第11話 訓練と武器
それから俺達は店長の死体をバラバラにした。斧で手足を切断した後、厨房にあった包丁で身体を切り刻む。骨から肉を削ぎ落し肉はなるべく細かくした。部屋中に腐敗した死体の臭いが充満し俺達はたまらず顔をしかめた。
床に広がる原型を失った店長の肉片を見下ろしながら俺は額に流れる汗を拭った。まさか自分が人間をこんなふうにバラバラにする日がくるとは思ってもみなかった。途中、何度も吐き気に襲われたがなんとか我慢し最後までやり遂げることができた。
俺は意を決してその腐肉を手ですくい上げるとその肉を身体に擦り付けた。冷たい腐肉の感触が肌に伝わる。あまりの気持ち悪さに俺は一瞬手を止めてしまったが、覚悟を決めて身体に腐肉を次から次へと擦り付けていった。
それを見てパウロも自分の身体に腐肉をつけていく。自分の身体にまんべんなく塗りこみゾンビと同化するように、両手両足そして顔や頭にも腐肉を塗っていく。
「最高のアイディアだよ……クソッタレ」
ガトーは皮肉を言いながら自らも腐肉を手に身体を汚していく。さすがのガトーも気持ち悪そうに顔をしかめていたが、生き残るために腐肉を塗り続けた。
その様子を見ていたシャーリーの顔がどんどん青ざめて行った。彼女にとって店長は知り合いでもある。それが無残に切り刻まれ、しかもそれを自分の身体に擦り付けるなど狂気の沙汰としか思えなかった。
だが、ゾンビが嗅覚で人間を判別しているならこれ以上の手はない。ゾンビと同じ臭いになるしか。
シャーリーは恐る恐る腐肉に手を伸ばした。そして躊躇いながらもゆっくりと肉片に手を突っ込む。グチョグチョと音を立てる肉片にシャーリーは大きく顔歪めながらシャーリーは肉片を身体に塗っていく。あまりの気持ち悪さに身体は震え眼には涙が浮かんでいた。
「はあ……はあ……」
「大丈夫?」
「無理……です」
シャーリーは虚ろな目で息を荒げていた。かなり精神的に参っているようだ。だが、彼女の身体はまだ半分も汚れていない。これではゾンビにすぐにバレてしまうだろう。
「シャーリー……目を瞑って」
「え……」
「何か楽しいこと思い浮かべるんだ」
「は……はい……」
そう言って彼女は涙を流しながら目を閉じた。そして俺は彼女の頭から肉片を浴びせる。彼女の顔にも腐肉を塗りたくり全身を汚した。その度に彼女の身体は痙攣したように震えた。
「もういいですよ」
「は……はひ……」
彼女は恐る恐る目を開けるとぎこちなく笑った。
「大丈夫?」
「だ……だいじょ……うええええええぇぇ」
彼女はその場で嘔吐した。俺の足に彼女の吐瀉物がかかる。
「ご……ごめんなさい」
「いや……平気です」
俺は吐瀉物の臭いが残らないよう片付けた。まあ気絶せずに正気を保っているだけ彼女の精神力は十分強いだろう。俺だって恐怖で身体が震えている。
こうして俺達は全身をゾンビの腐肉で覆いつくした。こうして互いを見てみるとなんだか異常な光景である。鼻を突く腐臭に頭がおかしくなりそうだった。
「まるでゾンビだな」
血塗れのガトーが笑いながら言う。
「そうです。僕達はゾンビのフリをするんです」
「そんなうまくいくかな?」
パウロの言葉に俺は疑問を呈した。パウロは自信ありげに言う。
「臭いはこれで十分でしょう。ただゾンビは視覚や聴覚からも情報を得ています。ゾンビに紛れるにはゾンビと同じ動きをするように心がけてください」
「同じ動き?」
「はい。ゾンビの動きは非常に鈍く、通常は歩くか立ち止まっているかで言葉も呻き声くらいです。獲物を見つけた時には早足に変わり叫び声などを発しますが、基本的には走ったり会話をしたりといった行動はしません。知能も低いですから複雑な行動はできないでしょう」
「つまり……ゾンビの真似をしろってこと?」
「そうです」
パウロは頷く。俺達は顔を見合わせた。
ゾンビの真似をしてゾンビに紛れ込む。馬鹿げた作戦だが、パウロの言う事には妙な説得力があった。
「では練習しましょう。まずはガトーさん」
そう言ってパウロはガトーを指名した。ガトーは驚いた表情で声を上げる。
「ああ? なんで俺からなんだ?」
「この中であなたが一番年上でしょう。いいからやってみて下さい」
ガトーは納得できなさそうに文句を言っていたが、しぶしぶゾンビの真似を始めた。
両手を広げ口を開けて歯を剥き出す。
「ウガーッ!」
「それじゃ猛獣です。失格」
「なんだとコラッ!」
ガトーは渾身の演技を酷評され憤怒した。
「いいですか。ゾンビは人間を食べること以外は何も考えられない生きる屍なんですよ。もっと感情を込めてください。全身の力を抜いて気怠く虚ろな表情で。両手は横に垂らすか胸の位置まで上げておき、口は半開きで腹の底から声を出すんです」
そう言ってパウロは自分で実演しながら説明する。
「ウあぁぁアアぉぉオォォ」
パウロはゾンビの真似をして呻き声を上げた。
「すごい! まるでゾンビみたい!」
その上手さにシャーリーが声を上げる。確かに外観も相まってパウロの動きはまるでゾンビと見分けがつかなかった。
「では次、レイン君」
「お、俺?」
俺は戸惑いながらもゾンビの真似をしてみた。
「うあああぁぁあああああ」
「少しわざとらしいですね」
精一杯の演技を貶され俺は恥ずかしくなって顔を赤くした。
「では次、シャーリーさん」
「は、はい」
そう言ってシャーリーは深呼吸すると、両手をゾンビのように広げ口を空け舌をだらんと垂らしながら虚ろな表情を浮かべた。
「ぅ……アア……がッ……えエェ」
その演技に俺達は思わず感嘆してしまった。まるでシャーリーにゾンビが乗り移ったかのようだ。
「素晴らしいです! シャーリーさんにはゾンビの素質がありますね」
「全然嬉しくないけどね……」
パウロの無神経な言葉にシャーリーは苦笑した。
「お前にそんな才能があったとはな」
ガトーが感心したように呟くと、シャーリーは照れながら言う。
「私、女優になるのが夢だったんです。今まで誰にも言ってなかったんですけど……」
シャーリーは恥ずかしそうに俯いた。彼女が女優志望だったとは意外だった。内気で気弱な彼女からは想像できなかったが、確かに演技はこの中で一番上手かった。
こうして俺達はパウロの指導の下ゾンビ演技の特訓を積み、ゾンビになりきることを憶えた。傍から見ればふざけているようにしか見えないが俺達は至って真剣だ。なにせ命がかかっているのだから。
「演技はこれで十分でしょう。あとは武器ですね……」
そう言ってパウロは全員を見渡した。今、武器はガトーの持っている斧ぐらいだ。万が一ゾンビと戦わないといけない場合、丸腰ではまずい。
「武器ならありますよ」
そう言って俺は厨房から包丁などの刃物を持ってきた。
「厨房の包丁ですか。いいですね」
「他にはフライパンやホウキ……マッチや鍋とか……」
酒場の厨房には調理器具が多く置かれていた。それを見たガトーが何かを思いついたようにその道具を手に取り始める。
「どうしたんですか?」
「武器なら俺にまかせろ」
そう言ってガトーは黙々と酒場にある道具を使って武器を作り始めた。それを見てパウロが俺に囁く。
「ガトーさんって前は何の仕事してたんですかね?」
「さあ……」
確かにガトーについては分からないことが多かった。兄の頭を持ち歩いていたり、平気で生きた人間を殺そうとしたり、酒場にある道具で武器を作ったり……。
きっとそういう過酷な環境で生きてきたのだろう。だからこそ彼は生き残れた。彼からは不思議と生きる力を感じられた。もしかしたら猟師とかそういうのかもしれない。
「できたぞ」
そう言ってガトーは出来上がった武器を床に並べた。折ったホウキの先に包丁を括り付けた手製の槍や酒瓶に布で栓をした火炎瓶など、様々な武器が並ぶ。他にも鍋を使ったヘルメットなどの防具もある。噛まれれば終わりの状況で防具は重要に思えた。
「すごいですね」
「フン。これくらい誰でもできる」
ガトーはぶっきら棒にそう言うと斧を手に持った。そして幾つかの武器と酒場の食料をできるだけ背嚢に詰め込んだ。例え脱出できたとしても食糧が無ければ飢え死にするだけだ。
俺達は各々自分に合った武器を手に取った。腐肉に塗れ武器を持った俺達は互いの顔を見合わせる。みんなどこか不安そうな表情だったが、もはや止めようなどと言う者はいなかった。
俺は大きく深呼吸をするとみんなに向かって言う。
「よし。行こう」




