23話 森の中
このゲームをプレイして初めてニッキは孤独を感じていた。
今までずっと仲間と鍛錬と略奪に勤しみ、容赦なく抵抗する者も抵抗しない者も切り捨ててきたが、そんなときはいつも傍に仲間達がいた。
ニッキ自身としては略奪に関しては多少 罪悪感があったが、仲間たちはそれを全て騎士道で塗り固め封じ込めることができていた。
いや、正確には違う。
皆それぞれ現実で鬱憤なりなんなり溜まっていたのだろう。
それがこのゲームでストレスを解消しているだけに過ぎないのかもしれない。
プレイを始めたきっかけは高校で友人に勧められた事からだった。
暗く陰湿な俗に言うオタクって奴に勧められ、ニッキのユーザーである『米山』にとってはどうも気持ち悪いなとも思いながらも、
勉強や部活に情熱をかける学校生活を送っているわけでもなかったので、
暇なのでその陰湿な奴と始めた。
しかし、それは罠であった。
その陰湿な奴も同じ騎士であったのだが、
何か不祥事を起こしたらしく。
団長に処刑される危険があり、
誰か身代わりになるキャラを差し出せと詰め寄られ、
ニッキを身代わりにしようとしたのだ。
その陰湿な奴も長いプレイでそれなりの腕はあったが、
罠に気付き怒ったニッキの敵ではなく。
頭を斧で割られ逆にニッキの騎士入団への手土産になってしまったのだ。
だが、米山の怒りはそれでは収まらず、
現実の方でもその陰湿な奴の顔をぶん殴って縁を切った。
それからはずっと番犬騎士団でプレイしていた。
しかし、日々日頃からNPCから略奪するのならともかくとして、動かしている人間がいるキャラを殺していくのはどうも後味が悪いと感じていて、今回の全滅はニッキにとっては青天の霹靂といったところだろう。
今まで騎士団での世界はとても狭かったので、米山にとって この行くあてもない突然に始まってしまった旅はとても心地いいものだった。
規則についてとやかく言う者もいなければ、まとまって行動する必要もないし、これ以上無情に他人を殺す必要もない。
だが それは身の危険が遥かに増すということであって、
決して優しいモノではないということはニッキもよく理解していることだ。
それを踏まえても米山には現状が楽しくて仕方なかった。
普段は避けて通るべき森賊の潜む森に単身入り、
先程木の上からいきなり襲いかかってきた二人の森賊を斧で片付けたばかりだ。
そして、斧ではどうも重くて戦いにくいと森賊の一人が持っていた山刀を奪って携え、ついでに甲冑も脱いでしまったので装備が心許ないと山賊の着込んでいた森の色に同化して便利そうな薄い衣服を奪って着込んだ。
衣服はまるでピーターパンを思わせるような緑色でどうも森賊が小柄だったものでサイズがどうもピチピチだったが、先ほど来ていた薄い普段着よりはマシだと我慢した。
「これが冒険ってやつか」
と米山は思わず呟いた、自分は今初めてこのゲームを楽しんでいるのだと感じた。
「馬車が通った跡があります」
数歩先を森賊に警戒しながら歩いていたラヒムが、身をかがめ道に残った車輪の痕を見つけた。
森に入ってしばらく道を進むと今まではよくわからなかったが、森の道の地面は湿っていたらしく、多分リビ達が乗った馬車の車輪の痕跡がくっきりと残されていた。
「昨晩の奴ですかね。もう森を抜けたかもしれませんよ」
どこか安心したような調子でラヒムが言った。卵としては途中で襲われているのが嬉しいのだが、多方ラヒムにとっては少しリビの妹のユエに情が湧いたのだろう。
悪いこととは言わないが、追い剥ぎ稼業を嗜む己らにそれは命取りだと卵は思ったが、
自分もそこまで他人のことはとやかく言えないと考え直した。
「森を抜けたら 次は草原地帯だったな」
「あそこにはお前らの同業者がうじゃうじゃいたよな。 そこまでに追いつければまた護衛料を払ってくれるかもな」
シシャモの提案にそのほうが健全だと卵は思った。
そして、そのあとは3人の会話はしばらく途切れることになった。
何処に森賊が潜んでいるかわからないのだ。
迂闊にチャット文を飛ばして場所がバレてしまう事もある。
そしてなにより先ほど卵が言ったとおり連中は待ち伏せに関しては卵たちの技術を遥かに凌駕していて、
こちらから潜んでいるのを事前に察知するのは至難の業だ。
相手が向こうからこない限りとてもじゃないが自分らにはわからないだろう。
となればできる限りいつでも戦えるように、
チャット文で隙を自ら作るのは控えるべきであった。
森の中では不利な槍を得物とするシシャモを真ん中にして邪魔なクロスボウを持ってもらい。
先頭をラヒムにして、そして後ろを卵が守り、森賊の襲撃に備える。
と言ってもこんな陣形は気休めでしかないということは慣れた3人にはよくわかっていた。
だが、そんな警戒をずっと続けていても気疲れが酷く20分ほど進むと特に気疲れするであろう。
先頭のラヒムが少し休もうと言い出した。
疲れているのは卵とシシャモも同じで、
先を急ぎたい気持ちもあったが今は休むことにして落ち着くことにした。
何か会話をするわけでもなく5分ほどの小休憩をする。
井出は少し画面の前で軽い目のマッサージをして、
休憩時にも敵が来ないか少し緊張しながら画面に目を走らせた。
ふと横に座っていたシシャモに目をやると彼も真剣そうに辺りを警戒していて、普段の人を嘲るような顔をこんな時までしているほど器用でもないらしい。
森の中を一人で当てもなくうろつくニッキの足取りは軽かった。
森賊と何度かやりあったが、
どれも拍子抜けするほど呆気なかったのである。
森賊に対しては今まで仲間からよく不意打ちや待ち伏せに気をつけるようにと警告されていて、それなりに警戒するべき相手だと踏んでそれなりに用心してかかったが、別にそこまででも無かった。
奴らは待ち伏せと不意打ちには卓越してはいるが、
所詮それだけで不意打ちが上手く行かなければ直様形勢不利と見て逃走を図るのだ。
その無防備な後ろ姿に向かって追い討ちを掛けるのはニッキの得意とするところで、
今さっき一人返り討ちにして路銀の足しに小銭袋を拝借したところだった。
きっと今着ている衣服のおかげでこうもあっさり仕留められたとだとニッキは思った。
見かけ以上にこの衣服の迷彩性は非常に高く、
きっと森賊が経験を活かして作ったものなのだろう。
その自らが作った衣服を着た獲物に逆に仕留められてしまうとは、
皮肉なものだとニッキは軽い戦闘の興奮に身を震わせながら歩いた。
そんな彼の耳にどこからか悲鳴が聞こえてきた。
女性のものらしい甲高い声で、
遠くだがそこまで自分のいる場所から離れたところではなさそうだ。
思わず足を止めて声が聞こえてきた方向を見た。
騎士の時なら露知らず。
今はただの放浪者気取りのニッキにとってそんな女性の悲鳴などほっておけばいいものを、ニッキは好奇心のみでそちらの方へ歩みを向けることにした。
騎士団の頃の騎士道とは理想と現実が奇妙に入り混じったものであったため、その騎士道を忠実に遂行するのにはとても無理があったことをニッキはよく知っていた。
だが、それでも何処か英雄気取りのその騎士道に惹かれるものがあるのが奇妙なところであって、仲間の騎士たちはそれを信じていれば己らの行為が全て正当化されるものと本気で信じていたのかもしれない。
俺もその組織の一員だったと思い返すと反吐が出てきた。
正義がどうとか悪がどうとかはもう関係のない、
ただの放浪者に俺はなるのだとニッキは心に誓った。
そして、その声のする方向へ森賊の血に染まった山刀を携え歩いていく
どうでもいいですが、冷静に考えるとピーターパンって怖いですよね。




