126話 不死身⑪
ラヒムは化物の翼に足を掴まれ、中華飯店の店先にぶら下がっているような、鶏肉の状態となっていた。
視界は逆さまであるが、ここからだとよく目の前に立っている卵の様子がわかる。彼は半ば呆れた表情でこちらを見ていた。
人質など自分達には全く意味がない事だ。
そのことは、先日の村での出来事で証明されている。
あの時もラヒムが人質になってしまい、喉元に鋭利なナイフを突きつけられたものの、目の前にいた卵は全く動じることなく矢を放ってきた。
しかも、その矢が俗に溢れている創作物の展開みたく、ラヒムを盾としていた相手に、命中すれば良かったのだが、結果的にはラヒムの右肩に矢は深々と命中してしまった。
「騎士団の団長様が人質を取るとは呆れたな」
卵はそう呑気な事を言いながら、腰に差してあるクロスボウに手を伸ばす。
それを見て、化物は嘲笑うかのような笑みを卵に浮かべたまま、掴んでいるラヒムを盾にするかのように翼を伸ばしている。
流石に、相手も修羅場をくぐり抜けた者であるから、いざと言う時にプライドなど簡単に捨てることはできるらしい。
だが、切り札であったチートを用いて、異形の姿に成り果てても尚、その様な下衆な行いを続けるとは情けないと、卵は自分の今まで仕出かしてきたことを、完全に棚に上げてほくそ笑んだ。
「...卵さん。何をするつもりですか...」
そんな卵の笑から嫌な予感を感じたラヒムは、逆さまに吊るされつつ、情けない声を出した。しかし、嫌な予感もなにも、これから彼が何をするかはすぐに検討がつくことなのであるが、ラヒムは淡い希望を持って、卵に聞いてみた。
そして、彼の解答は言葉ではなく、クロスボウを両手でしっかりとこちらへ構える行為だった。
「じっとしてろよ...今度は外さねぇ」
卵はそうクロスボウの狙いを定めつつ、腰を深く落としている。
それに対して、化物は彼が無駄なことをしていると思ったのか、より一層ラヒムを掴む翼に力を込めて、盾にしようと前に突き出す。
そうされると、ラヒムは既に悲鳴を上げていた。
何故、すぐに復活できたかはよくわからないが、それをまた、しかも再び味方の手によってロストする危険性が浮上してきたのだ。
「嘘だっ!絶対また俺に当てるつもりでしょう!?」
「あれは事故だって、つい手元が狂っちまったんだよ!」
悲鳴を上げるラヒムに、卵はバツが悪そうに言うが、先日、彼が誤射をしたことは事実だ。
「大丈夫だって...今の俺には加護がある」
そんなラヒムの抗議をどこ吹く風と、卵は自信満々に先日と同様、クロスボウを構えたままである。だが、先日と違う点があった。
それは卵の構えているクロスボウが、不思議な青白い光を帯びているということであり、また、甲冑を新調した卵は、先日の頼り無い追い剥ぎ男と打って変わって、少し威厳が出てきたということである。
だが、そんなちっぽけな威厳など、宙にぶら下がっている的と同様の存在になりつつあるラヒムには関係ないことである。
「それが一体どうしたっt...」
そうラヒムが言いかけた時、卵は矢を放った。
思わずラヒムは口をつぐんで、顔を恐怖に引きつらせた。
矢は乾いた音を立てて、吊り下げられたラヒムへ向かってくる。
それは一瞬の出来事の筈なのだが、的の様なラヒムには、それが何十分も経過するかのような感覚であった。
きっと矢は自分の体の何処かへ、残酷に突き刺さるだろうと思った。
そして、自分は情けない悲鳴を上げながら、再び味方の手によってロストするのであろうと、だが、悲痛な声を出したのはラヒムではなかった。
矢は彼を掴んでいた化物の翼に命中したのだ。
すぐさま拘束が緩んで、ラヒムは翼から落とされる。
今度は落下する恐怖にラヒムは顔を強ばらせた。
だが、その小柄な体が地面に打ち付けるられることはなかった。
少し、何かにぶつかった衝撃はあったが、それは地面に落ちた時のものとはまた違うまだ、緩いものだった。
「...な?大丈夫だったろ?」
ラヒムが、少しびくつきつつ顔を上げると、そこには甲の面具から卵が、下衆な笑みを覗かせつつ、ラヒムを見下ろしていた。
どうやら、矢を放ったと同時に素早く前へ進み出て、落下してくるラヒムを受け止めてくれたらしい。
「えぇ...まぁ...助かりました...けど」
「けど、なんだよ?」
「...下ろしてくださいよ。これじゃぁホモみたいだ」
「あぁ。確かに」
本来こう言う受け止められる役というのは、可憐な少女と相場が決まっている。薄汚い小男を受け止めるハゲデブという構図など、誰でもそう長くは見ていたくなかった。
そんなラヒムの言葉に、卵は応じて、即座に彼を地面に下ろしてやると、素早くその場に置いておいた戦闘用ピックを手にとって、片手でラヒムにクロスボウを投げて寄越した。
「援護しろ。いい加減に終わらせて、さっさと寝てぇんだ」
「同感ですね」
そんなやりとりを素早く行うと、卵は再びピックを携えて、まだ痛みに呻いている化物へ突進していく。
ラヒムは彼から投げ渡されたクロスボウに、矢を装填しようと、台尻を地面に立たせた。
ラヒム自身クロスボウの扱いに精通しているわけではないが、化物の巨体に対して、クロスボウの技量はさほど要求されないだろう。
化物は痛みに呻きつつも、再び己に襲いかかってきた敵に対して、炎にて焼き尽くそうと両翼を大きく開いて、二人の敵を炎の壁にて包み込んだ。
だが、小柄な敵は炎から身を守ろうとして、体を地面に一体化させるかの如くその場に伏せて、青白く輝く矢を容赦なく放ってきた。
その矢は炎に飲み込まれることなく、光が包み込もうとする炎を跳ね除けて、乾いた音を立てつつ化物の腹部に深々と突き刺さる。
そして、今度はその刺さった矢を足がかりとし、炎を跳ね除ける奇妙な形状をした甲冑を身につけた敵が、化物の上部へとよじ登り始めた。
化物はそれを必死に払い落とそうと、炎を纏った翼で何度も叩くが、既に敵を燃やす筈の炎はただのグラフィックと化しており、敵は化物の攻撃に全く動じずに、遂に本体である女性の半身がある上部へと登りつめた。
「来るなっ...来るなぁっ!!」
女はそう叫びつつ、無駄なこととはわかっているものの、炎を纏った両手を迫り来る敵に対して突き出すが、それは勢いに情事の時によくある男性の行為と同じく、簡単に篭手にて払いのけられる。
幾ら激しい炎に包まれても、卵の甲冑には焦げ一つ付かなかった。
そして、卵は無慈悲にもピックを天高く振り上げた。
そんな彼の姿には、世間でよくある創作物の主人公たちのような、勇ましさや、正義らしいものは何一つない。
ただ純粋に生存への欲と、暴力に対する激しい欲求のみがあった。
そんな死闘の場から少し離れた物陰にて、様子を眺めていたニッキとユエの二人と、民家の2階から様子を真剣に眺めてるベルンは、次の瞬間、化物の体を包んでいた炎の覆いの中より、悲痛な悲鳴と青白い光が漏れ出すのを確認した。
それを確認した、次の瞬間。
炎がより一層激しくなり、次にその炎が呆気なく消えた。
化物は自身が纏っていた炎に焼き尽くされ、大量の灰となって路上に撒き散らされた。
そして、その大量に撒き散らされて路上に積もった灰の中から、小柄な男と肥えた男の二人組がのっそりと姿を現した。
それを見て、近くの物陰から、ニッキとユエの二人が飛び出して、心配そうな声をかけたが、二人はとても疲れたと、チャットを打ってから、申し合わせたかのように同じタイミングでログアウトし、その場にて姿を消した。
一晩中、バストロクを包み込むかと思われた業火は、この瞬間に呆気なく消化され、先程まで夜空に映った陰鬱な赤が消え、夜空には綺麗な星達が姿を現した。
今更ですが、この話で第一章の区切りにしようと思います。




