118話 不死身③
「...人の話は最後まで聞きなさいよね」
偽物はまるで亡霊の様にフラつきながら立っていたが、瞳には燃えるような怒りを宿して、一同を鋭く睨んでいた。
何か得物を携えているわけではないのだが、完全武装したこちらへ無防備に歩み寄ってくるのが、逆にとても不気味であった。
一同は狼狽を隠せず、最も偽物に近い位置にいたユエとニッキは素っ頓狂な悲鳴を上げて、そこから飛び退いて、バックスの背中に隠れた。
しかし、ユエはともかくとして、ニッキに至ってはバックスより遥かに大柄である為、隠れた意味が全くなかったが、こんな状況では誰もそのことについてとやかく言えなかった。
「何なんだよぉ...あいつ...」
「私も同じ言葉を貴女に返したいですね」
ただ唯一バックスのみが、冷静にニッキを睨んでいた。
「お前...一体...」
そんな狼狽する一同を代表して、卵が声を絞り出した。
「...それ、さっきも聞いた気がするんだけど...」
卵の言葉に、偽物はとてもうんざりした顔をしたが、諦めたように頭を振って
「まぁ...いいわ。今度はちゃんと最後まで聞きなさいよね。...私は鳳凰騎士団団長n」
そう溜息をついてから、彼女がまた再び一同に礼儀正しく名乗ろうと口を開いた。すると、卵は狼狽した表情から一転し、素早くクロスボウを偽物へ向け、矢を放った。流石にしつこい気もするが、隙は見逃したくなかった。
だが、流石に相手も学習したのか、今度は脇へ飛び退いて回避された。
「ちょっと?!いい加減にしてよ!」
偽物はヒステリックな叫びを上げて、矢を放った卵を睨みつけた。
顔は怒り狂っているが、瞳にはうっすらと涙を浮かべているようだ。
卵自身、先ほどの攻撃を喰らっても尚起き上がったのだから、再び矢を喰らわせてもさほど効果はないだろうと、薄々思ってはいたが、やはり駄目だった。
「何なのよ?!他人が最初から丁寧に名乗ろうっていうのに、アンタ達は礼儀ってものがないの?!」
「...いや、だって...お前...敵だろ?」
「敵じゃないかもしれないじゃない!」
「かもってなんだよ...じゃぁ味方なのか?」
「そんなわけないでしょ!」
よくわからない偽物の剣幕に押され、卵は思わず申し訳なさそうに、構えていたクロスボウを下ろし、困った視線を隣にいるシシャモに向けるが、視線を向けられた彼でさえ、こんな奇妙な状況に出くわしたのは初めてであり、対応に困ってしまった。
「なんなんだよ...こいつ」
「俺だってわからねぇよ...新しいタイプだな」
「...そうか?ここのところ、こんな連中ばっかりの様な気もするが...」
そう卵はシシャモへ後ろを見るように顎で促して、二人の背後にてまた揉めている連中を見た。
「どういうことだ?敵じゃないのか?」
「...ニッキさんは黙っててくれませんか」
「じゃぁ本当に姉さんなの?」
「ユエさんも黙っててください。いい加減に私怒りますよ」
バックスは己の背後にて訳の分からないことを言い始めた、二人の女性を抑えきれなくなっていた。
ここのところずっと、この二人の暴走を抑えている役目ばかりをしている気がする。
ニッキの頭の弱い点については言わずもがなであったが、少なくともユエの方はまだ多少はマシであった筈なのだが、ここ数日でニッキの妙な勢いに毒されてしまったようだった。
「色々と参ったな」
「あぁ、最悪だぜ」
いい加減に背後のコントを見るのに嫌気が差した二人は、今度は前方で、ヒステリックな叫びを上げ続けている偽物と対峙した。
「本当、信じられないわ!二度よ!?アンタ達、シリアスな場面で二度も不意打ちなんかして、真面目に場面を進行させようとか、思ったことないわけ!?」
多分、鳳凰騎士団の団長だと思わしき偽物(?)は、より一層怒り狂って、何も携えてない両腕を空へ突き上げて、こちらへ怒鳴り散らしてくる。
気持ちはわからないでもないが、そこまで怒らなくてもいいじゃないかと卵とシシャモは思いつつも、申し訳なさそうに偽物へ口を開いた。
「いや、善処しようとは思ってるよな」
「あぁ、今度はしないから、ちゃんと名乗っていいぞ」
「阿呆な政治家みたいなこと言ってんじゃないわよ!」
卵の無神経な発言がついに、彼女の逆鱗に触れたらしい。
彼女は怒りの叫びをバストロク市街中に響き渡る程に上げて、勢いよくその場に両膝を突いて、再び両腕をまだ燃え盛る炎によって赤く染められた空へと天高く掲げた。
「もういいわ...一度に始末してあげる!!」
そう怒鳴ると、彼女は何やら呪詛めいた言葉を呟きだし、体を小刻み震わし始めた。
すると、まるで赤く染まった空の色が彼女へ引き寄せられるように集まり、彼女の体へ鮮やかな粒子となって、色が吸い込まれていく。
その色は体へ触れた途端に、燃え盛る炎に変わり、一瞬にして呪詛を呟き続ける彼女の体を覆い尽くしてしまった。
「様子が変だな」
「最初から変だったよ」
そんな光景を目の当たりにした一同は、流石にこればかりは、こちらから攻撃を加えた方が良いように思えたのだが、3度目の不意打ちでまだ彼女がロストしていなかった場合、怒りのあまり泣きだすのではないかと一同は危惧して、今度ばかりは彼女の行動を一部始終見守ることにした。
「こいつ...敵か?!」
「この人...姉さんじゃない?!」
「...わかりました。私はもう何も言いません」
そんな光景の傍らで、まだ訳の分からないことを言っているニッキとユエの二人を見て、卵は本当にこいつ等は一体なんなのだと、目の前で起きている怪異より、はるかに強い興味が湧いた。
しかし、それよりも興味が湧いたのは、目の前で燃え盛っている女より、精神的な意味合いにて、溶岩の如く苛立っているバックスの存在だった。
今にも腰の鞘に収めている剣を抜き放って、その口を閉じろとでも二人を脅しつけそうな剣幕である。
それを見て、卵はまた面倒臭い事になりそうだと感じたが、シシャモの方はと言うと逆に、女性陣を黙らせてくれればとても助かると思った。
この小説のメインヒロインはきっとニッキだと思う




