112話 市街戦②
これは手痛いと画面の前で、井出は思ったが、よくよく考えてみれば、少女の肩を醜い男が押さえ込むなど確かに猥褻といえば猥褻であると、自嘲した。
「...なかなかやるじゃねぇか...そういえばアンタ等って一体何者なんだよ?さっき敵と何か話してたろ?」
「顔見知りだっただけさ」
ギレットがまるでラヒムのような口をきくが、それに対してシシャモが軽く返した。
「じゃぁ元騎士か?」
「まぁ...現職ともいえなくも...まぁそうだな」
よくわからないシシャモの回答にギレットはよくわからないという顔をしたが、そんなことなど無視して、6人は慎重に周囲を警戒しながら、行政区を歩いていた。
一体リビの奴は何処にいるのだろうか。
行政区を抜ければ宿場街にたどり着くので、ちゃんとログインしているか確認できるだろうが、ここまで戦火に見舞われているバストロクの奥深くまで来ておいて、ログアウトしていたというのでは無駄足すぎる。
彼女の妹であるユエは、姉はちゃんと宿場街にいると言ってはいるが、それは姉妹だからわかると途方にない自信だった。
そもそもこれはゲームなのだから、現実でも疑わしいようなそんな感覚が、果たして通用するかどうかは眉唾である。
だが、ここまで奥深くまで進んでしまったからには、いまさら後戻りもできない。
仕方なく金に汚らしい連中は、鎮火してきた市街を得物を構えながらさまようのであった。
「ミダズだ。副団長を討ち取った白虎のミダズだ」
「囲め!ロストさせれば副団長になれるぞ」
「運がいいぞ。首を取れば団長もお喜びになる」
一方、行政区の一角にて、ミダズは口口に周りで飛び交う声に耳を傾けながら騎士共に囲まれていた。
先ほどもっと良い手柄を立てて、シシャモの方から金を搾り取ろうと思い、集団から抜け出して、手頃な獲物を探し回っていたのだが、ヘマをして騎士達に囲まれてしまった。
「そう簡単に俺様をロストできると思うんじゃねぇ!」
そう威勢良く己を取り囲む連中に怒鳴ってはみるものの、状況は非常に不味いものだった。
このゲームにおいて囲まれるという状況は、将棋で例えるならば詰んでしまったようなものだ。
幾ら経験に富んでいても、多数の前にはどうしようもない。
だが、かといって自分から勝手に集団から抜け出したくせに、危なくなった途端にシシャモ等に助けを求めるのも気が進まない。
しかし、どちらにしろこの状況で助けを呼んだとて、すぐに駆けつけてくれるとは思えないのだが。
「汚ぇぞ!!一人相手に10人で来やがって!」
「黙れ、たった一人で飛び込んできたくせになにを言うか」
ダメ元で反論をしてはみたものの、勿論現実主義者である連中にミダズのロマン主義が通るわけもない。
しかも、日頃からミダズが騎士道に心がけていれば多少はどうにかなったかもしれないが、彼はどちらかと言えばそんなもの唾棄するものとして思っている節もあり、自業自得と言えばこれほど当てはまることもなかなかないだろう。
「まぁいい。巫女の奴らをロストさせたとなれば、私たちの名も上がる。快く踏み台になってもらうぞ」
そう誇らしく一人の騎士がミダズの囲いから、一歩前に出て、短剣を二本構えてミダズと相対した。
見るからにこの取り囲んでいる連中の中で、最も腕が立ちそうな容貌だ。
顔面は鳥を模した仮面で隠し、鳳凰が描かれた胸当ては周りの炎に照らされて、美しく輝いている。
「一体一をご所望ならば、私が相手だ。白虎のミダズよ。私は...」
そう腕が立ちそうな騎士が名乗りを上げようとしたとき、不意に彼の頭上に何か黒く大きいものが降り下ろされ、彼は何が起きたか理解する前に、頭部を肉塊にフォルムチェンジさせながら、地面に突っ伏した。
哀れな彼の後ろに立っていたのは、周りの連中よりも二回りも大きい巨漢であった。
筋骨隆々な肉体に、申し訳程度の籠手と胸当てを身につけ、顔を隠す為の鳥を模した仮面は、とてもではないが顔全体を覆うことはできず、仮面の端っこから大きい眼がミダズを睨んでいる。
「抜け駆けは許さねぇ...」
巨漢は回りの他の騎士を圧倒しながら、名乗ろうとした騎士を砕いた巨大な戦槌を降り被り、ミダズに突進してきた。
「俺が...俺が...副団長だぁっ!!」
なにやら訳の分からないことを喚きながら、名も知らぬ騎士はミダズに襲いかかってきた。
騎士は勢いよく戦槌を振り下ろし、ミダズの足下にある石畳を砕いた。刹那にミダズは後ろへ飛びのいて無傷で済んだが、名乗ろうとした騎士のように下手をすれば砕かれていた。
「何だ何だ...」
ミダズは冷や汗を垂らしながらも太刀を構え、巨漢と間合いを取り、戦槌を降り下ろした隙に、巨漢へ一気に踏み込んで斬ろうとしたが、今度はその二人の側から何者かが囲いから飛び出し、ミダズの一撃を長剣で振り払った。
今度は何だとミダズがまた後ろへ飛び退いて、その飛び出した者を見ると、それは騎士のようであるが、巨漢とは打って変わってあまりにも小柄な騎士であった。
ミダズも卵等と比べれば小柄な部類に当たるが、その騎士はユエ様に子供の体躯をしていた。
「ひひっ!手柄は俺のもんだぁ!」
そう汚らしく小柄な騎士は嫌らしく笑うと、今度は巨漢と共にミダズに襲いかかってきた。
どうやら小柄な騎士は巨漢と仲が良いらしく、巨漢の方は文句一ついわずに、ミダズへ共に攻撃を加えてきた。
すぐさまミダズを囲んでいた騎士共が感嘆の声を漏らす程の死闘が、その一角にて始まった。
巨漢の戦槌を避けることはミダズにとってさほど難しいことではなかったが、問題はその戦槌を回避した隙に切り込んでくる小柄な騎士の剣であった。
小柄な騎士の身の丈と同じ程度のその剣は、ミダズの着込んだ皮鎧の装甲の無い部分を、的確に突いてくる。
一瞬でもミダズが気を抜けば、すぐに手首などを小柄な騎士の剣が切り裂く。
それをなんとか回避しても、次は間隙を縫って戦槌が飛んでくる。
なかなかのコンビネーションであると、ミダズは二人の騎士の動きに舌を巻いた。
これは本格的不味いと思ったが、逃げようにも囲まれていてはどうしようもない。
しばらくの間ミダズは間一髪で避けていたが、うっかりキー操作を間違えて、後ろへ飛び退くはずが、巨漢の前へ踏み出してしまった。
勿論その踏み込みは斬激を伴った動きではなく、回避軌道であったのだが、この動きは敵に殺してくださいと言っているようなモノだった。
「しまっ」
「もらったぁっ!!」
ミダズの呻きは巨漢の怒声にかき消され、ロストをミダズが覚悟した瞬間。
またもや囲いの中から乱入者が現れ、今度は逆に巨漢の振り被った戦槌を払いのけた。
払いのけるといっても巨大な戦槌の軌道を逸らすと言うよりは、それはねじ曲げたといった方が適切であろう。
思わず巨漢は戦槌を払いのけた邪魔者に振り返って、何か叫ぼうとしたが、その前に声を発するための口に、深々と切っ先が押し込まれた。
「...」
切っ先を押し込んだ主は黙ったまま、巨漢をそのまま押し倒して、顔ごと両断した。
いったい何が起こったのかわからないが、一旦退いた方が良いと瞬時に判断した小柄な騎士が、その場から飛び退こうしたが、乱入者は巨漢の顔を無慈悲に両断すると、次に飛び退こうと宙を舞った小柄な騎士を、丸ごと巨漢から引き抜いた得物にて、その体を地面へ叩きつけ、その際に得物に力を込めて、小柄な騎士が悲鳴を上げるも気にせず、これまた無慈悲に叩き斬った。
既にこれをみた騎士達は、先を争って散り散りに逃げ出し始めた。
ミダズが立ち上がって太刀を構え直すときには、その一角に騎士の姿は無く、代わりに彼の目の前に、ロストした巨漢よりもまた一回りも大きい、天を突くような巨人が突っ立っていた。
「...ベルン」
そうミダズは巨人の名を言った。
巨人は頭に巨大なグレートヘルムを被り、体を一体どこで手に入れたか定かではない、これまた巨大な鉄の鎧に身を包んでいた。
手にはミダズの身の丈の二倍ほどはあろう特大剣を地面に突き刺し、それを杖にして威厳たっぷりにどっしりと構えていた。




