130話 待ち合わせ
素早い手際でゲームを起動させると、画面には昨晩ログアウトした場所であるバストロク行政区の路上の真ん中に、突っ立っている卵の姿があった。
周囲を見回してみると、昨晩の火災の影響で一部の建造物が全焼しているようだが、そのような悲劇的な物は少なく、大体はその形を保っているらしい。
辺りは昼間のようで、もっとも賑わう時間帯のせいか、周囲には通行人がそれなりに見える。
だが、それらは旅行者や買い物客ではなく、バストロクの建造などを担う組合の連中が主であり、彼らは路上の真ん中に突っ立って、重武装の卵に不思議そうな視線を度々向けてくるが、そんなことより己の職務が大事なので、すぐに視線を前に戻して通り過ぎてゆく。
「こっちだ」
不意にチャット欄にシシャモからのメッセージが浮かんだ。その文に応じるように、再び周囲を見回すと、卵から少々離れた位置から、自分に手を振っている長身の男が見えた。シシャモその人である。
彼はこちらが気付くと、小走りに走り寄ってきた。
昨晩のような魚を模したあの異様な甲冑は着込んでおらず、彼は普段のような薄緑色の服と同じ色の帽子を被っている。
「鎧はどうした?」
「あんなもんずっと着てられるか。重くて仕方ない、おまえと一緒にするなよ」
シシャモは卵を小馬鹿にするような顔で答えて、今度はこっちだと手招きして、卵についてくるように促した。
「他の連中は?」
「あぁ、ずっと路上の真ん中に居ても邪魔だからな。店で待ってる」
「店?商業区まで行ったのか?」
「いや、行政区にもちょっとした店ぐらいはある」
「酒場か?」
「いや、カフェだ」
「カフェ?」
思わず卵はシシャモの言葉を聞き返した。
このようなゲームにおいて、そんな現代的な言葉を聞くのは希である。
「あぁ、行政区の連中がよく溜まるのさ」
「いや、まぁ...わからないわけじゃぁないが、カフェ?」
「そうだ。カフェだ」
「ファンタジーにカフェか?」
「ファンタジーにカフェだ」
なんとも変な気がする。
確かに中世ヨーロッパがゲームの世界観というなら、場に全然合わないと言うわけではないが、何分、卵を待っている連中が、その場に合うかと聞かれれば、不自然すぎるとしか言いようがない。l
特に連中の中で不自然な存在であるニッキが、珈琲を啜っている場面などは想像ができない。
カップを握りつぶしてしまう気がする。
「他にもっと良い店なかったのかよ?」
「一番ここから近かったんだ。待ってくれてるだけ有り難いと思えよ」
確かにわざわざ皆を待たせている奴が言う言葉ではないかもしれないが、そうは言ってももう少し良い場所があるようなものだろう。
別にわざわざ店に溜まらなくたって、バストロクの門の前だって良い。しかし、あのような場所は人がこことは比べ物にならないほど多いし、人が多ければそれだけトラブルも多い。
そう考えれば、比較的に警邏組合の本部が近い行政区の方がトラブルも少ないため、マシかもしれないが、それは自分らが善良なるプレイヤーである場合であって、追い剥ぎのような屑にとっては、逆にここは危なすぎる。しかし、このゲームのプレイも長くなると、警邏連中にどうやってその場を見逃してもらうかは皆心得ている。
「ほら、あの店だ。奥にいるってよ」
そうこうしているうちに、シシャモと卵の二人は他の連中が待っているというカフェの前にたどり着いた。
卵はいったいどのようは店先をしているか、ここにくるまで想像もつかなかったが、いざ店先を眺めてみると、確かに世界観にマッチしている店である。
簡単に表現すれば明るい酒場と言ったところだろうか。
商業区によくある酒場などは、入り浸っている連中の影響なのかはわからないが、とても汚れていて不潔な場である。だが、その方が居心地がよいと言う連中なのだから仕方がない。
きっと店というのは入る客の感じで、大分変わるものなのだろうと卵は思った。
店の窓から、中にいる客がチラホラ見えるが、彼らは大体小ぎれいな衣服を纏っている、平凡なプレイヤーばかりである。
自分らのように常にロストの危機と隣り合わせなプレイをしていないためか、武装している者は見られず、せいぜい短剣を装備している程度だ。大方、鍛冶組合や商業組合に所属しているプレイヤー達であろう。
生産プレイに徹している、穏和な連中である。
だが、そんな彼らも店内に、軽装のシシャモと重武装でこれから戦争でも始めそうな勢いの卵が、入店するのを見ると、自然と表情を強ばらせた。
旅をしているプレイヤーなどはチラホラと見たりはするが、卵のような手合いは初めてらしい。
傭兵組合にしても、町中では不要なトラブルを呼ばないために、大体皆軽装になるのだが、卵にはそんな配慮がなく、腰に戦闘用のピックを差し、背中には愛用のクロスボウを同等と掛けている。
しかし、店員はそういう手合いに慣れているのか、一切怯えの色を見せずに、冷静に二人を店奥へ案内してくれた。
しかし、その店員が冷静に、足音を立てずに二人を案内する様子から、彼は心なしか、その店員が以前に自分のような手合いと一緒にいたのではないかと想像したが、その想像は店員がエプロンの陰から覗く、場に合わない毒々しい形状をした短剣が、自信の想像が合っているのを告げていた。
「見ろよ。腰の短剣、あれは毒が仕込んであるぜ」
「暗殺組合の跳ねっ返りか?」
「だろうな。俺たちに威嚇も兼ねて、わざと見せつけてやがる」
「おっかねぇ」
案内されつつ、二人は専用チャットを使って、案内をしている店員の素性を探り始めた。
「何かもめ事でも起きたら、全員ぶっさして解決って訳だ」
「行政区だってのに、思い切った事するな」
「行政区だからこそだ。上の連中から許可が出れば、ここは盗人宿に早変わりだ」
「全部、綺麗にはできないもんだな」
そんなことをつぶやき合っていると、不意に店員がこちらに振り向いた。
店員は細身の男性で、腰には白いエプロンを巻いて、お洒落な青を基調とした制服を着ているが、エプロンからチラツいている短剣が、それを台無しにしている。
「こちらです」
店員はそう告げると、そそくさと店の奥へ戻っていった。その際にエプロンをしっかりと巻き直したのは、他の穏和な連中に短剣を見せないためであろう。
「こんばんわ 卵さん」
店員に案内された席は、大きいテーブルを幾つかの小さい椅子で囲った物であった。
その椅子の一つから、小柄なラヒムが手を振って挨拶をしてくる。彼の隣には大事な護衛対象であるユエが座っているが、卵には全く興味がないらしく、自身に運ばれたのであろう珈琲をゆっくり啜っている。
「おう、昨晩はお疲れ」
そう言いつつ、卵はラヒムの対の椅子に座り、シシャモはその隣に腰を下ろした。
その際に普段なら一番うるさい奴が黙りこくっているのが気になった。
大きな体のため視界から外れることはまずない。
大きな体躯をして、普段なら元気のいいニッキが、今回は何故か、背を丸めて虚ろにテーブルの上を眺めている。
彼女の視線の先にはやはり握り潰したのであろう、珈琲カップが放置されている。




