転がる臓器や肉片の数から言って一人ではないようだが、正確なことは分からない。ただゾンビ達は新鮮な肉に夢中で齧りついている。
その光景に俺は圧倒されしばらく火薬庫の前で立ち尽くした。ここまで生々しくゾンビが人を喰っている姿を目の前で見ると思考が止まってしまうものらしい。
幸運なことに奴らは食事に夢中でこちらには気付いていないようだった。だが不運なのは、導火線はゾンビ達より奥にあるということだった。
俺は意を決して倉庫の中へ踏み出した。足音を立てないようにゆっくりと。倉庫は火薬の匂いと贓物の臭いで満たされ鼻が曲がりそうだったが、こちらの存在を悟られずに済むには好都合だった。
ゾンビは獣のような唸り声を出しながら口を真っ赤にして贓物を噛み千切っている。俺はその隣をゆっくりとすり抜けていった。俺の心臓の鼓動は早さを増し、身体中の血管が逆流を始めたかのように汗を噴き出した。
落ち着け……大丈夫だ……。
そう自分に言い聞かし、俺は目的の導火線を見つけると花火の一つに取り付ける。この爆発に巻き込まれたらひとたまりもない。なるべく離れた安全な場所から導火線に火を点ける必要がある。
食事中のゾンビを脇目に、俺は倉庫の外へ導火線を引っ張った。さあ、あとは導火線に火を点けるだけだ。
とその時。一体のゾンビが顔を上げた。そして俺と目が合う。
やばい。
そう思ったのも束の間。ゾンビが唸り声を上げ俺に向かって駆け出した。といっても、ゾンビの全力疾走は普通の人間の小走り程度に過ぎないから、すぐに追いつかれることはない。
だが、そうはいっても俺の手は焦りと恐怖で震えていた。いつもならすぐにつくマッチの火もなかなかつかない。
「クソッ!」
俺はこちらに近づいてくるゾンビ達を見ながら急いでマッチに火を点ける。ゾンビの唸り声に連れられて、周りのゾンビ達もこちらに注目してくる。刻刻と状況は悪くなる一方だ。
俺は導火線に火を点けるとすぐさまその場から離れるため火薬庫とは反対方向に駆け出した。後は大通りへ向かうだけだ。
しかしその時、俺の耳に声が入った。
「た、助けて!」
俺が振り返ると、火薬庫の屋根の上にしがみ付く少女があった。彼女は俺の姿を見て泣き叫ぶ。
「降りられないの! お願い置いてかないで!」
俺の頭は突然の事に一瞬戸惑い、すぐに導火線の火を目で追った。導火線の火は勢いよく火薬庫へ向かって進んでいっている。そして目の前には歯を剥き出しにしたゾンビがこちらにむかって駆け出している。
「冗談だろ」
俺は思わず苦笑した。人間、本当にどうしようもない状況に追い込まれると笑ってしまうものらしい。
間に合うか? 無理だ。いや、全力で走れば間に合う。目の前のゾンビは? 斧で頭を一撃すればいい。
俺の思考が火花が散る一瞬の間に駆け抜けた。
次の瞬間には身体が動いていた。俺は踵を返して火薬庫に向かって走り出した。そして目の前に迫るゾンビの額に斧を振った。
ゾンビの頭が二つに割かれ、斧の柄が折れた。折れた柄の先端を次のゾンビの眼球に突き刺した。柄は柔らかい感触と共に眼球を押し潰し脳を貫通した。
俺はゾンビをかわしながら導火線を通り過ぎ火薬庫の前へついた。
「飛べ!」
少女は少し戸惑っているようだった。この高さから飛び降りるのは子供には少々勇気がいるかもしれないが、説得している時間はない。
「俺を信じろ!」
そう言って俺は手を広げた。俺の気持ちが通じたのか、彼女は意を決して屋根から飛び降りた。
俺は彼女をしっかりと受け止めると、そのまま抱きかかえた状態で走り出した。導火線の火とすれ違う。一度動き出したものは止められない。少女の叫びに引き寄せられたゾンビ達が火薬庫に向かって襲い掛かってくる。
俺はゾンビから逃げながら導火線が花火に辿り着く時間を心の中で数えた。あれだけの量の花火が一度に引火すれば、どれほどの爆発になるか、想像もつかない。
3、2、1……。
その瞬間、俺は彼女を抱きかかえたまま地面に伏せた。同時に、後方から爆発音と熱風が駆け抜けた。爆発によって火薬庫は丸ごと吹き飛び、残骸を周囲に撒き散らした。
その破片がゾンビたちに突き刺さり、炎がゾンビを焼き尽くしていく。花火は軽快な音を鳴らしながら次々と爆発する。その音は町中のゾンビを引き寄せるのは十分すぎる程だった。
俺は立ち上がるとすぐにまた走り出した。地面には破片に串刺しになったゾンビと、炎に包まれながら歩き回るゾンビがいた。それを横目に俺は火薬庫があった場所から去っていった。




