117話 不死身②
「こいつ、いったい何なんだ?」
リビの偽物から槍を引き抜きながら、シシャモが卵を見た。槍の穂先には偽物の血がベッタリと付着しているが、それは一同の得物も同様の具合であった。
「知らねぇよ。...なんか鳳凰がどうとか言ってたよな」
「あぁ、確かに言ってたな。最後は、お前のせいで聞き取れなかったが」
「おい。あそこで仕掛けなければ、こいつが何してくるかわからなかっただろ?」
「もしかしたら、報酬をくれたかもな」
卵の言葉にシシャモは冷たい笑みを浮かべながら、槍の穂先をぼろ切れで拭った。
「...ギレットは大丈夫か?」
そんなシシャモの仕草を見ながら、卵は視線をずらして、偽物の不意打ちを喰らったギレットを眺めた。
腹部に矢尻を深々と突き刺され、普通なら即ロストであろうが、そこは流石に傭兵組合きっての使い手と言ったところか、苦しそうなうめき声をあげているものの、かろうじて生きているようであった。
「いや、駄目だな...」
しかし、そんなうめき声をあげるギレットに覆い被さるようにニッキが屈んで、応急手当を施しながら言いのけた。
だが、どうみてもニッキは応急手当と言うよりは、ギレットの身ぐるみを剥いでいるようにしか見えない。
傷口を見つけると言って、腹部ではなく胸から彼の身につけていた首飾りをそっと自分の懐に入れたことを、一同はわかっていた。
「出血が酷すぎる」
そう彼女は気の毒そうに口を開くが、口とは別に腕は熱心に彼の体をまさぐり、今まさにギレットの持ち物であろう銀貨袋を抜き取って、さりげなく自分の懐に押し込んだ。
「きっと長くない...」
またニッキの奴が心苦しそうに言ったが、そう言いながら、傷口がある腹部を手当というよりは、何か探す手つきで漁っている。
「短い付き合いだったが、良い奴だった...」
それこそ言葉通り数時間程の短い付き合いであるのだが、ニッキはまるで長い時間を共にした戦友を弔うような台詞を口にする。
そして、挙げ句の果てには、お前の意志は私が継ぐとまで言って、彼の得物である槍を手にとって背中に背負った。
「...まだ生きてるぞ。クソアマ」
しかし、流石にニッキの横暴に嫌気がしたのか、ギレットが声を振り絞って呻くと
「うるさい!死ね!」
ニッキはギレットの声を遮るように、彼の顔面に鉄拳を叩き込んで、永久に黙らせた。
一同はニッキの暴君ぶりに何か言う気すら起きず、シシャモと同じように、己の得物を納めた。
矢を喰らって腹部に槍を喰らい、鎌に腹を抉られ、駄目押しとばかりに、ニッキの鉄拳とバックスの刺突を喰らっては、まず生きてはいないだろう。
己等がやったことではあるが、流石にえげつない事をしたと卵は思った。 しかし、彼の関心はその偽物が口にした鳳凰騎士団についてのことであった。
「それで...こいつが最後に何を言ったか、ログ見れる奴いるか?」
卵はそう路上に横たわる見るも無惨なリビの偽物を指さしながら、一同を見回しつつ言った。
すると、ギレットの死体から身ぐるみを全て剥ぎ終えたニッキが、口を開いた
「...ひぎゃぁ?!」
「違ぇよ。それじゃねぇよ」
卵も他の連中もうんざりして、ニッキを相手にするのをやめた。
「鳳凰騎士団だn...そこで途切れてますね」
バックスが冷静にニッキ以外の皆を見ながら言った。
「まぁ十中八九、団長ってところじゃないのか?」
「いや、あんな呆気ないアホが団長じゃ敵さんに失礼だろ。団員の間違いだ」
「いやいや、それなら、まどろっこしく団員だなんて名乗らないだろ。お前、名乗るか?」
「いぇ...私はそういう馬鹿みたいなことは...」
「だよなぁ」
一体リビの偽物は最後に何を言おうとしたのかと、卵とシシャモ、バックスの3人は過去ログを頼りに考えてみることにした。
一方、偽物とはいえ姉の姿をした相手に対して、攻撃を加えたことに対して、特にこれと言った抵抗も感じていないユエは、偽物の身ぐるみを剥ごうとしたが、取り分についてニッキと醜い言い争いに耽っている。
「しかし、ああも立派な変装ができて、ただの団員って事はないだろうが」
「なんかチートでも使えば、誰でもあんなことできるさ」
「ミダズの野郎が言うようには、奇襲戦に長けてる連中だそうだからな...無理もないことかもしれないな」
「そういえばミダズさんって一体何者なんですか?」
「あぁ元部下だ...いや、今も部下みたいなもんか」
「部下...ですか?」
「あぁ、いつも先走る馬鹿だよ。しかも金に汚い」
「それはよくわかります」
当初は偽物の正体が何であるか、3人は話していたのだが、気づけばミダズに対しての愚痴に話題が変わっていた。
「前にモーレ城塞で、あいつ二人しか倒してねぇのに、20人分の報酬をせびってきたことあったよな」
「あぁ、代わりに足りない18人分殴ってやったな」
「18人分?」
「おう、あいつ以外の11人で一人二回ずつぶん殴ってやったよ。3回はオマケさ」
愉快そうに卵とシシャモが昔話に耽り出すが、バックスは一体二人がいつの話をしているのか、全くわからない。
だが、そんな昔話を聞いているうちに、どことなくバックスは以前に自分の元上司であり、先日ロストしたフレークが、何故この二人を担いでいるのか、少しわかったような気がした。
モーレ城塞といえば2・3年前に西方に存在する要塞であり、当時は自分も、その城塞に立てこもっている山賊組合の連中を征伐するとのことで参加していた。
騎士が大規模に徴用された戦いがあり、当初は装備も実力も山賊連中とは段違いである騎士が山賊組合を圧倒し、簡単に片づく戦だと思っていたのだが、実際のところ山賊組合の連中が異様なまでに粘り続け、双方とも大きい被害を被った戦いである。
その戦闘において、卵とシシャモの二人は自分らの隊を率いて、城塞の本丸まで侵攻できたと語っている。
嘘か誠か定かではないが、あれほど苦戦した戦いを切り抜けたのだから、やはりそれ相応の実力はあるのだろう。
特にシシャモの方がずば抜けている。
先ほどの槍裁きもギレットを軽く上回る使い手であると、それなりに死線をくぐり抜けたバックスならよくわかった。
しかし、そんな彼と打って変わって、卵の方はイマイチ腕が良いのか悪いのかわからない。
クロスボウの扱いについて精通しているようで、まるで素人のような動きをする。
先ほどの偽物に対しての不意打ちは見事ではあったが、彼は先日の村において、肝心な一撃を外している。
腕の良い射手とは全弾を命中させるものなのであろうが、卵はバックス彼見て、よく言えばそこそこの射手であり、悪く言えば傭兵組合に所属しているような、そこら辺によくいるような射手である。
「ひぎゃぁ!?」
そんな風にバックスが二人について考察していると、3人の傍らで、またニッキの奴が素っ頓狂な声を上げた。
構ってほしいのかと3人は呆れながら、ニッキの方を見ると、今度は様子が違っていた。
先ほどまであったはずのギレットの死体が無くなっているのは、ロストしたからなのでわかるのだが、そこにもう一つ転がっていたはずである、死体の様子がおかしい。
「生きてる?!」
今度はユエが悲鳴をあげた。
怯えからか、小さい躯をニッキに寄らせて震えながら、例の死体を指さしている。
「死体が生きてたら、そりゃぁ死体じゃねぇだろ」
そんな暢気な声を出しながら、卵がそちらを眺めると、彼はその異様な光景に凍り付いて、思わず携えていたクロスボウを手から取り落とした。
リビの偽物はロストしていなかった。
一同の攻撃をあれほど喰らっても尚、両足でその場にしっかりと立っていた。
先ほどのような不適な笑みは、既に彼女の顔になかった。ただ燃えるような怒りだけを顔に張り付けて、一同を鋭く睨んでいた。




