第五話・サラはエロ親父?
チャッピーに男から女に変わるところを見られ、結局サラにした説明をチャッピーにすることになり、僕は諦めの境地に達した顔で教えた。
「あらあら、そんなおもしろおかしい体質を持っていたのねぇ」
おほほほと笑いながら言うチャッピーも、サラ同様、僕の事を気持ち悪がったり、嫌悪感を出すことなく接してくれた。
チャッピーには悪いけど、なんかチャッピーなら僕のこの悩みを聞いても、笑い飛ばす気がしてたよ。
「んじゃ、エリスの説明も終わったし、食堂行こうよ。もう時間もだいぶ経っちゃったし」
「そうよぉ、早くしないと朝ごはん抜きになっちゃうわ」
「それはいけない! 二人とも早くいくよ!!」
僕は慌てるように二人を急かす。
朝ごはん抜きになったら僕は死んじゃう!
「エリスちゃんってもしかして食いしん坊かしら?」
「この反応はそうかもね」
「ほら、二人とも早く!」
「「はいはい」」
生暖かい視線を感じるけど、今は無視だ。
僕はミーちゃんを抱き上げ、急いで食堂に向かった。
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なんということか、食堂に向かった僕に待っていたのは、絶望させるのに十分な言葉だった。
――え? 朝ごはんが食べたい? そりゃあ無理だよ。オーダー出来る時間を過ぎちゃっているからねー。ま、次回は時間に余裕を持って来な。
給食のおばちゃんのそんな無情とも言える言葉だった。
「まさかホントに朝ごはんが抜きになるなんて……」
食堂でご飯を食べれなかった僕たちは教室に来ていた。
チャッピーはクラスが違くて今はいないけど、クラス合同でやる授業があるらしく、もしかしたら一緒に授業を受けられるかも。
でも今は、朝ごはんを食べれなかった事が悲しくて元気がでない。
「まぁまぁ、昼まで我慢すれば大丈夫だから」
「サラはわかっていないんだ。僕にとって朝ごはんを抜かれるというのは死の宣告に等しいというのに」
「それは言い過ぎじゃないかな?」
苦笑するサラに、僕は絶望した気持ちを表現するように、その場で両手と両膝を地面につける。
「ま、まぁ授業を受けていればあっという間だって! ね?」
「ミャァ」
サラには肩に手を置かれ、ミーちゃんには顔を舐められるという慰めをもらった。
はぁ……我慢するしかないか。
項垂れる僕は、力なく自分の椅子に座る。
「エリス、頑張って。昼食はバイキング形式だから」
「それはホントですか!?」
「うん。だからそれまでの辛抱だよ」
微笑むサラが天使に見える。
この世の終わりかと思った僕に、また救いの言葉をくれた。
今日だけで二回救われたよ。
「はーい授業をするので座ってー」
ガラガラとドアを開けてアロン先生が入ってきた。
これから授業か。
ふぅ、昼食のバイキングまで意地でも頑張らないとね。
僕は密かに気合を入れる。
「今日の授業は主の客が来たときの対応の仕方だね。授業はここじゃなくてもっと広い実習室で行うよ。じゃ、廊下に並んでね」
先生はそれだけ言うと、廊下の方に出て行く。
クラスメイト達も先生に続くように教室から出て行く。
ふむ、この授業は貰ったな。侯爵家令嬢たるレイナ様にお仕えして様々な客と相対してきた僕に死角はない。
くっくっく、と、我ながら気持ち悪い笑い声を上げていると、
「なに変な笑い声を出してるの? ほら、行くよ」
サラに手を引かれて、僕は教室の外に連れていかれた。
僕は手を引かれながらふと思った。
サラって従者の仕事とかやったことあるのかな? と。
「ねぇサラ、従者の仕事とかってやったことある?」
「ないよ」
「そっか。なら僕が教えてあげるから、遠慮なく聞いてね」
「それは頼りになるかな。じゃあ困ったらよろしくね」
快活な笑みで言われ、僕は胸を張って頷く。
「でもエリスに頼るのってなんか心許ない気持ちになるかな~」
「なんでよ?」
「だって、こんなに小さくて可愛い子に頼るのは、何というか、気が引けるかな?」
サラ、それ何気にすごく酷い事言ってるからね?
僕が男ってこと忘れてるのかな?
そんな他愛のない話をしていると、目的地の実習室に到着する。
「うわ、広いし綺麗」
サラの言う通り、実習室は広々としていた。
楕円形のテーブルが幾つもあり、向かい合うように椅子があった。
どこのテーブルも白い布が敷かれ、その上にティーセットが置かれている。
これは紅茶での接待かな?
「それでは、まずは二人一組になってくれ」
先生の言葉に、周りが少し騒がしくなる。
皆まだ自己紹介しただけで友達と言える人がいないから決めにくいのかも。
でも僕はそうじゃない。何故ならサラがいるからね。
「サラ、組もう!」
「もっちろん!」
パパッと決まった僕らとは違い、皆は中々決まらず、結局先生が適当に決めてしまった。
まぁそうなるよね。
「組が決まった事だし、授業内容を詳しく説明したいが、まずはどちらが客か従者になるかを決めてくれ」
先生の言葉に従い、僕とサラはじゃんけんして役を決める事にし、僕は従者、サラは客となった。
他の生徒も役が決まったところを確認した先生は話を続ける。
「よし、役が決まったら、まずは客は椅子に座ってくれ」
席を引き、サラが座る。
「これで準備は整ったね。次は客の設定を説明しよう。客は従者の主よりも格の高い貴族とする。だが、その客は横暴で自分勝手な貴族だ。従者はどんなに無理難題な注文をされても怒ったり、抵抗することはしてはいけない。すれば主に迷惑がかかるからね。従者は主が来るまでその貴族の機嫌を取る事。これが条件だ。終了時間はこの砂時計の砂が下に全部落ちるまで。いいね? それじゃあ始め」
砂時計を逆さまにされ、授業が開始した。
僕はちょっと緊張しながら、サラに顔を向けると、意地悪そうな笑みをしていた。
これは、嫌な予感がする……。
「あぁそこの執事、喉が渇いた。紅茶をくれないか?」
「はい。少々お待ちください」
あれ? 意外にそこまで酷い注文じゃなかった。
僕は内心首を傾げながら紅茶を淹れるために、テーブルの上にある茶葉が入っている容器を取ろうとした時、尻を撫でられる。
「ひぃ!」
「どうしたんだい? 早く紅茶を淹れておくれ」
「は、はい」
やる事が完全にエロ親父だよ!
現在進行形で尻を撫でられながら、僕はお湯の入っているポットで茶葉を淹れたティーポットにお湯を注ぐ。
その間もずっとなでなでしてくる。
サラの撫で方が無駄にいやらしくて、僕は顔が赤くなる。
なんでエロ親父みたいな役を選んだんだ、サラは。
「お、お待たせしました。紅茶でございます」
「ほぉ、中々悪く!「ひゃ!」ないな」
優しくいやらしく撫でていたと思ったら、急に尻を鷲掴みしてきて僕は反射的に声が出る。
ぐぬぬぬ、サラのせいで変な声がさっきから出ちゃってるよ。
恥ずかしくて死にそう……。
「執事、私は手が疲れた。代わりに紅茶を飲ませてくれ」
「……は、い」
ニヤニヤとした笑みをするサラに、軽い殺意が湧いた僕は悪くないよね?
表面上はにこやかに、カップを手に取り、僕は恐る恐るサラの口に運ぶ。
「ふむ、悪くない」
「左様でございますか」
無駄にキリッとした顔で言うサラに、僕は頬が引き攣りながら堪える。
これは授業、これは授業。
心の中で呪文を唱えるが如く、僕は尻から伝わる感触を無視する。
「あぁなんか肩が凝っているような」
「では肩を揉みましょうか?」
「いやぁ悪いねぇ」
心にもないこと言って、全く。
尻からやっと手を離したサラに、僕は文句の一つでも言ってやりたいと思ったが、これはあくまで授業の一環である、そう言われれば何も言えない。
……なんか上司にセクハラされたOLみたいな感じがするんだけど、気のせい?
「はい、終了!」
砂時計の砂が全て下に落ちたのか、先生から終了の声がかかる。
やっと終わった。
僕は心身とも疲れているのか、脱力感が凄まじい。
「お疲れ、エリス」
「そっちは楽しそうだったね」
「そりゃあ勿論!」
気持ちの良いほどの笑顔で言われ、僕は遠い目をする。
これからもこういった実習があるとすれば、僕はサラと組むことだけは拒否しよう。
僕は密かに心に決めた。