125話 不死身⑩
卵は振り被ったピックを、今度は狼狽えている化け物の腹部へ振り下ろした。
まるで、槌で焼けた鉄を叩いたような勢いで、火花が卵へ飛びかかるが、それを全く意に返さず、彼はもう一度ピックを振るって化け物の腹部を打つ。
「馬鹿な...こんな馬鹿なことが...」
相変わらず化け物は信じられないと呟きながら、卵の攻勢に対し防戦一方であった。
ピックは容赦なく振るわれ、燃え盛る体に打ち込まれる。
その光景はさながら、鍛冶工場にて、燃える鉄を正すかのように、しっかりとした動きである。
「やっちまってください!卵さん!」
その光景を見守りつつ、短剣を失ったラヒムが卵に対して、声援を掛けるが、彼は化け物への攻撃に集中しているため、ラヒムの言葉など全く気にしない。
早く終わらせて寝たかった。
それだけが、卵を動かしている。
「団長なかなかやるな...」
その死闘から離れた民家の2階の窓辺から、ミダズは様子を眺めていた。背後にはベルンが巨体を器用に折り畳んで、わき目に光景を見ている。
先ほど、卵等が化け物と対峙しはじめた辺りから、眺めているが、先ほどの青白い光が放たれてから、一気に形成が変わった。さすがに窓辺から現場までは幾らか離れており、間近にて団長の裸体を拝まないで、済んだことは幸運と言えた。
「まぁ全盛期程じゃぁねぇが、ボチボチだな...」
ミダズはそう満足げに呟きつつ、ベルンへ視界を移そうとしたが、その際に自分らのいる部屋の戸口に誰かがいる気配を感じて、慌てて戸口の方向へ頭を向ける。
一方、ベルンはそんなことなど全く気にしていないようで、依然と窓辺へ視線を走らせている。
「...高みの見物とは、良いご身分になったな」
「副団長?何故ここに...」
戸口に颯爽と立っている人物は、副団長であるシシャモであった。
先ほどまで、向こうで化け物とやり合っていた筈ではなかったのか。
その疑問をミダズが口にしようとすると、彼はミダズの口を、自身の片手に携えた細身の剣を、軽く振り上げることによって制した。
「あそこまでやれば、もう卵だけで十分と思ってな...たまには手柄の一つぐらい差し上げた方が良い」
「...」
「それより、お前等はたかだか団員の癖に、団長を試そうとは思い上がった奴らだ」
シシャモはミダズを厳しい目つきで睨みつけるが、その二人の合間にて、圧倒的な存在感を誇る巨漢であるベルンは無視していた。
だが、ベルン自身は全く副団長が現れたことにも動じずに、相変わらず外の景色を眺めている。
「巫女の意志は、あくまで卵の手足として、お前等が働くことだぞ?職務放棄か?」
「...いえ、決して、そういう訳じゃ...」
「まぁいい。それより、先ほどの報酬の件だが、ラヒムの奴は内輪揉めでロストしたそうだな。先程、そう証言したぞ?」
「あ...まぁ、そうですけど...でも俺の報酬とその件とは別件でしょう?!」
項垂れるミダズを眺めながら、シシャモは俗物的に、先程の報酬交渉を再開することにした。シリアスな空気をぶち壊しているという自覚はあるが、そのような事より、金の方が最も大事である。
「いや、そんなことはない。俺は仲間が敵の手によってロストしたからこそ、その仇を取ったお前に報酬をやるんだ。根本から違う」
「ちょっと待ってくださいよ...副団長らしくもねぇ...仲間だなんて...たかが追い剥ぎの小男でしょう?」
ミダズはとても意外そうな面持ちで、シシャモを睨んだ。
今、シシャモは仲間と言った。
このゲームにおいて、その様な甘ったるい言葉を目にするのは、久しぶりである。常に裏切りと争いが絶えないこのゲームにて、仲間など無いに等しい存在だ。
「あぁ、確かにラヒムの奴は、薄汚い追い剥ぎだ。俺だってそう思ってる。...だがな、奴は巫女が言うには、俺達の導き手と言う話だ」
「そんな、巫山戯ないでくださいよ?!あんな薄汚い小男が?俺達の導き手は巫女であった筈だ!」
そのシシャモが言った言葉に対して、今まで項垂れていたミダズは態度を一変させて、激しく噛み付いた。
だが、そんなミダズの態度に、シシャモは顔色一つ変えることなく、冷静に言いのける。
「まぁそうなのだが...巫女がそう告げてきたんだ。それに、奴は卵に良い刺激を与えるとの話だ」
「...なんだか気持ち悪い話だ」
「俺もそう思う」
再びミダズが項垂れるのを見て、シシャモは話を下衆な報酬交渉へ戻した。幾らなんでも5千円は法外すぎる。せめて2千円が妥当だと、今度こそ決着をつけたかった。
「う゛っしゃらぁっ!」
怒声を上げつつ、勢いよく振り上げられた戦闘用ピックが、化物の腹部へ振り下ろされる。
その度に化物は呻き声を上げ、大きな翼にて、卵を払い除けようとするが、彼の着込んでいる白い光を帯びた鎧は、炎の熱に傷つけられることはなく、逆に白い光が炎を退けている。
そのお陰で、卵は遠慮なく、化物の体へ戦闘用ピックを打ち込むことができた。
そして、卵が携えている白い光を纏ったそのピックは、先程のラヒムが投げて、炎の壁に飲み込まれたような短剣とは違って、しっかりと衝撃を化物へ食らわせる事ができた。
既に化物が身に纏っていた炎の鎧は、卵からの攻撃に対して、なんの効果も発揮していなかった。
そんな光景をラヒムは、傍らで眺めながら、まさに彼の戦法はゴリ押しであると、鮮やかな槍の突きで相手を圧倒するシシャモの姿を、脳裏に浮かべつつ、卵の戦闘スタイルと比較しながら声援を送っていた。
「卵さん!そのまま、どんどん押し切っちゃってください!」
既にラヒム自身は得物がないので、精精、化物から間合いを取っているのが精一杯であった。
だが、傍らで野次馬のように、騒いでいたのがいけなかった。
化物が呻き声を上げながらも、ラヒムを一瞥したのだ。
「...そこまでにしておきなさい」
卵は何度も何度もピックを振り上げては、化物の体へ打ち込んでいたが、化物の必死そうに冷静さを取り繕った声で、初めて動きが止まった。
目の前にて、ラヒムの小さな体が、化物の翼に掴まれて、宙にぶら下がっているのだ。
「...なんかこの前も、これと同じような光景を見たきがするぞ」
「俺も同じ感想です」
宙にぶら下がったラヒムは、先日の悲劇を苦々しく思い出しながら呟いた。
『...ラヒム?あぁあの裏切り者のクソッタレか。...思い出しただけでも、反吐が出るぜ』
傭兵組合人事取締 ヴェニッジュ




