115話 市街戦⑤
「ここにもいないぞ」
そうニッキは、絶対にそこにユエは居ないはずであろう、死んだ騎士の甲冑の中をのぞき込んで声を上げた。
相当追い剥ぎ根性が染み着いたらしく、下着まで奪うつもりだ。
「...もしかしたら、ログアウトしたかもしれませんね」
「それだったら、何か一つ言ってからログアウトするってのが礼儀ってものだろ」
「じゃぁ接続不良とかですか?」
「...かもしれないな」
間抜けなニッキを無視しつつ、バックスとシシャモがひどく場にそぐわない現実的な事を言いながら、辺りの路地裏などをのぞき込みながら、ユエの姿を探したが彼女の姿は確認できない。
専用チャットを打ち込もうかとバックスが提案したが、ラヒム以外ユエとフレンド登録をしていないため、それは無理だとシシャモが一蹴した。
「...ラヒムがこの場にいればな...くそっ騎士共めっ!」
そんな二人のやりとりを聞いたニッキが、とても憎々しげに叫んだが、事情を知っているバックスは彼女の発言を無視した。
そうやって、しばらく探してはみたが、彼女が見つかることはなく。
5人は途方に暮れて、その場に座り込んでしまった。
「畜生...せっかくのカモがいなくなっちまった」
そう、いい加減にユエ探しと名の死体漁りを終えたニッキがわざとらしく呟いたが、これを4人は無視した。
「手詰まりだな。今晩はここで落ちるか?」
「ここまできてそれはないでしょう」
「嬢ちゃんが心配だ...今頃、騎士共になにかされてるんじゃぁ...」
「なにかってなんだよ?」
「そりゃぁ...おめぇ...強姦とか...」
「できるのか?!」
怒りが治まり、沈んだ声を出すギレットとは対照的に、卵が少し嬉しそうな声を出したが、これに対して4人は無視した。
「とにかく...彼女が何処に行ってしまったかわからない限り、どうしようもないですね」
「もっと奥の方探してみるか?」
「それは危ないですよ。下手に動いて新手にぶつかりたくないですし、それに彼女の姉のリビさんも見つからないわけですし...」
そうバックスが沈んだ声を出すと、卵とニッキ以外の者は溜息をついた。
「頼むよ...俺長くこのゲームやってるが、そんな方法しらねぇ...」
「お前は黙ってろ」
情けない声を出す卵をギレットが一括すると、不意に彼らのいる路上の傍らの路地裏からなにやら足音が聞こえてきた。
それを聞いた途端、卵以外の者は素早く得物を構えて、その足音が聞こえる路地裏を凝視した。
路地裏は暗く、足音の主は確認できないが、その足音は今までに散々聞いた、騎士達の着込んだ甲冑の立てる騒々しい音ではなく、小さく静かな物だった。
「ユエさんですかね?」
「わからない...だが、足音は二つだ」
少し嬉しそうな声を出したバックスにシシャモが冷静に答えると、彼は身を強ばらせて、路地裏を不安げに見た。
「誰だ?」
ここで少しは良いところを見せようと、卵がクロスボウを路地裏に向けて誰何してみると、その陰から二つの人影がゆっくりと姿を現した。
「姉さんがいたよ!」
その人影の一つはユエであった。
彼女は嬉しそうにそう叫ぶと、隣にいる人影を指さした。
それに対して一同は探していた人物が現れただけでなく、もう一人の目的である人物も現れたということで、ギレット以外は俗物な笑みを浮かべ、その姿を凝視した。
「...迷惑かけたわね」
その姿は陰から姿を現すと、一同に軽く頭を下げた。
確かにリビである。
例の赤髪が周囲のくすぶっている火に照らされて、鮮やかに輝いていた。
頭を下げている為、表情はわからないが、質素なドレスや腰のベルトに幾本も吊られている投げナイフは、確かに彼女の特徴を示している。
「無事だったのか」
「えぇ...鳳凰共がなだれ込んできたときはどうしようかと思ったけど、なんとか逃げ仰せたわ。連絡ができなくて、ごめんなさいね」
相変わらず卵はクロスボウを構えたまま、リビに問いかけると、彼女は顔を上げて一同を見回した。
「そりゃぁ良かった。こっちはヒヤヒヤしたぜ」
「ありがと。...これで報酬を渡せるわ」
「...?ここでいいのか?」
「えぇ、欲を言えば街の外まで守ってほしいけど、そこまでしたらお金が無くなってしまうわ」
リビは微笑みを浮かべて、一同にユエと共に近づいてきた。
感動の再会といえなくもないかもしれないが、それにしてはこの状況は第三者から見れば奇妙であろう。
むさ苦しい5人の武装した男に近づく、二人の女。
どう見ても男達が屈強そうであるのに対し、5人のうちの一人である卵は何故か、クロスボウを納めようとしない。
それどころか、リビが一同に近づくと、彼は彼女から少し離れるように後ずさったのだ。
そんな彼の行動を見て、不審がったのはギレットとユエの二人だけで、他のシシャモとニッキ、そしてバックスは静かに卵のクロスボウへと視線を注いでいる。
「?...いやね。なんでそれを向けるのよ?危ないじゃない」
近づこうとしているリビは不満げに卵を見つめて、クロスボウの先端を手で払いのけようとした。
だが、卵はクロスボウを下げようとせず、逆にリビの顔面へ狙いを定める始末だ。
「危なくなんかねぇよ。自衛手段だ。...金出せ」
「...あっそ、用心深いのね」
その言葉を聞いてリビは卵が金のことになると、汚らしい男なのだと思い、彼らを安心させるために、腰に付いた皮袋を両手でまさぐり始めた。
「えぇと...五人分でいいわね?」
「...ラヒムの分が無いぞ」
「...あら、ごめんなさい。じゃぁ6人分ね」
「いや、7人分で頼む」
「なんでよ?」
卵がそういうと、リビは不満げに顔を上げて、彼を睨んだ。
それに対して、彼は口元を歪ませて、クロスボウをしっかりと構え
「...ユエへの慰謝料だ。彼女と俺らを騙そうとしたことのなっ」
そう卵は言い放つと、リビの顔面を向けて矢を放った。
弦から乾いた音が響くと、リビの美しい顔に矢が容赦なく突き刺さり、炎に煌めく赤髪が宙に揺れた。
「姉さん!?」
一瞬ユエはなにが起こったのか理解できず、叫び声をあげて、姉に近寄ろうとしたが、そうしようと動く前に、横からバックスが素早く少女を抱いて、後ろへ跳び退いた。
「...彼女は貴女の姉ではありませんよ」
そう叫び声をあげるユエを落ち着かせるようにバックスが彼女の耳元で囁く。
「変身魔法できる奴なんて、サンマ以外見たこと無かったが、奴だけの専売特許じゃ無かったようだな」
「そんな大したモノじゃねぇよ。これはただの変装だ」
シシャモが少し意外そうに口笛を吹きながら、槍を構えると、卵は落ち着き払った声で答える。
矢の衝撃で路上に叩きつけられたリビの身体には、両腕がしっかりと付いていたのだ。
きっとユエは再会の興奮で、その肝心な事に気づかなかったのだろう。
「俺達を騙そうだなんて百年早いぜ」
そう卵は格好付けて言ったが
「おい?!何も撃ち殺すことはないだろっ?!見損なったぜ!デブ!」
では、いつ卵のことを尊敬したのかわからないニッキが、ヒステリックな叫びをあげた。
どうやら、彼女は騙されたらしい。




