119話 不死身④
正直なところ、長い時間画面を睨んでいる井出は疲れがピークに達しかかっていた。
今晩は予想外なことが多すぎて、心底参っている。
普通にバストロクにたどり着ければ、リビと合流して、報酬を受け取り、その報酬金を持って、ラヒムの献上金を捧げに追い剥ぎ組合の本部へと、また長旅への準備をする予定だったのだが、それが今晩は、一から十まで台無しにされてしまった。
もし、上手くいっていれば今頃、PCの電源を切って、自分はゆっくりベッドで明日のバイトに備えて、眠りこけているはずだった。
別に朝早くにあるバイトではないので、仮に徹夜をしてもなんとかなるにはなるのだが、井出としては夜は寝ていたかった。
そんな事を考えていると、ゲームを強制終了させてしまおうかとも考えたが、流石にこの様な大事な場面で逃げてしまっては、一応の団長である名誉が汚れてしまう。
普段なら全くそんなプライドなど唾棄してきたが、ここ数日『団長』とよく持ち上げられることが増えたせいか、どことなく数年前には持っていた物が井出の中で蘇りつつあったのである。
だが、そんな綺麗事よりも、井出を無理にゲームに引きつけている原因は、目の前で起こっている異様な光景であった。
先程からヒステリックに叫んでいたリビの偽物が、奇妙な詠唱を始めてから数分すると、彼女の体へ炎が集まってきたのである。
オレンジ色に輝くその炎は、彼女の体にまとわりつくと、まるで意思を持っているかのように蠢き、そして奇妙な姿へ形作られていく。
「どういうことだ...ありゃぁ」
卵は口をぽかんと開いて、その異様な様子を眺めていたが、彼の隣にいるシシャモは特に興味が無いかのように
「きっとチートだろ」
そう槍を前に構えながら言いのけた。
「...そう言っちまうと味気ねぇな」
「ゲームだからな」
卵としては純粋にその奇妙な光景から目を離せなかったが、隣のシシャモは冷めた感じで、目の前の光景を見て、とても呑気にしていた。
そんな二人とは対照的に、背後の3人は驚きを隠せないらしく、獲物を構えつつ、狼狽しているが、きっとその3人が卵とシシャモの位置に立っていれば、きっとリビの偽物は彼らの反応に喜んだろう。
だが、これがゲームであるという至極当たり前な事を理解している二人にとっては、別にどうでもいいことであった。
「おい、なんだよ?!アレ」
死体で溢れかえる路地裏を、踏み歩きながらミダズは燃え盛る空を見た。
既に先程、相棒であるベルンに窮地を救ってもらい。
これ以上、戦闘は真っ平御免だと、団長である卵等の元へ合流しようと、ベルンに話しかけたが、彼は何一つ返事をしないので、ミダズは勝手に卵らを探して路地裏を彷徨いだしたのである。
その後ろを大剣を携えた大男がついてくるのは、中々怖い光景であったが、ミダズにとっては普段となんら変わらない光景と言えた。
彼の隣には大男のベルンが突っ立っているが、意外と大柄な彼は狭い路地を通行することを苦に感じていないようであった。
「見ろよ。ベルン...空が...」
ミダズは一人で盛り上がっているが、ベルンの方は何も返事をせずに、黙々と路地裏を歩いている。ベルンの大足に踏まれれば、死体は鈍い音を立てて柔らかくなる。
「おい。見ろってベルン」
そういってミダズはしきりに彼の注意を引こうと話しかけるが、ベルンはただミダズを見下ろしたまま無言で突っ立っている。
「空の赤みがあっちの路地に集中してるぜ」
「...」
「きっと敵の親玉だ。巫女の話してたとおりだ」
「...」
何度か話しかけているうちに、ベルンへ対する言葉は自分への独り言に変わっていた。
間違いなく予言通りだ。
きっと、団長等が鳳凰騎士団の親玉と出くわしたのだろう。連中の狙いは団長等だ。
チートを駆使する騎士団共は、巫女から加護を受けた我々を敵視している。
そのことについて当の本人は知らないであろうが、これは以前に、巫女から知らされていた。
彼女は卵以外のごく数名の団員の前に、予言を残してあった。
それは三年前に、自らが起こした暴動事件の際のことであり、皮肉なことにその先頭に立っていた団長は、その予言について先日ファミレスであった際にも思ったように、一切覚えていないらしい。
まぁ彼自身の身辺に色々あった時期なのだから、ゲームの内容など、まともに覚えているあろう筈がない。
だが、ミダズを操作する柳沢や、川越に他の団員の数名は、騎士達の侵攻について大分前から知っていたのだ。
これは全て仕組まれたことである。
だが、その歯車を動かし、そして壊す可能性を団長は持っているのだ。
本当なら、現実で会った時に団長に言っておく必要があったのだが、柳沢はふと、言わない方が面白くなるのではないかと思ってしまったのである。
「行こうぜベルン。...ただし慎重に歩け、お前は大柄だから苦労するだろうが、音を立てるなよ?団長がどうやってあの不死鳥女に対処するか見て見ようぜ」
「...」
「団長があいつを倒せなかったら、それまでの男だったって事だ...そうなったら俺が団長だぞ?」
「...」
ミダズはそう愉快そうに背中の大太刀を背負い直しながら、ベルンを見上げた。
それに対し、今まで無表情だった大男は、このとき初めて彼と同じような愉快そうな笑みを浮かべた。
「...こいつ人間じゃぁねぇぞ」
思わず卵はそう呟いて、額に脂汗をたっぷり滲ませながら、目の前にて奇妙な儀式を終えた者を見ていた。
他の者も卵と同様の反応であったが、唯一シシャモだけが冷静に目の前の化け物を見つめていた。
儀式を終えた彼女は、簡単に形容すると、炎を纏っていた。だが、それは肉体を燃やし尽くす炎ではなく、暖かく体中を包み込むような物で、艶めく美しい肌に焦げは一つなく衣服だけを奪い去っていた。
「おぉ...」
その炎に大事な箇所だけを隠された彼女を見て、ニッキの奴が感嘆の呻きをあげた。
既に彼女はリビの姿をしておらず、髪は赤髪ではあるのだが、それは文字通り燃え上がり、辺りを残酷なまでに
照らしだし、炎と一体化していた。
本来リビの顔にあったはずのシミや雀斑は消え去り、美しく火照っていた。
ニッキは明らかに下心丸だしな呻きであったが、バックスは美しい彫刻を見るかのような目で、化け物を見つめていた。
一同が狼狽して動けないと見ると、化け物は両手を広げ、炎を掌に宿らせ、誇らしく口を開く
「...我が名はマール。鳳凰騎士団団長、そして騎士の炎を司る者...」
化け物は燃え上がる炎とは対照的に、ひどく冷めた調子で名乗った。
「我らの同胞を討った下劣な貴様等に、天誅を与えし者なり...」
マールと名乗った化け物はそう言うと、次に掌に宿らせた炎を自らの胸へ打つ込んだ。
すると、炎が激しい音を立てて、再び燃え上がり、今度は自身の身体を燃やし始めた。
そして、次の瞬間燃え上がる炎は、新たな形を形成し、単純に身体を包み込んでいた炎が、巨大な翼を持った鳥の形を表し、一同の前に立ちはだかった。
それは正に燃える鳥、鳳凰...と言うよりは、不死鳥と表現した方がしっくりくるモノであった。
しかし、それを目の前にして対峙する卵は、いつのアップデートで、このゲームがファンタジーらしい性質を強くしたのかと、疑問に思っていた。
「...この前の森より質が悪いぞ」
「あぁ。腕一本持ってかれる程度じゃ済まなそうだ」
「しかも、大分派手な演出だな」
「そうだな。まるで紅白みてぇだ」
思わず化け物を目の前にして、バックス等は後ずさりしたが、卵とシシャモの二人は暢気なことを言い合いながら、一歩前へと得物を構えつつ歩みだした。
「親切に前置き全部喋らせてやったんだ。あとは黙ってればいいぜ」
『気高く そして、敵の虚を突け』
鳳凰騎士団 戦訓




