第五十九話 進路会議
深海の巨影――“リシェル・ガード”との遭遇から、数時間が経った。
〈みらい〉は推進を絞り、暗く冷たい深海に身を潜めている。
静寂は戻ってきたが、艦内の空気はどこか張り詰めたままだった。
◆避難区画の様子
子供たちはレイリアの読み聞かせに耳を傾けていた。
物語の挿絵には大きな竜が描かれ、それを見た少年が小さく尋ねる。
「今日のあれ……竜だったの?」
レイリアは少し間を置き、やさしい声で答える。
「竜じゃないけれど、とても強くて大きな“守る者”だったの」
「なんで、こわい顔してたの?」
「……守るためには、知らない人に警戒しなきゃいけないときもあるの」
少年は納得したように頷いたが、その表情には不安が残っていた。
◆会議の招集
「全員、作戦会議室へ」
艦内通信に遼の声が響く。
集まったのは遼、ユイ、レイリア、ルナ、そして民間人の代表格である中年男性カラムだった。
作戦会議室は円卓の中央にホログラム投影装置があり、壁面には航路と周辺の立体地形が映し出されている。
遼は会議の冒頭で、落ち着いた声で切り出した。
「今回の遭遇でわかったことが二つある。一つは、この深層に“知性を持つ存在”がいること。もう一つは――海底と大地の下が繋がっているという事実だ」
◆ユイの説明
ユイが卓上の装置を操作すると、海底地形が変形し、その下に巨大な空洞と複雑な通路網が浮かび上がった。
「これが、私の記録と現在の観測データから再構成した地底層の予測図です。水域と空気域が混在し、双方を航行することが理論上可能です」
ルナが眉を上げる。
「でも、そこに行くにはあの“番人”を避けないといけないんですよね?」
「ええ。ただし、完全に避けるのは困難です。彼らは境界面の流れを感知します。今回接触を回避できたのは、相手が本気で攻撃しなかったからです」
◆進路の選択肢
遼は二つの航路を示した。
ひとつは、海底の谷を抜けて地底層へ直行するルート。
もうひとつは、一度浮上し沿岸を経由して遠回りするルート。
「直行ルートは速いが、再び“番人”と遭遇する可能性が高い。沿岸ルートは安全だが、敵勢力に発見される危険がある」
カラムが腕を組む。
「沿岸を通れば、帝国の巡視船に見つかるだろう。俺たち避難民にとって、それは一番危険だ」
レイリアは頷き、遼に言う。
「なら地底へ行きましょう。子供たちを海戦に巻き込むよりはましです」
◆選択と覚悟
ルナが静かに口を開いた。
「私も……地底を見てみたい。地図にない場所なら、何か見つかるかもしれない」
その言葉に、ユイも目を細める。
「未知は危険ですが……希望もあります」
遼は全員の顔を見渡し、短く結論を告げた。
「地底ルートを選ぶ。ただし、遭遇時は必ず交渉か回避を第一とする」
全員が同意し、会議は解散となった。
◆静かなやり取り
会議後、ユイは遼の横に並び、低い声で言った。
「艦長……あの道を行くのは、危険です」
「危険だからこそ行く。俺たちが探している答えは、きっとあの先にある」
ユイは小さく頷き、少しだけ笑った。
「では、全力でお守りします。たとえ“番人”が立ちはだかっても」
深海の闇は、なおも彼らの行く手を覆っていた。




