110話 古塔⑥
しばらくの間、化物は昔の思い出を呟き続け、その言葉にそれなりの相槌を打っていたラヒムであったが、幾つか気になる点が思い浮かんだ。
先ほどこの化物の口から飛び出した『巫女攫い』のことも勿論だが、それ以前に、一体この化物は何の為にこんな姿をしているのかという点だ。
先日に森で出くわしたあの番犬騎士団の奴と似たようなチートであるかもしれないが、それにしてはさほど脅威的なモノは感じられない。
確かに一般的な連中とは次元が違うのだが、この化物からは悍ましさと言えばいいのか恐ろしさと言えばいいのか、その様なモノが全く感じないのだ。
寧ろ逆に酷くやつれた体と表情には、異形ではあるものの哀れみすら覚える。特に昔の思い出を語っている仕草は、何とも言えない虚しさがあった。
まるで、もうこれから先、人生で二度とそれ以上の思い出を残すことはできないというようなそんな調子だった。
しかし、急に化物は思い出話をやめて窓辺から離れると、ラヒムを置いて、下半身を文字通り引きずりながら階段を下りていった。
先程は追いかけたが、冗長な思い出話に付き合わされていたせいで、ラヒムに化物を追う気力は残っていなかった。
既にラヒムを突き動かしていた好奇心は消え去り、画面を前にする小林も気疲れを感じていた。
本来、このような探索というのはとてもワクワクするものである筈だ。
一般的であるようなRPGゲームをとってみてもダンジョンを探索し、その場で見つけた道具などに一喜一憂することはあるだろうが、まさか、その様なダンジョンにて、異形の者の思い出話を聞く羽目になるとは夢にも思わなかった。
誰しも思い出話昔話をしだすと長くなるもので、特に面倒な担任のホームルームなど正にそれだ。
しかも、そんな思い出話や昔話に何かの教訓を得られたかと聞かれれば、きっと大半の者は首を横に振るだろうし、しかもゲームの中での思い出となれば首を横に振る者はもっと多くなるだろう。
そして、そんなどうでもいいことを脱力しながら思っていると、化物は階段を不快な音を立てながら上ってきた。
蛇の形をした下半身が階段を上るたびに奇妙な音を立て、その音はラヒムをとても不快にさせたが、逆に音の主である化物はどことなく楽しそうに、何かを腕に抱えてラヒムへ近寄ってきた。
いきなり化物との距離が狭まり、ラヒムは警戒心を抱いて少し後ずさったが、そんな彼の動きを全く気にせずに、化物は腕に抱えていたものをラヒムの目の前にそっと置いた。
置かれた者は遠めに見ると、一見幾つかの大きい球体に見えたが、よく見てみるとそれは卵の甲冑一式であった。
先程ラヒムが塔の階層にあった武具庫で見た物だ。
先日に卵が捨てた様な錆だらけ凹みだらけな甲冑ではなく、新品同様に装甲部分が鈍い光を発しつつ、月明かりに照らされて、奇妙な輝きを帯びていた。
武具庫で見たときの蛇を模した紋章が甲冑にあることから、化物はこれを取りに階段を下っていったらしい。
「これを...持って行ってください...」
そう化物はゆっくりラヒムに言うと、また一旦彼から距離をとって、窓辺へと引き返した。
「これは?」
そうラヒムは化物に聞いたが、窓辺で月を見上げる化物は、ラヒムを見もせずに、視線を月へ向けながら口を開いた。
それはまるで月に言っているようにも見えたが、ちゃんと文字欄へ表示されるのだから、ラヒム宛になのだろう。
「卵さんの鎧ですねぇ...えぇ...シシャモさんには既に彼の...いえ彼女の...まぁどっちでもいいですねぇ...渡してありますからぁ...」
「?...シシャモさんがここに?」
「あの人はすぐにココへ訪れました...嘘と軽口が大好きな...賢くて勇しい人...」
化物はラヒムの言葉に一応答えてはいたが、その内容はどことなく一人で物思いに耽っている呟きのソレがあった。
「なんで俺が...」
「貴方はあの人に一番近い人...そして、貴方はあの人を導く人なのです...」
「何を言ってるのか...全くわからないのですが...」
「...いずれわかりますよぉ...えぇ...その身をもってして理解できる日がすぐに来るはずです...」
最終的に化物はラヒムの質問に全く答えなくなった。
画面で操作する小林が幾ら質問を打っても、化物は何も反応を示さず、ただ月を見上げて、しきりにチャット欄にて『早く向かってください』との言葉を繰り返すだけだった。
仕方がないので、ラヒムは化物から渡された甲冑一式を運ぶために、ポーチから適当な長さの紐を取り出して、己の背中へ甲冑をまとめて括りつけた。
しかし、勿論のことではあるが、甲冑の重量はラヒムの様な小柄な男が背負うにはどうにも重すぎて、勢いに任せてラヒムが甲冑を床から宙へ投げるようにして背中に背負うと、あまりの重量にラヒムは潰されたカエルの様に甲冑の重量に負けて床へ突っ伏した。
これでは移動するどころではなく、ラヒムは這うこともできずに、甲冑の重みに押さえつけられ動けなくなってしまい、手足をばたつかせながらも化物に助けを求めた。
すると、ようやく化物は窓辺から顔を逸らして、ラヒムの方を見た。
どことなくではあるが、化物の表情は面倒臭そうであった。
「あぁ...すみませんね...失念しておりました...」
申し訳なさそうに化物は言うが、顔にはどこかラヒムを嘲笑うような色がある。
もし、自分がこのような状況でなければ、短剣であの化物の喉を引き裂いてやろうともラヒムは思ったが、今はどうすることもできなかった。
「それでは...貴方をバストロクへお送りしますねぇ...」
そうまた面倒くさそうな調子で化け物は呟くと、そっと手をラヒムではなく、窓辺の月へ向けて差し出した。
一体何をしているのか知らないが、普通こういう時は、ラヒムに手を差し伸べるものではないのだろうか。
のんびりしすぎました




