120話 不死身⑤
怪物の姿は人間である上半身を裸体で残しつつも、下半身は巨大な鳥の首から下の姿をしており、全身に炎を纏わせていた。
上半身が裸体であることから、それと対峙する卵は興奮を覚えたが、大事な箇所が炎で厚く隠されているため、激しい舌打ちをした。
しかし、そんな卵を放置して、燃え盛る炎の怪物へとまず、攻撃を加えようとしたのはシシャモであった。
彼は携えた槍に吸い込まれるかのように、細い身体をしならせて、大きく踏み込み、怪物の胸へと槍の穂先を深く突き刺そうとする。
その間に卵は再びクロスボウの弦を素早く引いて、矢筒から手慣れた動きで台座に矢をつがえた。
ここ最近の戦闘は主にシシャモに手柄を全て取られてしまっているが、せめて援護ぐらいはしてやろうとの気持ちだった。
大きく踏み込んで、槍を深々と怪物へ突き刺した時、シシャモは妙な感触を味わった。
物体を刺した感覚がないのだ。
それはまるで水の中に腕を突っ込んだ時の感覚に似ていて、ゲームとはいえ、まるでダメージのエフェクトが発生せずに、空を突いた様なモノだった。
「?!」
本能がこれは不味いと告げて、シシャモは素早く槍を抜いて後ろへ飛び退こうとしたが、今度は逆に槍の穂先から吸い込まれるような感触が伝わってきた。
水に腕を突っ込んだ感触が、土へ腕を突っ込んだモノに変わったと言ったところか、シシャモの槍は怪物へ突き刺したまま微動だにしない。
「なんだっ?!」
そう彼が叫んだとき、怪物の炎を帯びた両腕が彼を捕らえようと動いた。
緩慢な動きと言えるほど遅くはなかったが、かといって目にも止まらぬ早さというわけでもない。
シシャモは槍を手放すと、上方から襲いかかる両腕を寸前で避けて、卵の方へと飛び退いた。
飛び退いてから、素手のまま構え、怪物と対峙した時には、槍は既に怪物の炎に飲み込まれていた。
「お気に入りだったんだがな...ありゃ物理攻撃は無効っぽいな」
少し冷や汗を流しながらも、できる限り冷静にシシャモは怪物を睨みつけながら、傍らの卵に話しかける。
話しかけられた卵は、頷くのが精一杯の緊張を久しぶりに感じていた。
眠気など綺麗さっぱり吹っ飛んでしまった。
物理攻撃が全く効かない敵など初めてだ。
時には厚い装甲を身にまとった奴とやり合うこともあったが、それでも斬撃や打撃を通す弱点はあるはずだ。
だが、今目の前で対峙している炎の怪物はその弱点が無いらしい。普段から、装甲の隙間を縫うように刺突を加えるシシャモが言うのだから間違いはなさそうだ。
「じゃぁ魔法か?」
そう卵がふと思いついたことを口にしたが、その隙に今度は怪物の方から仕掛けてきた。
どうやら怪物は、もう無駄なお喋りはしたくないらしく、シシャモに狙いを定めて、翼の様な両腕を大きく広げて躍り掛かってきた。
本来なら攻撃的な動きには見えないが、体中に炎を身に纏っていては、ハイタッチすら殺人級である。
「アブねぇっ!!」
その攻撃を、シシャモは両腕が自身の身体に触れる寸前で横に前転をして回避した。
本来、甲冑を身に纏っている者に、アクロバットな回避行動は大分無茶のある動きであるのだが、それはシシャモ自身の身体能力と彼の身につけている、比較的軽量な甲冑のお陰であった。
「魔法たって、できる奴がいるか?」
前転から素早く立ち上がりながら、シシャモは吐き捨てるように卵に問いかける。
その一連の動作を見て、卵を操作する井出は、行動とほぼ同時にチャットも打ち込める、シシャモを操作している吉沢のテクニックに感心しながら、こちらも返答をできる限り素早く打ち込んだ。
「サンマ」
「あの女か?ダメだ。呼ぶころには全員火だるまだ」
結構、素早く打ち込んだつもりの三文字が、間髪空けずに22文字で即答されたので、井出はいったい吉沢のタイピング能力はどうなっているのかと、目の前で回避された事を悔しがっている怪物よりも、遙かに興味がわいた。
「じゃぁどうする?逃げるか?」
「今更遅いぜ」
そう言葉を交わしながら、怪物から二人は距離を取った。既に後方にいたニッキ・バックス・ユエの三人は二人よりも遙かに後方に退いているらしく、姿が見えない。
賢明な判断をしていると卵は思った。
既にギレットとか言う何故仲間になったのかよくわからないが、腕の立つ男が不意打ちとは言え、あっさりロストしたのである。これは既に数で勝ればいいというこのゲームにおける戦闘の原則で勝てるモノでは無くなっているのだ。
「逃がすわけないでしょう?」
しかし、そうふと卵が一瞬後方の三人に目をやっていた隙を突いて、炎の怪物が顔のすぐ近くまで接近していた。
予想以上に動きの早い奴だと卵は、シシャモを真似て己も回避行動を取ろうとしたが、卵の動きは恐ろしく緩慢であり、彼のように鮮やかに舞うことなどできるわけが無い。だが、怪物の伸ばした指が卵の顔面に触れる寸前で、なんとか後ろへ転ぶように...文字通り転んで回避する事ができた。
「クソッタレ!」
卵は悪態を吐きながら、お返しとばかりに怪物の顔面へと、卵は地面に這い蹲りながらも矢を放ったが、鋭い音を立て放たれた矢は、燃え盛る炎に飲み込まれ、怪物は卵の攻撃をあざ笑うかのように微笑んでいた。
「...我が体に傷を付けるなど不可能」
怪物は勝ち誇るように言って、翼を再び大きく広げた。
「苦しまず一瞬で灰にしてあげましょう...」
重い甲冑を着込んでいた為に、起きあがる事のできない卵はくぐもったうめき声を出しながら、恨めしそうに怪物を睨んだ。
まさに一巻の終わりであった。
「...その言葉を返します」
だが、そのとき、不意に誰かがそうチャット欄に打ち込んで、怪物へ背後から飛びかかった。
その怪物へ飛びかかった者は、炎に身を焦がしつつも怪物の背を素早くよじ登り、まだ女性の形を保っている顔面に細身の剣を突き刺した。
襲撃者の体は炎の光で陰となって確認できないが、怪物の顔面に突き刺した剣が誰の者であるか、卵は知っていた。
「バックス?!」
卵は必死に起きあがろうと暴れながらも、襲撃者の名を叫んだ。
間違いない、あの細身の剣は先日、詩人を殺した村で購入した物であろう。
どうやら彼は逃げたように見せかけて、物陰に隠れて時期を待っていたらしい。
「例え...炎に守られていても本体は...無防備であるはず...元番犬騎士団...副団長の意地を見せて...あげますよ」
炎にその身を燃やしながらも、バックスは必死に言葉を紡ぎつつ、剣をもっと奥へ突き刺そうと力を加える。
体を包み込もうとする炎は、彼が身につけているマントでなんとか防ぐことができていた。
意外な彼の登場にシシャモも驚き、一瞬、怪物を倒せるかもしれないと思ったが、バックスの奇襲に対しても全く動じない怪物の様子を見て、彼は慌ててバックスを引き留めようとした。
「やめろ!そいつは...」
だが、シシャモが言葉を完全に言い終えるまでに、怪物はまるで耳元で飛ぶ蠅を追い払うかのように、翼を振った。すると、今まで燃えてはいたものの、長いマントにて直接的な炎の熱から守られていたバックスの体が、一瞬にして火だるまとなった。
バックスは悲鳴を上げる事もできずに、その細い綺麗な体を白い灰へと変化させた。
卵は残酷な光景を目の当たりにしながらも、心のどこかで彼の上司であるフレークより、彼のほうがとても腕が立つのだと再確認した。
既にロストしてしまったようだが...
「何を考えて俺に襲いかかったかは知らないが...あまり賢い方法とは言えないな」
傭兵組合所属 鉄壁のグリダ




