第19話 嘘と結果
走りながら俺は今自分達が生き残る可能性が一体どれほどあるのだろうかとぼんやり考えていた。ここまで必死にやってきたが、それでも背筋に感じる悪寒は一層増していくのみで、消える気配はない。
俺はただ死を先延ばしにしているだけなのだろうか。所詮は無駄な足掻きに過ぎず、全ては徒労に終始してしまうだけなのだろうか。俺は神様なんて信じていないが、もし神がいるなら、そいつはとんでもないサディストか、全く役立たずの木偶に過ぎないか、どっちかだと思う。
なぜこんなに善良な人間達がこんな酷い目に遭わなければならない?
俺は今まで死んでいった人たちの顔が脳裏に浮かんだ。あんな死に方はあんまりだ。人間の死に方じゃない。まるで虫けらか、罪人の最期のようだ。
俺は目の前に神様が現れたらその顔に思いっきり唾を吐きかけてやる自信がある。
「やばいぞ」
ガトーが後ろを振り返りながら声を上げた。みんなが同じように後ろを振り返ると、ゾンビの大群が迫っていた。
「足を止めるな! 走れ!」
ガトーの声に従い、俺達は慌てて駆け出した。新鮮な肉を見つけたゾンビ達は地鳴りのような呻き声を発しながら大きなうねりとなって押し寄せて来る。
町の出口まではまだ距離がある。ゾンビは横からも前からも次第に数を増していき、俺達の阻んだ。
もうだめかと思った時、大通りの真ん中で転倒した馬車が転がっているのを見つけた。
「あれは……」
近付いてみると、それは町長が持ち逃げしたあの馬車である馬車は横転して車輪が虚しく空回りしていた。馬車に繋がれた馬が馬車を引き離そうと苦しそうに悶えている。
「なぜ馬車がここに?」
カルネが疑問を口にする。すると、馬車の下から呻き声が聞こえた。
「た、助けてくれ!」
それは町長の声だった。馬車の下を覗いてみると、ちょうど下半身を地面と馬車に挟まれる形で横たわる町長の姿があった。
「こいつ!」
全員の目に怒りが宿る。それに気づいた町長は泣きそうな声で懇願した。
「わ、悪かった! つい魔が差したんだ! あれは間違いだった! すまん! このお詫びは必ずする! だからこの馬車をどかしてくれ!」
だが、返事をする者は誰もいなかった。すると、みんなの冷たい視線を感じた町長は、懐から煌びやかな宝石を差し出した。
「わかった! こいつをお前達にやる! みんな本物の宝石だ! これだけあれば遊んで暮らせるぞ! なあ!」
町長はこれでもかと地面に宝石を放りだした。しかしそれに手を伸ばす者は誰もいなかった。そんなもの、ここでは何の価値もない。
「もういい。このクソ野郎は放っていこうぜ。この馬に乗って町を出よう」
ガトーが馬に手をかけると、俺はそれを止めた。
「見殺しにするのか?」
「こいつのせいで何人死んだと思ってる。俺達もこいつのせいで死にかけたんだ。今更同情する価値もねえ」
ガトーの言葉に俺は言い返せなかった。するとカルネが不思議そうに声を上げる。
「だけどなんで転倒したの?」
確かにそれは疑問だった。大通りには障害になりそうなものは見当たらない。するとパウロが指差しながら言う。
「あれのせいじゃないですか」
そこには地面に転がる生首があった。その顔には見覚えがある。ガトーの持っていたあの生首だ。生首は今も口を開き噛み付く動作を繰り返している。
「あれは確かガトーさんの……」
「そうか。俺の鞄を漁っていやがったんだな。そこでそいつを見つけたお前は動転して手綱を引き間違え馬車を転倒させた……」
町長が苦しそうに言葉を詰まらせているのを見ると、どうやら本当なのだろう。まさかガトーの持っていた生首が役立つとは思ってもみなかった。
「まさか、噛まれたの?」
ティオが思わず呟く。すると町長は激しく首を振った。
「私は噛まれてなどおらん! この血は転倒した時に負った傷のせいだ! 頼む助けてくれ!」
町長は俺に向かって泣き叫んだ。俺は他のみんなに目をやったが、みんなは俺に任せたといった表情を浮かべていた。
普通なら、町長が感染しているかどうか、町長が本当の事を言っているのか嘘をついているのか、判断するのは難しいだろう。だが、俺にはそれができる。
『鑑定』
俺はそう唱えると町長を見た。
■■■■
ケイズ・アクバー
スキル:協奏
状態:ゾンビ
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そこにははっきりとゾンビの文字があった。
「どうだった?」
ガトーが訊ねる。俺は首を横に振って応えた。
「駄目です。もう感染してます」
それを聞いて町長は声を荒げた。
「ふざけるな! こいつは嘘をついている! みんな騙されるな! 私を殺すために嘘をついているんだ! この人殺しめ!」
だが町長の言葉に耳を貸す者は誰もいなかった。みんなは馬を馬車から切り離すとそれぞれ馬に跨った。一つの馬に二人が跨る形で、俺はガトーと一緒に乗ることとなった。
もう後ろにはゾンビの大群が迫っている。俺は最期に町長にナイフを手渡した。
「これぐらいしかできませんが……」
それは決してゾンビを退けるためのものではない。ゾンビに喰われる前に、自ら命を絶つためのものだ。
「レイン! そんな奴ほっとけ!」
ガトーが焦りを募らせる。俺はそれ以上は言わずに、馬に跨った。
とその時、俺の頭の上をナイフが掠めた。ビックリして振り返ると、町長が何かを喚いていた。その手にはもうナイフはない。
「この恩知らずが! 行くぞレイン!」
ガトーが馬を走らせる。しばらくして町長の絶叫が背後に虚しく響いた。ゾンビに生きたまま喰われているのだろう。俺達は振り返らず町の出口に向かって走り続けた。




