122話 不死身⑦
「いいよな?!いいよな?!」
卵は全力で叫びながら、周囲を見回した。
未だに甲冑が重くて起き上がれないでいるが、ログアウトしてしまえばこっちのもので、明日か、もしくは明後日まで、ログインしなければ、きっとこの目の前の化物をやり過ごすことができるだろう。
幾ら化物の外見をしていても、相手だって人間だ。
ネットゲーム廃人だって少しは寝るのだ。
その隙をついてログインして、誰かに起こしてもらってすぐにバストロクを去ろうと、卵は考えていた。
リビの事など正直もう、どうでもよかった。
報酬など、もはや関係ない。肝心なのは己の生命と睡眠時間だ。
「まぁ...いいんじゃないか?」
そんな卵の訴えを見て、シシャモは少々冷めた目で見返すが、こんな状況で確認しても仕方のないことだろう。
そして、今やっとのことで冷静さを取り戻した化物は、未だに転がっている卵を見下しつつ、できる限りシリアスな空気を出そうと頑張っているのか、言葉を選びながら口を開いた。
「...いいわ。永遠の闇に落としてあげる」
化物は加虐愛的な笑を浮かべながら、そう卵に告げた。
その言葉を聞いて、卵は情けない悲鳴を上げた。
大の男が絞り出す悲鳴など、このゲームではよくありふれた物であったが、獲物としていた相手の悲鳴を聞くのは化物としては、快感であったらしく、化物は炎に包まれつつも、その炎をより一層燃え上がらせ、その巨大な両翼にて卵を包み込もうと手を伸ばしてきた。
手の動きはゆっくりであることから、じっくりと卵を炎で責め立てたいとの意思が伝わってくる。
「うぉぉ...」
うめき声を上げながら卵は思わず、相棒であるシシャモの方を見た。
ここのところ、何かと危ない時は寸前で助けてくれて、とても頼もしい。
だが、流石にこの時ばかりはどうしようもなかったのか、彼は卵を助けるどころか、化物から後退り始めている。
いや、後退りというレベルではない。
今、彼は完全に化物と卵から背を向けて全速力で、その場から退避しようと走り出していた。
既に完全に卵は死んだものと割り切っているらしい。
その様なバッサリとした気持ちの切り替えは、本人にとっては素晴らしいものであるが、実際に今まさに見捨てられた卵にとって、それはあまりにも酷い行いであった。
卵は逃げ去っていくシシャモの後ろ姿を眺めながら、何か彼の悪口を一つでも言ってやろうかと思ったが、それよりも先に、ロストしたあと、次はどの様なキャラを作ろうかと呑気に考え始めていた。
まず、現在の外見では駄目だろう。
井出自身としては、現状の、この卵体型のハゲデブの姿が嫌いといわけではなく、寧ろ何故だか気に入っているのだが、ここのところ外見の評判があまり、よろしくない。
そもそも架空現実である、ゲームの中においてわざわざ不細工なキャラクターを造形しようとする事自体が、一般的なプレイヤーから見ればおかしいことなのかもしれない。
誰しも架空にて格好良くなり、可愛くなり見せたいものであろう。
現実がそうでないと思っているのなら、その欲求は尚更であり、それは卵を操作している井出自身も同様の問題であった。
何故、現実でもしょっちゅう強面であると言われ、周囲の人間から一定の距離を保たれることばかりなのに、ゲームにおいても同様の事になってしまうのか。
その点を反省し、次のキャラメイクはもっと格好よくするべきであると、画面の前で井出は、既に卵のロストを受け入れつつ考え始める。
何か、ファッション雑誌でも買ってきて、頁に写っている俳優やモデルの顔立ちや体型を真似しても良いかもしれない。
もしくは、いっそのこと異性のキャラメイクも、良いかもしれないと井出は思った。
何も同性に拘る事はないのだ。
ゲームにおいて女性の姿をしたって、誰かにどうこう言われる筋合いはないし、それに、先日に会った、あの転移魔法に長けているサンマだって、以前は骨と皮ばかりの体をした老魔術師の姿をしていたというのに、最近では、よく深夜帯のアニメで見かけるような、幼い少女の姿をしているではないか。しかも、本人はこの様な姿なら、阿呆共がどんどん寄ってくるとも言っていた。
確かに、物騒な外見をした中年のオッサンより、人懐っこい幼い少女の方がどう考えても、後者に人が集まる。
しかも、己は追い剥ぎ組合に所属していることも考えれば、圧倒的に中年男性の姿より、幼い少女の方が得ではないだろうか。
確かにこのゲームで設定されている、身体的ステータスを鑑みると、幼ければ幼いだけ筋力や体力などは低く設定されてしまうのだが、別に適当な甘言を吐いて、阿呆を誘い出して寝首を掻けば、それで十分に稼げるではないかと、何故今までこんな簡単なことに気づかなかったのだろうかと、井出は己の無知さを画面の前で少し嘆いた。
そう思えば、別にロストするのも悪いことではないと井出は思った。
寧ろ、今化物に殺されることによって、きっと相手方は一体どの様な因縁を卵に持っているのか知らないが、きっとここで彼をロストさせれば、スッキリして貰えるはずだ。
そうスッキリして貰えれば、この訳のわからない事は終わるのだ。
しかし、ふとそんな時、井出の頭の中に田中の現金報酬のことが過ぎったが、それは睡眠欲と、次回のキャラメイクが御座形にした。
そんな考えの卵に、化物は燃え盛る炎を纏った両手を近づけてくる。
先程のバックスの様に一瞬で灰にしてくれたら、苦しまずに済むだろうと卵は楽観的に考えつつ、ジッとしていた。
だが、その両手が彼の体に触れることはなかった。
先程は一瞬にしてバックスを灰にしたというのに、一体どうしたのだろうと卵が化物の様子を探ると、化物は何か妙なものを見たのか、卵が倒れている地面ではなく、空を不思議そうな面持ちで眺めていた。
それを見て、卵も釣られるように空を見上げた。
空の色は燃え盛るバストロクの景色を既に映しておらず、星が瞬く綺麗な夜空であり、グラフィック担当が頑張った成果がある。
だが、その空を眺めていると卵は一つ奇妙な事に気づいた。
空には様々な輝きを持つ星があるのだが、そのうちの、ちょうど化物と卵の真上にあろう星が、何故か異様に大きく見えるのである。
その星は青白い光を放ち、他の星の大きさとは一線を画している。
いや、大きいという表現は間違いだ。
星が大きいのではない。星が近づいているために大きく見えるのだ。
「なんだぁ?」
卵はそんな間の抜けた声を出しつつ、呆然と近づいてくる星を見ていた。
しかし、そう卵が呟き終えたとき、星が急に輝きを失って、何か黒い点となって、落ちてきた。
黒い点は徐々に近づくにつれ、その姿を鮮明にさせ、卵の目に映し出す。
その姿を見て、思わず卵は目を見開くと、その瞬間に、同じく卵と同じく空を眺めていた化物の頭上にソレは落ちた。
「...っ?!」
少し鈍い音を立てつつ、その空から落ちてきたソレは、卵の目の前に転がってきた。
「いてぇっ!!」
その落ちてきたソレは起き上がれない卵の前で、足を抑えつつ悲鳴を上げていた。後ろを振り向けばきっとその悲鳴を倍増するだろうが、卵は親切心で、ソレに背後で鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、様子を見ている化物のことは教えないでやった。
「足の骨が折れたぁっ...くそっ...くそぉ...」
ソレは相変わらず悲鳴を上げつつ、足を抑えて転げまわっている。
あまりに可哀想なので、卵はソレに声をかけた。
「ラヒム。ゲームだから、足に骨はねぇぞ」
そう卵は、空から落ちてきた小柄な男に、現実的なことを言ってやった。
『親分!空から(ry』
追い剥ぎ組合所属 ラヴィの最期の言葉




