準備着々
何度かの練習と、それに伴う修正を繰り返すうち、ナオはしょうかんのまほうをなんとなく理解できるようになったらしい。
練習のために、あの子の部屋に置いてある小物を呼び寄せるのを繰り返している。
今も熱心に、庭園の食卓の前で精神を集中しているのを、皇女様がご覧になっている。
理解できるのと実践できるのとはまた別だけど、この世界の魔法には法則がある。
基礎がわかれば応用が利く。
使い方でいうなら、基本の魔法をおぼえれば、範囲を広げる、威力を高めるとツリー式で応用できるようになっていく。
この子たちはツリー式じゃなくて、いきなりその行き止まり位置のをおぼえさせられてた。
だからこの子たちは、本来覚えるべき魔法の体系であるとか、応用法とかをまったく理解できていない。
……ハルカズは、おそらく魔法をこの世界の人間……並の魔法使いよりもうまく使いこなしたのだろう。
自学自習で発展させるところまでやったのかもしれない。
だから『賢者様』とやらは危険視して、使い潰した……。
ああ、ぞっとする。気持ちが悪い。
ナオがそうなるなんて、絶対嫌だ。
石の肌には絶対浮かばないはずの鳥肌ができて、空洞の体の中をぞわぞわと悪寒が走る気さえする。
つかの間私は視覚を切って、悪寒の幻が去ってから再度繋ぐ。
人間ならぎゅっと目を閉じるような仕草だ。
肉の体を経験してから、こういう細かいことをするようになった。
ちょうど『目を開いた』とき、ナオの魔法が成功した、らしい。
小さな、嬉しそうな歓声が聴覚に届いた。
……早くない? それ、上級魔法だよ?
そう思ってしまうと同時に、なんとなく理解する。
ハルカズに限らず、地球の子どもってこっちの魔法に向いている……適合しやすいんだ。
いわゆる飛び級で、ツリーをたどらずに上級の魔法を覚えてしまうくらいには。
『賢者様』とやらが、地球から子どもを攫った理由がまた一つ。
そんでもって、私がそいつを全力でぶん殴る理由をもう一つ。
「と、まぁそんな感じね」
お茶会で、私はビーズのお茶を入れたカップを片手にミラエステルに近況を話していた。
「たしかに……召喚の魔法を、それも自習しただけで使えるようになるというのは、少しおかしいレベルですわね。そういえば、メイソンから聞いたハルカズの戦い方でも、おかしく思える所がありましたわ」
そして教えてもらったことに、私は呆気にとられるしかなかった。
回復で攻撃を耐え切って、勝つ。
ゲームなら普通にやることだろう。
なにしろ相手の攻撃を受けて耐えて、それを繰り返して何ターンもかけて勝つのがゲームってものだから。
だけどそんなの、耐えられるように仕組まれたゲームバランスあってのもの。
本来、そんなことできやしない。
第一、攻撃を逝けたら痛くて魔法のための集中も詠唱も途切れそうなもの。
だから魔法使いは後ろに置くのだし、重武装の魔法使いは運用が難しい。
その上で、相手は死ににくい吸血鬼、それも人間から魔王呼ばわりされてる存在。
ありえないにありえないをかけあわせたくらいの……むしろ不可能でない方がおかしい事象だと、こちらの世界の、私の中の常識が主張する。
「そういうことって、できるの?」
「わかりますわ。私も最初、信じられませんでしたもの」
私の、もといおしゃべり一号の、思わず上を仰いだ姿にミラエステルは困ったように微笑んだ。
彼女にとっては大伯父さんだもの、実力がわかっているから余計だろう。
そんなことを、ハルカズはやってのけた。
「ハルカズの言っていた王様は、きっと死なせるつもりだったのでしょうね……」
「そうですわね。偽の迎えは、本来は彼が戻らないことを確かめさせるための人員だったと考える方が自然ですわ」
二人そろって、なんとなく暗い気持ちになってしまう。
報われなかった彼は、地球に戻れていたならどんな大人になっていたんだろう。
少なくとも、名前を呼んでももらえないような、孤独の中にはいなかったはずだ。
ジャムクッキーを口にして、ミラエステルは小さく咀嚼している。
それで何か、言葉を己の中で噛み砕いているのかもしれない。
「……ああ、そうでしたわ。かなり時間がかかってしまいましたけれど、例の魔法、伯父が読み解くことができましたの」
んぐ、と今度は私が言葉を噛み砕く事になった。
読み解く。となれば。
「あの、禁術を?」
「ええ。大伯父は元々、対抗策も対応策も遺してくれていたのですが、それはあくまでも……相手からかけられるものを、防ぐためやかわすため。相手にしないためのものでした」
「それでは足りないの?」
ミラエステルは少し物憂げにうなずいた。
彼女の大伯父さんは、その禁術を遺した際に「これを使うようなものになるな」と添えていたという。
結果として、使用できるレベルまで理解した後悔はあるのだろうと思う。
その伯父さんが、ミラエステルの話を聞く限り、研究者肌の……使うためではなく研究を突き詰めるために知ろうとするタイプなので、少し安心できるだけで。
「でもこれで、真っ向勝負できる切り札ができたってことね」
私の言葉に、ミラエステルの落ち込んでいる様子が少し消えた。
「……ええ」
ほんのりと、嬉し気になる。
「成果をお伝えしたいのですけど、そちらに伺っても?」
「こちらはいつでも。皇女様も喜ばれるわ」
「それに、ハルカズの届けられなかった物も、ようやく」
「ああ……」
シオリは、『私』たちは、地球の、日本の、あの風習を知らない。
だからハルカズがシオリに指輪を贈りたかった理由を、今ここではおそらく私しか知らない。
単なる贈物だと思われているのかも。
そう考えたら、ふとミラエステルにそのことを教えたくなった。
「あのね、たぶんなんだけど……」
ハルカズはそんなことでしか、プロポーズを考えられないくらいの子どもの頃に攫われたのだろうということも併せて。
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