114話 市街戦④
しばらくの間小競り合いが何度も続き、その度に少しは手柄を立てたいと思った卵は何度か、護衛対象であるユエから離れて、前方や後方から襲いかかってくる騎士を相手にしようとしたのだが、それは全てニッキやギレットの動きに阻まれて、彼は一度も騎士と刃を交えることができなかった。
そんなことを繰り返していく度に、徐々に卵も戦闘への意欲が消え失せて、最終的には自分とはうって変わって未だに戦闘参加に意欲的であるユエを押さえることすらしなくなった。
そうすると醜悪な護衛から解放されたユエは、すぐに戦闘に混じろうとしたのだが、それも卵と同じようにニッキ等に阻まれ為、彼女も最終的には集団の中心にて卵同様にやる気なく突っ立っているだけになった。
そんな中で卵はぼんやりと前方のニッキとバックスの戦う様子を眺めていたが、やはりあの二人は相当な強者であると、改めて思った。
ニッキは単純に怪力で相手を殴りつけているだけだと、思っていたのだが、意外と立ち回りについてよく考えているらしい。
単に力に任せているのではなく、敵が繰り出す致命傷になりうる一撃は、寸前で最小限の動きで回避し、その隙に拳を打ち込むという、とても洗練された動きであり、その傍らにて細身の剣一本で立ち回るバックスはニッキよりも洗練された動きで、彼女が取り残した敵を鋭い突きで片づけていた。
やはり、元番犬騎士団副団長の肩書きは伊達ではないらしい。
だが、肝心の団長がこの集団に加わってから、真っ先に呆気なくロストしたので、そこまで信用できる訳でもないのだが
「粗方片づきましたなっ」
「...そうですね。連中も少しは懲りたでしょう...」
最後に前方から襲いかかってきた騎士を片づけると、ニッキは両手を振り上げ、勝利の雄叫びをあげて、あたりに転がっている騎士達の死体から装備などを漁り始めた。
そんな女らしさなど欠片も感じられぬ昔の部下の様子を後目で眺めながら、バックスは優雅に細身の剣を鞘に素早く納めて、周囲の状況を見回すとともに、後方の連中に声をかけてきた。
「シシャモさん。後ろからは来そうですか?」
「あぁ、もう大丈夫だ。人っ子一人こない」
「そうですか。...卵さん、ユエさんはご無事で?」
不意にバックスが卵に声をかけてきたので、彼は半ば放心状態から現実に引き戻され、素っ頓狂な声を出しながら頷いた。
てっきり卵はバックスの奴がシシャモ達と話すだけで、自分に声をかけてくるなど思っていなかった。
そもそも、普段より彼はあんなに畏まって、卵に声をかけた事があっただろうか。
先日の村では何処か馬鹿にした調子だったような気がするが、今晩はいやに丁寧な調子であった。
それは何処か彼に縋るような調子であったのだが、その点に卵は気付かなかった。
「あぁ、傷一つないぞ」
「...そうですね。姿一つもないですね」
卵が少しだけ胸を張って答えると、バックスは呆れた調子で言い放った。
待て、今あいつはなんといった?
ふと卵は慌てて己の周りを見回してみた。
目の前にはまだ死骸を漁っている大女のニッキ、その横に平静な顔をしてはいるものの何故か、顔色の悪いバックス。
後ろを振り向いてみると溜息をつきながら、呆れた顔で卵を見つめるシシャモと、半ば怒りだしそうな顔をしているギレットが立っていた。
何も異常はない。
皆、返り血などを浴び、多少の切り傷などを負っているが、無事のようだった。
何も異常はない。
ただ、先ほどまで自分の近くに立っていたユエという少女が何故かその場にいないだけで...
「これはいったいどういう事だろうな」
「それはこっちの台詞だぜ」
卵は困ったように大袈裟に両手をあげて、連中を見回し、シシャモが手に携えた槍を杖代わりにして寄りかかっている。どうやら気が抜けたらしい。
「さっきまですぐ近くにいた」
「なんで押さえてなかったんですか?」
「肩押さえてたら、セクハラって言われた」
「...気持ちは分からなくないですが、しっかり押さえててくださいよ」
確かにお前の顔では無理もないと言う言葉を顔に浮かべて、バックスはその場に頭を抱えてしまった。
それを見てやっと死体から装備を粗方はぎ取り終えたニッキが、バックスに対してどうしたんですかと、心配そうに声をかけて、次に腹が痛いのですかと、彼の表情を伺おうとして巨体をしゃがませる姿にシシャモと卵は吹き出しそうになったが、そんな暢気な二人をギレットが鋭く睨みつけた。
「何笑ってやがる?!てめぇの責任だろうが」
「いや、これは連帯責任だろ?皆の連携がとれていれば、彼女を取り逃すことはなかった筈だ」
「知るか!俺たちは周囲を警戒するので精一杯だってのに、嬢ちゃんを守るのはそこのデブの役目だろうがよ」
「別に俺は頼まれた覚えはないぜ、あとデブって言うなよ。傷つくだろ」
シシャモが援護する中、卵はギレットの詰問をのらりくらりと答えて、どうしたものかと考えてみる。
途中でギレットが槍の穂先を卵に突きつけてきたが、それをピックで払ってなんとか彼を落ち着かせると、今度は脇からニッキがいったい何があったのかと暢気に顔を出してくるので、過去ログを見ろと一蹴すると、しばらくして怒った彼女の鉄拳が卵の顔面に叩き込まれた。
一瞬、ロストの危機を感じるほどのダメージだった。
「くそやろうっ!せっかくここまで来たのが無駄になっちまったかもしれねぇってのに、何やってんだよ!」
あまりの勢いに甲冑を装備した重量にも関わらず、卵はその場に尻餅をついて、情けなく手足をバタつかせながら立ち上がると、次はニッキの蹴りが卵の腹部に蹴り込まれ、再び卵は地面に転がった。
「悪かったよ。気付いたらいなくなっちまってたんだ」
どうにもこの女には口でも腕でも勝てそうにないので、申し訳なくチャットを打ってはみたものの、ニッキの怒りは治まらないようで、再び卵に攻撃を加えようとしてきたが、それを寸前でシシャモが止めた。
止めたと言うよりは、素早く槍の穂先をニッキほ喉元に突きつけて止めさせた、というのが正しいだろう。
「...動くなよ。卵をこれ以上蹴ったら許さないぜ」
鋭くシシャモが言い放つと、ニッキは少し身を引いて、憎々しげに卵を一瞥して、そっぽを向いた。
「...仲間割れしてもしょうがない。ユエを探そう」
そうシシャモが槍を引きながら、ほかの連中を見回すと、彼らはバツが悪そうな顔をしながらも、仕方ないと溜息をついた。
「助かった」
「...さすがに団長が殴られてるの見て、冷静でいられるほど俺は冷めてないぜ」
ほかの連中に気取られないように、専用チャットでシシャモに話しかけると、彼は溜息をつきながらも、卵に手を差し出して起きあがらせてくれた。
「しかし、目を離してはいたが、あんな状況でそんな遠くに行けるものかね」
「わからん。いくら戦闘中っていっても、女が彷徨けば目に入る筈だがな」
そのまま専用チャットを続けながら、二人を辺りを見回した。
ニッキ等もユエを探そうと周囲を適当に探っているが、ニッキにいたっては探ると言うより、再び騎士の死骸から装備を漁っているようにしか見えなかった。




