24話 森の中の馬車
悲鳴の聞こえるというよりは見えたといったほうがいいが、
とりあえずニッキはその声の文を打った発信源へと草木を血に染まり少々切れ味が鈍った山刀で切り分け進んでいく。
何処に森賊が潜んでいるかは分からないが、やはりニッキも悲しくも騎士の端くれであった為か女性の悲鳴を無視することができなかった。
悲鳴は最初のうちはまだ文として成立していたものだったが、ニッキが進むにつれ それはアルファベットの無茶苦茶な配置に変わり、どうやら悲鳴の主はとても混乱しているらしかった。
そして、その悲鳴は小休止していた3人の下にもよく聞こえ、
思わず3人は身構えた。
「誰の声ですかね」
短剣を不安そうに握り締めたラヒムが弱々しい声を出した。
聞かれるまでもなくきっと悲鳴はリビのものだろうと卵は思った。
チャット文だけでは判別しにくいが悲鳴の台詞はリビ本人が何度か使った筆記体に似ていた。
「リビのじゃないか?まだ森を抜けてなかったようだな」
彼女に脅された経験のある卵とシシャモにはあの投げナイフ女のだと、すぐにわかっていた。なにせこの前は彼女の発言に一字一句注意しなければ、ロストしてしまうところだったのだから。
そして そのシシャモの発言を聞くやいなや、直様ラヒムはその文の発信源へと走り出した。
顔には不安と冷や汗が表れて、咄嗟に卵が慌てて彼を止めようとして手を伸ばしたが、彼は手を躱して駆けて行ってしまった。
「どうやら護衛料は諦めたほうがいいかもしれないぞ」
そう言って残念そうに地面に置いてあった槍を素早く担いで、シシャモはラヒムのあとを追った。
どうも健全とはいかないものだとため息を一つついて、卵も重い足取りで2人の後を追う。
先に走り出したラヒムからは度々「ユエ」の名前を呼ぶ文が打たれ、やはり少々気でもあったのか卵は思った。
その悲鳴の発信源にいち早くたどり着いたニッキの見た光景は酷く凄惨なものだった。
ニッキはできる限り森の道をうろつけば直様森賊に出くわして危険だと考え、森の中を歩いていたが、この凄惨な光景の主役でもあるキャラはそうは考えなかったらしい。
森を抜けるための道の真ん中には馬車が何か強い力で横にひっくり返った馬車があって、そのひっくり返った馬車を引いていたであろう馬の姿はなく、変わりに丁寧にその引いていた馬の馬具だけは残されていた。
そして、その馬具の周りにはおびただしい量の血と肉塊がまるで何かが喰い散らかした様に散らばっていた。
思わず画面を前にする米山も息を飲む、こうも惨たらしい光景は初めてだった。
自分だって今まで略奪と殺戮を繰り返し騎士としての名を上げてきたが、どうやってもここまでひどくはならなかった。
そもそもこのゲームは肉塊まで表現していただろうか、血が噴出し肉体が破損及び欠損する描写はいくらでもあったがそれはロストすれば消えるはずだ。
NPCである馬はとっくにロストしているはずなのに肉塊だけ残るとは、一体何をどうしたらこうなったのかニッキは道の惨状が見えた茂みから訝しげに馬車を眺めた。
そう思って馬車には近づかないでおこうと思っているとまた悲鳴の様な文がチャット欄に現れた。悲鳴と言ってももうそれは文体をなしておらず、ただのアルファベットの無秩序な羅列であって、ただとりあえず誰かに反応してもらいたい意思がはっきりと伝わってくる。
まさかロストした馬が発しているのではないだろうなと怪しみながら発信源を探ると、それはどうやら横転している馬車の向こう側から打たれていた。
『毒を食らわば皿まで』とも言うべきか、ニッキは恐る恐る山刀を携えつつ文の打たれた馬車の向こう側に回り込むことにした。何か質の悪い罠かもしれないと一瞬そんな疑念が頭をよぎったが、今更何を恐れる必要があると疑念を振り払った。
その文を打った主はやはり女性だった。 しかし惨たらしい状況下に置かれていた。
キャラの設定かどうかは知らないがニッキが近づいて見えている範囲に入っても何も反応しない、女性の顔を見ると血だらけで目を塞いでいるのがわかった。
その女性は馬車の影に蹲るよう地面に突っ伏していた。裾の長いドレスを着ていたが、そのドレスは元々なんの色だったのかどのような模様であったかも分からないほどに血で赤く染まり、一瞬赤い鮮やかなドレスを着た女性に錯覚させるほどだった。
先程までは綺麗だったのであろう長い赤毛はどす黒い血に汚され、それを時に撫でるはずである手は既に片方失われていた。
断面された部分からは血がゲームであるというのに米山は体験したことがないので分からないが、血は現実ではこうも出るのかと思うほど止めどなく流れている。
断面部はまるで強い力に噛みちぎられたかのような酷いことになっていて、これがゲームかと今までの経験上一番凄惨なモノを見たとニッキは顔を渋くさせた。
「・・・・あなたは誰?」
そんな渋い顔をした男の気配を察したのか女性は体を這わせる形でこちらに体を向けた。
ニッキは思わず恐ろしいものを間近に見て逃げ出したい衝動に駆られた。
今まで自らの斧などで屠った様々な相手の面影が一瞬怨霊でも乗り移ったかのように女性に現れている気がしたのだ。
だが、足は後ろへ下がるどころか彼女へと向かい気付くと彼女のまだ無事な片手に手を伸ばし握っていた。
何故そうしているのかはわからない、何故だか恐怖と虚しさが混同されて、こんなことをしているのかもしれない。
「答えないところを見るとユエでもあの男でもないようね・・あの子達は薄情者だものね」
女性は虚ろな目を開いてニッキを見るが、どうやら見えてないらしく妙なことを口走っている。ニッキは何も言うことができず、少し強く手を握った。
『自分は一体なにをしているのか』と画面の前で米山は頭の中でその言葉を繰り返したが、答えは返ってきそうになかった。
「となると・・卵といったかしら?あなたなの?・・・・・・・・そうでもないみたいね。からかうのが好きでもなさそうな人だし、となると・・まぁいいわ。ロスト手前で聞いても仕方ないわね。」
女性はうつろな顔で地面に顔を伏せた。
確かに女性の握る力は弱く今にもロストしてしまいそうだった。
致命傷を受けたのだろうが、
当たり所が悪かったようで即死はできなかったようだ。
ゲームだからプレイヤーに痛みが行くわけでもないが、
ロストする瞬間をじっくり味わうのは誰でも虚しいものだろう。
「あぁ・・あなた私に会う前に誰かと会わなかった?小さい私と同じ赤毛の少女と細身の男と・・・・・・・・・・・見ていないようね。いいわ 私 転生する気がないのよ。
そろそろ潮時かなってちょっと家族と揉めててね。いい区切りになったわ。」
ニッキが何も言えないことをいいことに、
言いたい放題女性は己の身の上話まで始めた。
どれもよくあるような話でパッとしなかったが、
雰囲気がそうさせているのか嫌によく喋るこの女性に対しニッキは何とも言えない虚しさを感じ始めた。
そして身の上話を適当に話し終えても未だにロストしない女性はさらに続けた。
「しかし・・さっきのは何だったのかしらね・・。馬車に乗っていたら何かにぶつかって気づいたらこうなってたのよ。・・・まぁいいわ 面倒くさいお別れ会をあの娘としなくて済んだし、でも最後に何か言えないと寂しいわね。 こういうのって専用チャットですると味気ないのよね。」
もういいからロストしろよ と言いたくなるが、ニッキはそれを必死に堪えた。
騎士というのは多少は空気を読まなくてはいけない存在でもあるのだからと自分に言い聞かせた。
「良かったら もし・・ユエって言うんだけどね。 あの娘に会うことがあったら伝えてくれないかしら?見ず知らずの者に頼むのも無理があるかもしれないけど・・・。 ・・・そうねとりあえず あなたは私の本当の妹じゃないって・・・・・いや、これは当たり前ね 他人だし ごめんなさい訂正するわ さすがに訳のわからないこと言っちゃった」
どうやらまだまだロストする気配はなく、
ニッキは呆れながらため息をついた。




