幸せの形
ある日は放課後の裏庭に呼び出された。
花壇には紫陽花が咲いている。
この紫陽花を育ててから園芸部を引退したな、と懐かしさに浸っていると、
例の女子たちが僕を見て笑いながら近づいてきた。
「ゲロ崎さんw今日なんでここに呼ばれたかわかる?」
僕の顔を覗き込み薄く笑みを浮かべる女子。
何をされるかなんて想像もつかなかった。想像したくもなかった。
僕の口が固く引き結ばれると女子たちは口角を上げた。
「おまえさ。
ネットに今出回ってるイジメ動画知ってる?
これなんだけどさ」
そう言って女子は私に一本の動画サイトを突きつけた。
動画の内容は
「今からこのボロボロな真面目くんに紫陽花を食べさせてみようと思いまーす!!!」
真面目くん。彼が誰だか私が一番よく知っている。
息が詰まる。つばを飲み込んだ。
彼はこの動画の撮影者をみて虚ろな瞳を大きく見開いた。
女子は園芸部が大切に育てたであろう紫陽花を躊躇なくもぎ取った。
動画のブレが激しい。私の嗚咽が聞こえてくる。
彼は激しく抵抗を始めた。
女子が彼の腹部に一発蹴りを入れてもただ彼は無我夢中で女子たちを振り払おうとする。
彼の口に紫陽花の花びらが運ばれていく。
声帯も器官も食道も喉奥も
全てが毒にのまれてゆく
動画が暗転した。
確実にあの時の動画だ。
僕が録画中の携帯を持たされたときの
、でも、あれは事故だ。本意じゃない。僕のせいじゃ____
「うわ懐かしー。この動画の撮影者さーあ。あんただったよね。」
周りの空気の温度が下がったような気がした。
「コメント欄超荒れてるよw炎上ってやつ?w」
「通報した」
「法的措置案件だろこれ」
「これあずき中学だよな?三年生?」
「撮影者女の子?鼻血出してない?w」
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「手ブレ激しいけどそれって興奮してるから?ww撮影者が一番やばい説」
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「ガチやん。4;44だろ?鼻血写ってる」
「てか男の子可愛くね」
「犯罪やん普通に。これってもしかして撮影者が黒幕?」
「特定した」
心無い言葉、冤罪、侮蔑、タイムテーブル。
無機質な活字が並んでいる。
どんなにスクロールをしても
僕への擁護の言葉はない。
耳をふさぎたくなる笑い声
罵声
「あんたさー最低だよね」
「撮影するとか」
は?
そもそもカメラをもたせたのはお前らだろう。
その言葉は喉でつかえた。
「やっぱさーいじめっ子って社会的制裁を受けるべきだと思うんだよね」
「でもあたしたちにそういう権力無いからさ」
「あんたでおんなじことしてやるよ」
頭が真っ白になった。
あの時の光景がフラッシュバックする。
冷や汗が額を伝う。
逃げなきゃ。
頭の中で響いた言葉に従うように僕は震える足で立ち上がろうとした。
その瞬間、鈍い音がした。
すねを強く蹴られ僕はうずくまった
「だっさw逃げんなよ」
「なんであんただけ逃げようとしてんの?」
手足を骨が軋むほど強く捕まれ拘束される
あの時のように躊躇なく紫陽花をむしり取り、
僕の顔の近くまで持ってきた。
僕は抵抗しようとしたが、うまく動けない。
不安と恐怖と屈辱と憎悪が混ざりに混ざって、言葉では表せない感情が膨れ上がっていく。
もうだめだ、僕はゆっくりと目を閉じた。
「やめろ!!!!!!」
眼の前の女子の気配が完全に絶えた。
何事かとおもい僕はゆっくりと目を開ける。
浅木と女子が共倒れになっている。おそらく浅木がどついて、、車椅子がすぐそこに、、
、、え?どうしてここに?病院は?記憶は?
僕は混乱して眉間にシワを寄せた。
目をこすった。夢ではないかと。
浅木がゆっくりと立ち上がって、
僕に手を差し伸べた。
浅木「ゆかさん」
あの時の一緒
あの記憶のない柔らかい浅木の声
僕はその声色に安心して涙が溢れた。
浅木は最近退院したらしく、学校に戻っていた。らしい。
人間に泣きついたのはいつぶりだろう。
翌日
りん「ゆか!!!!」
強く低い声に僕は驚いてすぐに振り返る。
りんが僕の目の前でスマホを突きつけた。
あのいじめの動画。
りん「この撮影者、あんたなの?」
信じたくない、嘘だと言ってくれ。と、複雑な表情なりんに僕は言葉が詰まった。
違う。僕じゃない。いや僕だけど、それは
どもる僕にりんはしびれを切らしたように
りん「、、、最低。
そんな人だと思ってなかった」
顔を歪め、目に涙が溜まっていた。
僕が口を開いた瞬間りんは踵を返した。
数カ月が経った。
動画が拡散され、僕は停学。
義務教育に停学があるのかと僕は少々感心していたが、それどころではなかった。
久しぶりの登校。
僕へのいじめはなくなった。いじめる価値もない、と判断された。
どうしてだろう。いじめられていた浅木のときと同じ視線を向けられている気がした。
僕なにか悪いことしたのかな。前のこと過ぎて覚えてないや。
完璧に友達がいなくなり両親には泣かれた。
担任、学校長にはひどく叱られた。
警察にも行った。
全てはあの動画のせい。
どうして僕だけがこんな目に合わなければならないのか。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。
陽キャ女子グループは転校していった。まるで世界から逃げるように。
きっかけはキーホルダーだったな。
でも、友達も名誉も、尊厳も人権も
私にはもう必要ない。
冷たいアスファルトを弾むように蹴る僕。
紫陽花は枯れ切って変色している。
帰路がこんなにも明るいのかと実感した。
夏は過ぎ去り木々は赤く色づいていた。
世界が美しく見える。
ゆか「ただいま!」
ドアを開けると、必ず待ってくれている。
浅木「おかえり」
友達がいなくたって
尊厳がなくたって
私達は似た者同士で、
ずっと一緒にいることを誓った。
お母さん、私今幸せだよ!




