第八十二話 深淵封印区画への航路
〈ノア〉との通信が途絶えた後、艦橋の空気は重く沈み込んでいた。
「……封印兵器、か」
遼は低く呟き、表示された座標データを見つめていた。
ユイがその傍らに立ち、慎重に解析を進める。
「位置はこの深淵のさらに下層。水圧と温度は限界値に近く、通常艦なら到達できません」
「だが〈みらい〉なら可能だ、そうだろ?」
「……理論上は」
◆艦内ブリーフィング
遼は一息つき、艦内に集合をかけた。
艦橋の会議スペースに集まったのは――遼、ユイ、レイリア、ルナを中心としたコアメンバー、そして温室の世話をしている子供代表のルナ。
「〈ノア〉は我々を試そうとしている。だが同時に、もし放置すれば大陸規模の被害が出る可能性がある」
遼の言葉に、皆が息を呑んだ。
レイリアが眉を寄せる。
「でも、わざわざ危険な場所に私たちが行かなくても……〈ノア〉自身が処理すればいいのでは?」
ユイが冷静に首を振った。
「〈ノア〉は“直接動けない理由”を抱えているはずです。彼らが禁域に干渉すれば、この世界の条約や均衡が崩れるのかもしれません」
「つまり……彼らは自らの手を汚さずに、私たちに押し付けているわけね」
レイリアの声には怒りが滲んでいた。
遼は頷きつつも、視線を子供たちに向けた。
「……だが、もし暴走が現実なら、守るべき彼らの未来は存在しない」
その言葉にルナが立ち上がった。
「わたしたち、怖いけど……でも、艦長の決めたことなら信じるよ」
◆深淵への潜航
艦は徐々に潜航を開始した。
水圧警告ランプが点滅し、外殻を覆う特殊フィールドが稼働する。
ユイの手元に浮かび上がる計器は、未知の値を刻み続けていた。
「艦長、海底地形が不自然に崩落しています」
「自然現象か?」
「いいえ……まるで、巨大な“手”で抉られたような痕跡です」
その言葉に、艦橋の空気が再び張り詰めた。
◆不気味な兆候
ソナーが微弱な反応を拾った。
規則的に近づくパルス音。
遼が眉をひそめる。
「……魚群じゃない。人工的な動きだ」
レイリアが息を呑む。
「まさか、封印兵器がすでに動いている?」
ユイは首を振りつつ、険しい声で答えた。
「これは……無人潜航機です。〈ノア〉のものでも、帝国のものでもない。設計は、旧文明由来の可能性が高い」
スクリーンに浮かぶ映像。
異様に細長い機械群が群れをなし、規則正しく巡回している。
まるで“番犬”のように、深淵の入り口を守っていた。
◆戦うか、避けるか
「撃破する?」
レイリアの声には戦意がこもっていたが、遼は首を振った。
「下手に撃てば、封印区画全体を刺激しかねない。可能な限り回避する」
「ですが、接触すれば確実に交戦状態に移行します」
ユイの冷静な言葉に、遼は苦笑を返した。
「戦わずに済む方法を考えるのが艦長の仕事だ」
◆温室からの声
その時、艦内放送を通じて小さな声が届いた。
「……お兄ちゃん、ユイお姉ちゃん」
ルナだった。
「花、咲いたよ。すっごくちっちゃいけど、白くて綺麗」
その報告に、艦橋の空気がふっと和らぐ。
レイリアが小さく微笑んだ。
「……命は、どんな場所でも育つ。なら、私たちも生きて帰らなくちゃ」
遼は静かに頷いた。
「そうだ。あの花を見守るためにも」
◆次なる決断
〈みらい〉は深淵の巡回機群の手前で停止した。
スクリーンに並ぶ無数の鋭い影。
その奥に――封印区画のゲートが、青白い光を放っている。
遼は皆を見渡し、声を張った。
「……突破する。だが、可能な限り非戦闘でだ。ユイ、回避ルートを探せ」
「了解しました、艦長」
ユイの指先が舞い、膨大な計算が艦内に走る。
緊張の中で、誰もが心に誓った。
――この試練を越え、必ず未来を掴む、と。




