123話 不死身⑧
「あっ!卵さん!」
そう足が痛まないことを自覚したラヒムは、何故か背中にくくりつけてある奇妙な甲冑の重さにもがきながらも、同じく甲冑の重さで参っている卵を確認した。
「お前...なんで空から...さっきロストしたはずだろ?」
「俺だってよくわかりませんよ...ニッキの奴にぶん殴られてロストしてから、色々あって...」
「...?待て、お前、騎士に殺されたんじゃなかったのか?」
「?何言ってるんですか?俺はさっき、あの大女に、訳の分からない理由でフルボッコにされて...」
何やらお互いの会話が、よく噛み合っていない。
先ほどニッキ等はしきりに、騎士に彼が殺されてしまったと叫んでいたではないか。
しかし、当の殺された本人が、ニッキにロストさせられたのだと証言するなら、これは根本からおかしい話だ。
「つまりどういう事だ?お前は敵から攻撃されたのではなく、ニッキに殺されたと?」
そんな冷静さを取り繕った声が、二人の背後から聞こえた。
ラヒムがその声の方向へ頭を動かすと、先ほど全速力でその場から逃げ去った筈のシシャモが、全速力でこちらに戻ってきていた。
魚の頭部を模した甲から見える顔には、慌てて走った為による、汗が噴き出しているのが確認できるが、シシャモはまるで、さっきからずっと近くにいたかのように、振る舞っている。
なんとも図々しい奴だと卵は思ったが、戻ってきてくれただけ有り難かった。
「えぇ...そうですね。はい」
そして、ラヒムがそう頷くとシシャモはこれでミダズに払うべき金額が少し減ったと思ったのか、安堵の表情になり、素早く卵を起きあがらせようと、ようやく彼の肩に手をかけた。
「それにしても、なんで卵さん。こんな路上の真ん中で転んでいるんですか?」
その光景をラヒムは暢気そうに言うものだから、卵はシシャモに起きあがるのを手伝ってもらう中、顎で後ろを向くようにラヒムに促した。
それを見て、ラヒムは首を傾げつつ、後ろを振り向くと途端に顔を青白くした。
「...誰ですか?この人...」
「お前が、今まさに落ちた拍子に頭をぶつけた人だよ」
「えっ?!...あぁ...それは...すいませんでした」
ラヒムは顔を青くしつつ、申し訳なさそうに背後の化け物へ、素早く正面を向け、勢いよく頭を下げた。
その拍子に、ラヒムが背中に括り付けていた甲冑が、落ちた衝撃で、卵の前に転がり落ちてきた。
いきなり、自分の頭に落ちてきた相手が、すぐにこちらへ謝罪してきたが、それで自分の怒りが収まるわけがない。
化け物は先ほど変身する前から、彼らにほとんど無視され続けていて、しかも、このような異形の姿になろうとも、さほど場に注目されていないので、今のラヒムがした謝罪は逆に、化け物の逆鱗に触れた。
「...一体何なのよ...あなた達...この鳳凰騎士団団長のマールを散々、蔑ろにして...」
「はぁ...団長さんでしたか...いやぁ...すいません」
化け物は眉間に皺を寄せつつ、ラヒムを睨みつけているが、ラヒムはさも申し訳ないと頭をまだ下げているので、彼は相手の表情がわからなかった。
「...あれ?今この人...騎士団って...」
しかし、相手の言葉に違和感を感じたのか、ラヒムは頭を下げた姿勢のまま、顔をやっとこさっとこ起きあがりつつある卵へ向けた。
「そうだよ。なんかチート持ちの人だそうだ」
「へぇ...」
明らかにラヒムの登場によって場の緊迫感は、何テンポも遅れた。
だが、それとは対照的に、卵は目の前に転がった甲冑を見ると、胸の鼓動が激しくなりつつあった。
「...え?じゃぁ敵じゃないですか」
「そうだよ。敵だよ」
「じゃぁ謝ることなんてないじゃないですかっ!全く!頭下げて損しました!」
卵の言葉を聞くと、ラヒムは急に頭を上げて、腰の短剣を抜き放ち、無謀にも化け物と対峙した。
いきなり目の前の小柄な男の態度が豹変したことによって、化け物は少し戸惑った。
それを見て、こいつも相当、図々しい奴と卵は思った。
「でも攻撃が効かねぇぞ。そいつ。さっきもバックスが斬りかかって灰になった」
「...なんで、それを先に言わないんですか?!......調子に乗ったこと言って、すいませんでした...」
すると、ラヒムは途端に抜きはなった短剣を鞘に戻して、また深々と化け物へ頭を下げた。
しかも、今度は誠意が足りないと思ったのか、ラヒムは素早く土下座の体制を取った。
この間1分も経っていない。
ラヒムの化け物へ対する態度の豹変ぶりに、相手は再び戸惑った。ここまで変な相手など見るのは初めてだ。
卵だって、ここまで変な光景に出くわしたことはない。
しかし、化け物が戸惑っている姿を見ると、卵の中に不思議と闘志が沸いてきた。
なんだか、ロストした後キャラメイクを真剣に考えていた自分が、なんとも馬鹿らしく思えてきた。
「...頭を上げろや、ラヒム。3人で、コイツをぶっ殺してやろうぜ」
シシャモの手を借りて、卵はようやく立ち上がると、ラヒムの脇に立って、片手で小さい彼の頭を小突いて、もう片手で落ちた甲冑の一つを拾い上げて、化け物へ対して不適な笑みを向けた。
「...愚かな奴らだ。先ほどから、私に傷を付けることが不可能とよくわかっている癖に...私を殺すだと?笑わせる...」
化け物は卵等3人が自身に対して、刃を向ける様を見ると、彼らを見下しつつクスクスと笑った。
内心としては、シリアスな空気に戻ってきたので、プレイヤーとしては嬉しい限りだった。
「...奴の言うとおりだ。俺の槍もバックスの剣だって、こいつには効かなかったんだぞ?」
そう言いつつ、素手でありながらも、化け物の側面に素早く回り込んだシシャモが、卵に言った。
さっきは卵を放置して逃げたが、ラヒムがニッキに殺されたのだと知って戻ってきてしまった。
完全に逃げるタイミングを逃していた。
「剣も槍も効かないなら、魔法じゃないですか?」
「それ、さっき言った」
そんなシシャモの反対側へ、ラヒムが回り込みつつ二人に言ったが、素早くシシャモがツッコんで黙らせた。
「別にそんな細かい事は問題じゃねぇ...ラヒム!お前の担いできたモン借りるぜ...」
そう卵は言うと、先ほど手に持った、ラヒムが持ってきた甲を、天高く掲げた。
それを見たシシャモが、少し驚きの声を上げた
「...なんで、それがあるんだ?」
卵が片手に掲げている甲は、先日に卵が捨ててきた。
卵の頂点を模した甲であった。
しかも、先日のような錆だらけの鉄屑などではなく、その甲は新品同様に磨き抜かれ鮮やかに輝き、化け物が纏っている炎が、その輝きを一層強くしている。
「なんか、ロストした後...よくわからない女がソレを持って行けって...」
ラヒムが化け物が放つ熱気に辟易しつつ、短剣を震えながら化け物へ向けつつ言うと、卵は今まで被っていた犬の甲を取って、その慣れ親しんだ甲を被った。
「これが巫女の加護って奴かね」
卵はそう満足げに呟いた途端、いきなり卵の体が光に包まれた。炎の光ではない、その光はうっすらとした白い光であった。
「何っ?!」
先ほどから状況に振り回され続ける化け物は、再び目の前で起きた事に戸惑った。
まず、対峙していた丸い男が、甲を被った途端、彼の体が光り包まれ、ラヒムの身の丈ぐらい程、宙に浮いた。
次に、男が着込んでいた甲冑が甲を残して、激しい音を立てながら、男の肌から脱着された。
瞬時に卵の裸体が、周囲にいた者達の視界に飛び込んでくる。これが、よくある変身ヒロインもののアニメであるなら、きっとラヒムなどは喜んだであろう。
だが、現実は非常に残酷であり、無慈悲であった。
世の中で、丸まると卵のように太った、男の霰もない姿を喜ぶ者など、そうそう、いないのだから。
『少しは空気を読め?あぁ、場の空気をだ』
追い剥ぎ組合所属~ベニッド




