108話 古塔④
生憎、壁に掛けられていた松明の光の加減で、その頭は鮮明に見えないが、丸い輪郭から二つの目玉がこちらを見ている。
不意の出来事であったので、ラヒムはあわてて扉へ振り向いて、短剣を構えた。
この廃墟には誰もいないと思っていたのだが、どうやらいたらしい。
だが、その二つの目玉はラヒムが振り向いて短剣を構えた瞬間、身を翻して階段を早足で上って逃げていった。
それを見てラヒムは、反射的にその目玉を追いかけた。
あの目玉がこの塔の住人であるならば、自分は不法侵入者であり、他に仲間がいるなら厄介だ。
ラヒムは小さな体を螺旋階段に飛び出させ、目玉が上っていった後を追いかけた。
だが、目玉は小柄で素早いラヒムより素早いらしく、狭い螺旋状階段を彼より上っていくため、彼には目玉の体と思わしき、体の一部が螺旋階段の上へ引っ込んでいくのを確認するのが精一杯だった。
しばらく、その目玉を追いながら、階段を上っていると、目玉は隣の壁にあった扉へ逃げ込んだ。
扉の先に目玉の仲間がいるかもしれないが、ここまできたらもう引き返せないと、ラヒムは目玉と同じように開け放たれた扉へ身を躍らせた。
扉から入った部屋は真っ暗で、階段の壁に掛けられた松明の明かりが、入り口のラヒムの足下だけを照らしていた。
そこまできてラヒムは、自分が罠にはまったのだと思った。
この暗闇に乗じて、きっと目玉か、その仲間達が自分に襲いかかってくるに違いないと思った。
短剣を構えはしてみるものの、この武器で暗闇からの攻撃を防ぐには不十分だ。
ラヒムは脂汗を額に浮かべながら、短剣を構えて、じっと暗闇からの攻撃を待った。
不用意に後ろへ下がって部屋を出ようとすれば、その隙を突いて攻撃が飛んでくると、そこそこに長い経験が教えてくれた。
「...勝手に入ったのは悪かったよ...けど俺はなにも盗ってないぞ。傭兵組合の掟に誓っていい。俺はただ迷い込んだだけだ...」
そう弱々しくラヒムは弁解を並べながら、暗闇を見回した。
だが、不思議なことに数分経っても、暗闇から攻撃がくることはなかった。
その代わりに、ラヒムの数歩先で何かが輝いて、それが真っ暗だった部屋を照らしだした。
部屋は先ほどの防具庫よりも広い造りで、まるで最初にあった下層の部屋と同じように、中央に大きなテーブルがあり、どうやらその輝きはテーブルの上に天井につり下げられたランプから出ているようだった。
大体、下層の部屋と同じだったが、唯一違うところは大きなテーブルを囲んで、12人の老若男女が椅子に腰掛けて、テーブルの上にある皿に盛られた料理を食べていることだ。
いきなり目の前に現れた光景に、ラヒムは驚きながら、先ほどと同じような弁解の言葉を並べた。
だが、椅子に腰掛けた連中は全くこちらに気付かない。
いや、それどころか、ラヒムの存在自体を感じていないようだった。
12人の老若男女は、皆同じ模様の濁った緑色のシャツを着ていて、腰には自衛用であろう短剣を差していた。
「あのぉ...」
ラヒムは短剣を鞘に納めて、腰を低くしてテーブルに近づいたが、不思議なことに先ほどの武具のように、ある程度は近づけるが、急に透明な壁に遮られたかのように、連中に近づくことができなくなった。
連中は料理を食べながら、なにやら話し込んでいるようだが、専用チャットを使っているらしく、ラヒムのチャット欄にはなんの文字も出てこない。
一体これはどうしたことかと、ラヒムは連中を眺めていると、その連中の中に見知った顔が混じっていることに気付いた。
「卵さん?なんでここに...」
何故かテーブルの奥に卵が椅子に腰掛けていた。
まるまると太った体に、顔には幾つもの刀傷があり、頭は勿論、禿げている。
ラヒムは彼に対して何度か呼びかけてみたが、彼はこちらに対して何の反応も示さない。
ただ黙々と他の連中の話に相槌を打ったり、食事を口に運んでいる。
「これは一体...」
ラヒムは何度も首を傾げながら、近づくことはできないものの、連中の周りをグルグル回ってみた。
すると、もう一人見知った顔が連中の中にあった。
「ししゃも...さん?」
あの長身で皮肉屋の男が、卵の横で彼と同じように食事を口に運んでいた。
どことなく丁寧な食べ方で、一方卵の食べ方は下品であった。
「なんで二人がここに...」
ラヒムにはわからないことだらけで、頭がどうにかなりそうだった。
二人は今、バストロクにいるはずだ。
それに卵は犬を模した甲冑を着ていたはずではなかったか?
何やらわからないことだらけで、ラヒムは呆然と突っ立っていることしかできなかった。
「あのぉ...貴方はだれですかねぇ?」
急にラヒムの後ろから間延びした声が響いた。
ラヒムはその声に反応して、慌てて前に前転して声の主から距離をとり、その転がる勢いを利用し素早く鞘に納めた短剣を抜いて、背後から声をかけた主に短剣の切っ先を向けた。傭兵組合から追い剥ぎに身を投じるまでの、長い期間の間に身につけた抜刀術である。
「ひゃぁ?!」
そう素早く短剣を向けられて、声の主は素っ頓狂な声を上げた。
「ひゃぁ!?」
だがその声の主と対面したラヒムも、思わず素っ頓狂な声を上げた。
声の主はラヒムの身の丈より倍以上大きく、光の加減で体の輪郭しかわからなかったが、声の主は人の形をしていなかったのである。
上半身は人の形を保っていたが、下半身はまるで巨大な蛇が蜷局を巻いたような調子だったからだ。
『巫女様は妙な姿をしてらっしゃる...だが、その妙な姿に団長は惹かれちまった。あいつも妙な奴だ』
巫女攫い副団長 ししゃも




