『彼女』の訪れ 2
お客さんを迎え入れた夜が終わって、朝がきた。
結局、私自身にできるもてなしはなにもなく、だからこのダンジョンそのものに彼女たちをもてなしてもらうことにした。
庭園内に東屋を用意して、これをミラエステルの寝室代わりに使ってもらった。
東屋の中でアネットさんはてきぱきとミラエステルの棺を用意して、壁代わりに黒い布をかけ、万一にもと日の光の用心にしていた。
彼女くらいになると旅行用の寝床があるそうで、人狼がこれを運び入れてくれたのだけど、なるほど、これならば移動中も陽光は通さないだろうなという棺だった。
そのアネットさんが屋根の外に出て、ふと自分の腕を見た。
目を瞬かせる。
あわてて彼女が屋根の下、暗幕の中へと戻って行った。
一方の私はといえば、その首尾をちょっと早起きして見守っていた。
果たして、上手くいくかどうか……。
実は、この庭園に降る日の光は本物の陽光じゃない。
このダンジョンは外から見れば山そのもの。
窓があるのは、最上階のナオの部屋にだけで、それだって後からシオリが付けたものだった。
では、どこから光を採り入れているか。
正解は、採り入れていない、だ。
帝国の魔法文明、その精華のひとつ。
外の天候をほぼ再現しながらも、これは人工の、魔法の光。
夜の種族と呼ばれる人々の肌を傷つけることはなく、ナオの肌も目も日焼けすることはない。
アネットさんがびっくりしていたことから、やっぱりというかロストテクノロジーに成ったものであるらしい。
抑えた声ではあったものの、暗幕の中で何か会話をしているのはわかった。
ややあって……そっと幕が動いた。
指先は小さくゆっくりと出て……すぐに引っ込んだ。
もう一度、今度はすっと伸ばされた手のひらが、光を受け止めている。
開いて、閉じて。
そのまま腕の主であるミラエステルは、東屋の外へと歩み出た。
不思議そうに天を仰ぎ、目を細める。
白雪姫の色合いと彼女を例えたこともあったけれど、ちょうど目を覚ました白雪姫だ。
それに続いて出てきたアスターさんも、物珍しそうに見回し、うなずいている。
ミラエステルが私に気づいた。
ルビーの目をキラキラとさせて、彼女が嬉し気に手を振る。
「すばらしい。文献に見たことがあったが、大規模な実物はこうなっているのだね」
アスターさんにも喜んでもらえたらしい。
ただし彼の方向性としては「すごい魔法だ!」なんだろうなぁ。
残念ながらもって帰ることができないから、楽しんでもらうだけになるだろうけど。
そこで私は、あることを思い出した。
「大丈夫? 眠くない? 昨夜遅かったでしょう?」
旅行用の寝床があるということは、昼に眠らないといけないってことだ。
でも昨夜彼女たちは、空が白むころに到着した。
アネットさんは元々そんなに眠りを必要とはしない種だったみたいだけど、吸血鬼はどうなのかしら?
「いいえ、あれはあくまでも陽光をやりすごすためのものですから。私たちは本来、あまり睡眠を必要としませんし」
子どもの頃以来ですわ、お日様の光なんて。
そういって、彼女は光を手のひらで受けている。
長い永い年月を過ごした吸血鬼は、陽光にも耐えられるようになるとは知っているけど、耐えられるだけでやはり痛いらしい。
そして見目通りに若い個体である彼女は、まだまだそれには遠かったようだ。
彼女とアスターさんが楽しんでいるうちに、アネットさんが彼女たちの食卓を整えたらしく、二人を呼びに来た。
気の利くメイドさんは草原の上に、携行用のテーブルセットを持ち出し、食事を用意していた。
お茶も沸かしていたようで、柔らかな香りのハーブティーがカップにそそがれる。
携行できる食事を並べただけとアネットさんは謙遜しているけど、それでももってきた物がモノ。
しかも吸血鬼が口にするものは、必ず花の何かが練りこまれているから、ありていに言えばピクニック形式の貴族のお茶会に並んでいてもおかしくない華やかさだった。
彼女たちの食事を邪魔しないように、私は席を外すことにした。
ナオのご飯の準備とか、あの子に伝えないといけないこともあるし。
「あの」
作業を考えながら去ろうとした私に、ミラエステルから声がかかった。
「もしよろしければ、皇女殿下やナオさんもご一緒にいかが?」
にこにこと笑う彼女は携行用の小さな椅子にお人形さんのようにちょこんと座って、まるっきり『魔王』という気配はない。
「どうぞ、たくさん用意してありますの。ご遠慮なさらず」
そんな様子に、私は甘えてしまうことにした。
そして……実際にミラエステルと会ったナオの様子ときたら、昨夜の私の予想以上のものだった。
そういえばこの子の中身はだいたい六歳。
このくらいの年の子って、少し年上のお姉さんが眩しいっていうけど、そこに『お姫様』だもの。
そりゃあ効くでしょう。
皇女様の時は実体化、顕現というプロセスがあったから段階的なものがあったんだろうなぁ。
だけどミラエステルの時は、起きて庭園に入ったらお姫様。
これはインパクトがあるだろうなってのはわかる。
最終的に、ナオは混乱というかどう振る舞ったらいいのかわからなくなったのだろう。
そろそろと後ずさったあげく、私の後ろに隠れてしまった。
そんな様子にミラエステルは小首をかしげ、微笑んでいた。
それでもナオをテーブルに着かせた食事が終わってしまうと、私たちは本題にとりかかることにした。
ナオとその友だちを、この世界から解放するための作戦会議。
該当の魔法についての解説を理解するのは難しいかもしれないけど、ナオも一緒に授業してもらうことにした。
「では、アスター伯父様が解読した事柄から説明しますわね」
ミラエステルは自分の荷物から取り出した資料を手に、魔法の解説を始めた。
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