罰
梅雨明け。まだ夏が本格的に始まっていないころ
屋上に出ると1枚の紙が折りたたまれてフェンスの近くにおいてあった。
それを手に取ると、表紙には「浅木朋紀」と丁寧に書かれた文字。
屋上。フェンスの近く。浅木。手紙。
その4つの単語ですべてを察してしまった。
僕が慌てて紙を開くと、さっきの丁寧な字とは真逆に
手書き感満載の文字が並べられていた。
俺はあいつを勝手に信じてた。
あいつは俺を簡単に裏切った。
裏切ったとか言うけれど、勝手に信じたのは俺。
15年間一緒にいてようやく気づいた。
俺、あいつのこと好きだったんだ。
俺へのいじめが本格的に始まったころ、
お前は雑巾で頑張って机を拭いてきれいにしてくれようとしたよな。
でも俺はそれを拒絶・否定した。
巻き込まれてほしくなかった。
あいつが俺の肩を持てば、今よりもっとひどいことをされるかもしれない。
だからあいつを突き放した。
あいつは人との価値観、倫理観が少しズレていたから。
他人に合わせて俺のことを悪く言うはず。
俺のことを好きだと自覚してくれる。
わかっていた結末だけれど、しんどかった。
でも俺は
どんなおまえもすきだったよ
その日以降、何も感じなかった傷が再び痛み始めた。
浅木は自殺未遂で入院。
精神的ストレスと後頭部の強い打撲により記憶喪失。
僕と他のいじめっ子はこっぴどく怒られた。
いじめっ子たちは停学処分。
僕にだけ、特別な罰が与えられると言われた。
浅木の世話。
記憶喪失の浅木を世話するのが罰。
僕は、嬉しくもなんともなかった。
正直、浅木が自殺未遂を起こしてから浅木のことを考えた日は一度もない。
なんなら、「僕はあの目が好きだったのに。もっとやっておけばよかった」と
後悔する始末。
浅木の世話をするにはいくつかのルールがあった。
・浅木の嫌がることはしない
・浅木の脳や神経を刺激するような行動をしてはいけない
・記憶を無理やり取り戻させようとしない
どれも当たり前のことだった。
あくまで僕は罰として浅木の世話をするわけで、遊びに来たわけではない。
僕はビニール袋を片手に重い足取りで浅木の病室に向かう。
浅木、と書かれた表札を見つけ、僕はドアを開けた。
浅木「、、?
あ、えっと、、どうも、??」
浅木は「これでいいのか」と言わんばかりの不安そうな顔で挨拶した。
頭部の包帯が頑丈に巻かれ、隈は前より薄くなっていた。
浅木「、、君は、もしかして俺の知り合い、、?」
浅木は申し訳なさそうに目を細めて、首を傾げた。
「君をいじめていました」なんて言えるわけがない。
ビニール袋を握る手が無意識に強くなる。
ゆか「、、君の、
世話係。」
浅木は不思議そうに首を傾げ、少し口角を上げた。
浅木「、、名前、聞いてもいいですか、??」
記憶がある前とは違い、柔らかい目をしていた。
僕はその柔らかさに少しうろたえながらも自分の名前を教えた。
浅木「、ゆか、さん?」
気恥ずかしそうに頬をかきながら僕の名前を反芻する。
浅木「あ、あの、年齢も、」
ゆか「、、15」
浅木は驚いた顔で僕を見つめた。
浅木「、俺の、、何個上?」
ゆか「同い年。」
「あ、そうだっけ」と目を見開く浅木。
浅木の記憶喪失は今までの思い出を段々蝕んでいくような失い方で、
1つなにかを覚えたとしても数日経てば忘れてしまうことが主。
まだ医療が発達していないこの世の中で、脳や認知機能を治す薬なんてどこにもない。
僕は半分諦めた気持ちで浅木に接していた。
浅木「、、そっか、
俺、受験生のときに事故ったんだ、」
どうやら医者は記憶喪失の原因を事故として収めているらしい。
患者に「自殺を失敗して今に至ります」なんて言えないもんな、
なんて変なことを考えながらベッドサイドの椅子に座り、りんごの皮を剥き始めた。
浅木「ねぇ、いろんなこと聞いてもいい?」
数週間寝ていた浅木は今現時点で起きていることを知らず、全て忘れてしまった状態。
好奇心がくすぐられるのも仕方のないことだろう。
僕は事実を改変しながら少しずつ浅木と僕の関係や今の学校の話をした。
浅木の世話が始まって6日目。
今日は一段と日差しが強かった。
僕はエアコンの効いた病室で花を生け替えていた。
浅木「いつもありがとう、えと、、」
ゆか「ゆか」
浅木「ゆか、さん。
君は、いくつだっけ?」
ゆか「15」
もうこれがテンプレートになってしまった。
毎日毎日聞かれる。
正直大変だったが、悪い気はしなかった。
浅木は紫陽花を食べた後遺症で右手の指先が痺れたままらしい。
お医者さんに言われた。「不謹慎だけど、浅木さんはもう長くないと思うから
浅木さんのやりたいことたくさん叶えてあげて」って。
本当に不謹慎極まりない医者だった。
僕は渋々頷いた。
浅木に希望を抱いている、といえば嘘になるが、
まだ生きている人間をもう長くないと決めつけて腫れ物扱いするのは違うと思った。
窓を拭いていたところ、浅木に声をかけられた。
浅木「ゆかさん、
もうすぐ学校は、、えっと、」
ゆか「夏休み」
浅木「そう。夏休み。
予定、無いなら、
連れて行ってほしいところ、あるんだけど、、」
目を伏せて、自分の右手を見つめる浅木。
ゆか「、、お医者さんに聞いて。」
僕は投げやり気味にそう言い放った。
浅木は少し表情を明るくして頷いた。
浅木の世話をして14日目。
中学校生活最後の夏休みが始まった。
園芸部に引退はないが、夏休みの活動も基本的にない。
りんは志望校が決まって勉強を頑張っているらしい。
みくは就職に向けて面接の練習をしているらしい。
高校に向けて受験勉強に力を入れていく人が増えたが、僕は病人の世話で忙しい。
いつものように僕は病室に入る。
浅木は嬉しそうな顔をして僕の方へ顔を向けた。
浅木「あ、、、どうも、えと、」
ゆか「ゆか」
浅木「ゆかさん、!」
浅木「あ、あの、お願いがあって、
海に、行きたいの。」
恥ずかしそうに俯いて呟いた浅木の前で僕は「海?」と首をひねった。
浅木「お医者さんにも相談した、!いいよって、
でも、後遺症が残ってるから、車椅子で行けって、、
押して、くれないかな、、??」
浅木は不安そうな顔で僕を見つめた。
あの時とは違う顔。
あどけなくて、どこか幼い目
心の底から何かが湧き上がってくる気がした。
僕は数秒経ってからようやく首を縦に動かした。
浅木の顔がすぐ笑顔になった。
数日後、僕達は遠出をして海へ向かった。
浅木は周りの物、人すべてを初めてみるかのように目を輝かせた。
電車に乗り継ぎ、ようやく海へ到着した。
浅木「、、ねぇ、俺は今どこへ行こうとしたんだっけ」
ゆか「海」
浅木「海、か。
君は誰?」
ゆか「ゆか」
浅木「ゆかさん、か。」
浅木は目を瞑って失った記憶を辿っていくように覚えている言葉を繰り返し呟いた。
ゆか「ついたよ。」
僕がそう言うと浅木はゆっくりと目を開け、あたりを見渡した。
潮風が吹いており、柔らかい砂が車椅子のタイヤを埋めていた。
浅木の目に光が宿り、海に沈む夕日を見つめていた。
浅木「、海。これが」
顔には出ていないが随分嬉しそうだ。
浅木「、、ゆかさん」
おもむろに浅木は僕の名前を呼んだ。
僕が首を傾げると、浅木は続けた。
浅木「いつも世話してくれてありがとう。
えっと、あの、、」
浅木は少し言い淀んだあと、首を捻って僕と目を合わせた。
浅木「、また連れてって、ほしい。」
結局照れくさくなってしまったのだろう、先に目を逸らしたのは浅木だった。
僕は少し頬が緩んだまま頷いた。




