吸血姫は情報を手繰る
情報というものは川の流れを見るのにも似ている。
細部を見れば魚が見える。
上空から流れそのものを見れば、その魚の生息地がどんなところかがわかる。
さらには流れがどう作用しているかも見えるだろう。
ミラエステルに主に届くのは細部、川でいうならそれぞれの魚の様子だが、そこから川全体を俯瞰しなくてはならない。
魚……人間の街の様子をパーツとして集めていくと、行方不明のウワサや隣国で凶悪なゴブリンが暴れているという話、スライムが湖を汚染しているという噂が出てくる。
それらをつなげ、視点を上空に移した時に、俯瞰できるようになる。
つまり、全体から見ると「この国が隣国にちょっかいをだしている」。
このうち、スライムは生物だから、不意に大発生したような状態になることはある。
だがたいていは水場が富栄養化したなどの、前触れにあたるものがあるので、そのあたりを調べることが必要になる……。
石板に自分で走り書きしたもろもろを眺めて、ミラエステルはふむふむと考える。
疑問点となるものを文章にまとめるのは、脳内の整理になる。
文字の形でつづれば、ぜい肉とでも呼べそうな余計な個所がわかりやすくなり、削ぎ落せる。
その彼女の机に、ハーブティーのカップが置かれた。
続けて供されたのは花びらを中に封じ込んだ、地球の干琥珀にも似た半透明のゼリー菓子。
「ご主人様、お茶の時間でございます」
「ありがとう、アネット。今日は、なにかあって?」
白墨に汚れた手を、お茶の準備を終えたメイド頭に拭かせて、ミラエステルは問うた。
彼女が考え事をしている間に、何か自分の承認の必要なものがあったかと。
「はい。人間の村が三つほど、傘下に入りたいと申し出ております。条件に付きましては、ただいまメイソンがまとめてくれておりますので、終わり次第お持ちいたします」
「まぁ。大伯父様のときと同じように?」
「はい、まさにその村です」
かつてこの城の主であったセオドリクは、己の領土に近い森周辺の人間の村を傘下におさめていた。
人間の王にではなく自分に、食べ物である血液や植物を税としておさめさせていたが、もともとはこの周辺の領主の税の重さを厭うた人間の側から、庇護下に入れてほしいという申し出をうけてのものだった。
セオドリクが倒れ、村々は解放された、ということになっている。
村の方からの申し出がはじまりであったものだったが、次第に人間の方がそれを倦んでいたのだろう。
「解放」はたいそう喜ばれたというので、ミラエステルは代を継いでから、森の外へ領を広げることはなかった。
それがここへきての帰順の申し出だ。
「恐れながら申し上げます。こたびの申し出、相手にする必要は無いように思われます」
メイド頭、アネットが珍しく主張するのに、ミラエステルは小首をかしげる。
「そうかしら」
「差し出がましいことではございますが、村の者が前回帰順の申し出に参りました際、先代様に感謝を申し上げるのを見ましたが……先代様が亡くなられたときの忘恩の様子ときたら」
「まぁ……アネットがそこまでいうなんて」
「申し訳ございません、ご主人様」
「いいえ、私は城の者たちと森の者たちを第一とせねばならないの。教えてくれてありがたいわ」
心を落ち着けるように、ミラエステルはハーブティーを口にする。
やわらかな花の香り。
この世界の吸血鬼にとって、香気もまた味わいだ。
「メイソンや他の者の意見も聞いてみたいわ」
「はい」
ハーブティーがカップから消える前に、メイソンが資料を揃えてあらわれ、その資料の三枚目を読み終わらぬうちにラドルが彼女の執務室を訪れた。
幾人かの部下を連れたラドルが普段の軽い調子ではないのを見て、ミラエステルは笑いかける。
「例の村の事だけれど、傘下とした場合のデメリットとみんなの心証を教えてほしいの」
「は」
ミラエステルが資料を脇のメイソンに渡すのを待ってから、ラドルは部下ともども一礼して話し出した。
「では主、発言をお許しください」
「ええ」
「デメリットとして挙げられることは、森の外に人手を割かれることです。傘下に置くということは代官のようなものを村に置くことになりますが、例のゴブリンの出現が考えられる現在の状況下において、われらが傘下にするということになれば、その村々の防衛も我らの仕事ということになります。代官以外にも、防衛にあたれる人数を村の数、そちらに置かねばなりません」
やはりこれも普段の気安さから改まった口ぶりでラドルが報告する。
「その上で、人間の側からこちらにとなれば、向こうから見れば裏切り者でしょう。例のゴブリンが人間の手の者となれば、見せしめとして集中的に狙われる可能性が高くなります。また、この時期の申し出ということから、内通者の用心も必要になります」
要は、傘下となったから城に入り込める……そんな人間がいるのではないかと。
「ありがとう。あなたがたの心証としては?」
ミラエステルの言葉に、ラドルは苦笑した。
「お嬢、俺としてはあいつら大っ嫌いでね。ご主人が亡くなったとたん、自分たちは支配されていたんだってな被害者ヅラで向こうに行きやがった」
その言葉にふふと彼女は笑う。
「メイソン、あなたは?」
「お勧めいたしかねます」
メイソンから見てのメリットデメリットは資料の中に。
そして彼の感想は一言だけ。
事務的と言えばそうだろうが、実にわかりやすい。
「私もあまり気のりはしないわ。お断りしましょう」
唇に指を当てて考える仕草をしたのもつかのま、うん、と少女のかたちをしたものはうなずく。
「私も蝙蝠は使うけれど、悪い意味でのコウモリを囲うのは、ね」
巨大ゴブリンの噂は、おそらく村々へ伝播しているのだろう。
それが関わって滅んだ村のことも。
これは事実ではないが、トロルによって滅んだ村のことがあったため、ゴブリンの噂に添う形で伝播していた。
その状態で、近くに守ってくれるだけの力があるものがいれば、頼りたくなるのは心理的によくあることだ。
それが一度、喜んで縁を切った相手であるというのは、あまりないことではあるだろうが。
「メイソン、村へ使いを出してくれる? たぶんなにも無ければ、近いうちに森にまた騎士かゴブリンのどちらがが来るわ。準備を怠らないように」
読んでいただきありがとうございます。




