106話 古塔②
普段のラヒムであれば、そんな冒険心など、露ほども出したことがなかった。
このゲームにおいて好奇心は早死にする要因であり、少なくともたった一人で廃墟の探索など行うべきではない。
だが、彼の足は不思議なことにまるで吸い込まれるように、階段へ伸びていたのである。
そして、できる限り慎重に階段を上ると、月を突き刺すかのように伸びたった塔への入り口へ、彼は短剣を片手に握りしめ入っていった。
彼の入った部屋はそれなりに広い造りになっていて、部屋の奥には塔を上るための螺旋状の階段が見える。
そして、部屋の中央には、この施設が使われていた名残であろう古びた椅子や大きなテーブルが置かれていた。
テーブルの上には皿が並べられ、皿には調理された肉や野菜などが盛られている。
だが、このときラヒムは妙な事に気づいた。
皿に盛られた料理は腐っているどころか、つい先ほどに調理されたように新鮮なのだ。
普通のゲームならば、その程度の事気にしないだろう。
だが、このゲームには外見の劣化を表現させることがあり、その点を踏まえると、盛られた料理のグラフィックはどうにも異様であった。
「誰かいるのか?」
そう画面の前で不思議そうに小林は呟いた。
先ほどまで卵達と合流しようと焦っていた自分は、どこかへ行ってしまった。
そんなことよりも今はその新しい料理に興味が持って行かれていた。
「罠...か?」
そうラヒムは呟きながら、部屋のどこかに誰かが潜んでいないかと辺りを見回しながら、テーブルへゆっくりと近づいた。
この手の罠は結構あるもので、新鮮な料理に毒を仕込んである事も考えられる。
その毒がまだ遅効性ならまだいいが、このゲームで使われる毒は決まって速攻性だ。
一口でも入れた途端に、のたうち回ってロストするようなキャラを、彼は傭兵組合に所属していた際によく見ていた。
荷馬車を護衛する仕事で、スタミナを切らして苦しんでいた同僚が、少しぐらい、いいだろうと荷馬車に積んであった食料に手を出して、一瞬にしてロストしたこともある。
「俺は引っかからないぞ...」
そうラヒムは呟きながら、短剣を構えながら、部屋の隅々を見回してみる。
毒ではなく、食べて気が緩んだ瞬間に、物陰から飛び出して、襲いかかってくる事も考えられた。
だが、その部屋に人一人隠れられそうな物は無かった。
壁際にいくつか食料や酒が入れられた樽があったが、それらはラヒム程小柄な者でも身を隠す事ができるほどの大きさではなかったし、勿論テーブルの下なども覗いてみたが誰もいなかった。
そもそも何故このような辺鄙な場所で罠を張っているのか?
ラヒムはここにくる前はバストロクの市街にいたというのに、こんな森の奥にある廃墟に、何故やってくるとわかるのか?
それ以前に何故自分がこの罠の対象だと考えてしまうのか、もしかすると誰か別の人物を対象としているのか。
そもそも、これが罠なのかという事自体、ラヒムにはわからないのだ。
「考え過ぎか」
そうラヒムは呟いて警戒を解いた。
きっと考えすぎだ。
きっとテーブルに並んでいる料理はラヒムではない、別の誰かを歓迎するために置かれているのだろう。
こんな森の奥の廃墟など、きっと申し合わせをしたようなプレイヤーしか訪れないだろう。
それに、テーブルを囲んでいる椅子はとても多く、数えてみたところ13もある。
きっと少々大人数なパーティの、秘密のアジトかなにかなのだろう。
たまたま自分は転生作業のバグか何かで、こんな場所に飛ばされてしまっただけだ...とラヒムは考えた。
「お邪魔するのはよくねぇな」
きっとこれから集会か何かをするのだろう。
そのため、わざわざ美味しそうな料理が皿に盛られているのだ。
調理人は何か用事でも思い出して、一旦ログアウトをしているに違いない。
そうとなれば、その調理人が帰ってきて鉢合わせすると不味いと思い、ラヒムは廃墟を後にしようとした。
だが、足が入り口まで来たとき、ふと、ラヒムはこの廃墟に入った直後の事を思いだした。
城壁に囲まれたこの廃墟に入ったとき、自分以外の足跡はあっただろうか?
もし、調理人などがいたり、何者かの集合場であるなら、中庭の方に草を押し倒した足跡が幾つかあってもおかしくなはずだ。
だが、足跡はラヒムの物以外どこにもなかった。
「妙だな」
そう不自然な事に気づくと、ラヒムの足は立ち止まっていた。
そして、彼の足は次に部屋の奥にある螺旋階段へ伸びていた。
新鮮な料理があるのに、誰かが入った形跡も出た形跡もない。
調理人しかログインしていないのであれば、その調理人と思わしき足跡がないのも妙だった。
部屋の床は埃だらけで、誰かが歩けばすぐに足跡が残る。
「訳のわからねぇ場所だな...」
危なそうな物には普段できる限り近づかないようにしていたはずなのだが、ラヒムは螺旋状の階段を上り始めていた。
時刻は夜で暗かったが、螺旋状の階段の壁には、これも誰が点火したのかわからない松明が掛けられていたので、そこそこ明るかった。
しばらくゆっくりと警戒しながら、螺旋階段を上っていると、途中で一つの扉がラヒムの隣に現れた。
ここまでくるとラヒムはすでに好奇心に飲み込まれていて、せっかくなのだからこの廃墟を隅々まで探索してみようと思っていた。
どうせバストロクにはすぐに戻れそうもない。
報酬やユエのことも彼の脳裏を何度かかすめたが、それは好奇心に打ち消された。
その好奇心に命令されるように、ラヒムは扉をゆっくりと開けてみた。
開けた途端に誰かと出くわすような気がしたが、扉を開けた狭い部屋の中には誰もいなかった。
その部屋はどうやら武器庫のようで、壁に所狭しと様々な武器が立て掛けられている。
だが、その武器などは、ラヒムが今まで見てきた傭兵達や追い剥ぎなどが得物とする武器とは明らかに違う代物だった。
武器庫の奥にあった武器は何やら装飾の施されたピックで、卵が好んで使っている物と似ていたが、この武器庫にあるピックは柄や刺突部位に豪華な変わった装飾が施されている。
その装飾は何やら長い蛇のようなもので、蛇の胴体と思わしき長い模様には、鱗を表現しているのか、緑色に輝く宝石が丁寧に打ち込まれている。
そのピック以外にも槍や東方の武器である大太刀に、クロスボウ、ラヒムの身の丈ほどはあろう巨大なメイスや、逆にラヒムの手のひら程しかないダガーも武器庫の壁に掛けてあった。
これでは武器庫と言うよりも、博物館と言った方が良いぐらいの品ぞろえだ。
傭兵組合の武器庫は同じ種類の得物...例えば剣ならば剣同士で丁寧に立て掛けてあるのだが、この武器庫には同じ形の武器など一つもない。
それどころか、そのピックとクロスボウは寄り添うように壁に立て掛けられ、その隣の槍はピックとクロスボウから少し間隔を空けて立て掛けられている。
そのように分類して数えてみると、武器庫には装飾の施された武器が12程立て掛けられていた。
一つだけでも買い取り商人に売ることができれば、相当な額になりそうだ。
思わず盗人根性で、ラヒムは一つだけ懐に納めようと、壁に立て掛けてあったダガーに手を伸ばした。
「ん?」
しかし、ラヒムはダガーを手に取る前に小首を傾げた。
何故かはわからないが、ダガーを手に取ろうとしても手がダガーの掛けてある位置まで延びないのだ。
まるでなにか見えない壁に遮られているかのように、その位置までいくら踏み込んでも手が届かない。
仕方ないので、ダガーを諦めて他の武器を盗ろうとしたが、どの武器も同じように見えない壁に遮られた。
「なんだよ。これ」
どうやら、武器はただ形だけのグラフィックのようだ。
せっかく高そうな武器が手にはいるかもしれなかったのにと、ラヒムは肩を落として、武器庫を出ることにした。
もしかすると、先ほどの部屋にあった料理もこれと同じかもしれない。
仕方がないので、肩を落としながらもラヒムは武器庫を出て、また螺旋状の階段を上り始めた。
『俺は大事なものをあの塔に忘れてきちまった。...戻って取り戻す気にもならないがな』
巫女攫い団長 卵かけご飯




