105話 古塔①
長い転生作業がやっと終わったと、小林が画面を見たとき、そこには予想してなかった景色が画面に広がっていた。
今日ログインした場所は馬車の中だったのだから、転生する位置もてっきりそこだと思っていたのだ。
悪くても先日に立ち寄った村だと思っていたのだが、そこは彼の予想とは大きく異なる場所だった。
馬車でも村でもない。
森の中だった。
「...どこだよ。畜生」
周りを見渡しながら、ラヒムはそう呟いた。
周囲には針葉樹が立ち並び、その枝の隙間から月明かりが差し込んでいる。
足下には短い丈をした草が生えており、それと落ち葉が散りばめられ、歩く度に不快な音を立てる。
ここは一体どこなのかと、ラヒムは記憶を辿ってみるが、このような場所に訪れた記憶はない。
一週間程前に卵と追い剥ぎに勤しんでいた森なのではないかと、一瞬思いもしたが、あの森は隅々まで歩き回って記憶している。
しかし、こんな場所知らない。
確かに針葉樹の立ち並んだ森の風景などよくあるものだが、少なくとも森の中において、古びた建物の様な物を見た記憶などなかった。
その建造物はラヒムの視界の先にある針葉樹の枝枝の隙間から見ることができた。
さほど遠くにあるようではないが、近づこうとも思わない。
このゲームにおいて好奇心は危ない。
そんな探検の前に卵の方はどうなっているのか確認した方がいいと、ラヒムは卵に向けて専用チャットを飛ばしてみた。
だが、不思議なことにチャット欄に文字が出ない。
気づかぬ間にゲームとの通信が切れたのかと思い確認してみたが、ゲームの動作に異常は無く、パソコンがおかしくなったわけでもないらしい。
小林はどうしたものかと参ってしまって、隣の部屋で寝ている祖父に相談してみようかと思ったが、機械に弱い祖父に相談しても無駄だとすぐに思い返して、途方に暮れながら画面を睨んだ。
画面には相変わらず、その建造物が映っている。
「...いってみるか」
どうせ、バグか何かだろうが、せっかくなのだから、その建造物を探索してみようと彼は思った。
もしかすると同業者がその建造物に巣くっているかもしれないが、ここが何処なのかぐらいは教えてくれるだろう。
そう考えて、ラヒムはできる限り慎重に建造物に近づいてみることにした。
しばらく森の中を歩くと、建造物の入り口と思わしき、門の前にたどり着いた。
先ほどは少し離れていて、枝枝に邪魔されてよく見えなかったが、建造物はどうやら砦のようで、それもだいぶ古く、頑強であろう壁には苔や蔦が生い茂り、その頑強さを怪しくしている。
そして、彼の前にある巨大な門は、長年整備されていないのか、本来の用途である開け閉めもままならないようで、ちょうど小柄なラヒムが入れる程度に開いて崩れていた。
ゲームなのだから経年劣化などないのだが、この砦が新しければさぞ立派な物だっただろうとラヒムは思った。
誰か見張りに立っていないのかと、周りを見回してみるが、人っ子一人いない。
「お留守かな?」
そんな間抜けなことを呟きながら、盗人根性よろしくラヒムは門の開いた隙間に体を躍らせ、短剣を片手に砦に入り込んだ。
外部の壁や門も劣化していたが、内部はそれ以上に酷かった。
周りは壁に四方を囲まれ、そのうち一つの階段がひとつ壁の上へ繋がっている。
それ以外に何か目に付くものと言えば、地面に生えている木々達だけだ。
地面からは樹木がちらほらと生えていて、足下には森の中よりも丈の長い草が生い茂っている。
きっと木々に邪魔されずに、日光を浴びれるためだろう。
これでは砦というより庭である。
「お邪魔しますぜ」
そう下品な笑みを浮かべながら、ラヒムはそう周りに言ってみた。
返事なんて返ってくるわけがない。
ここは無人の砦で、きっと昔に打ち捨てられた...設定なのだろう。
同業者でもいれば話は別だが、こうも酷くてはめぼしい物もあるとは思えない。
それに庭ともいえる砦の内部は自分以外に人が立ち入った跡が無い。
いや、一つだけ盗人であるラヒムの興味を引く物があった。
遠目にこの砦を見たときは気づかなかったが、壁の一つにいやに高い塔が見える。
どうやらさっきは木々が邪魔してわからなかったらしい。
だが、こうして砦の内部に入れば、その塔がよく見える。
見張り塔だろうか、それにしては異様に高い造りで、周りに見える針葉樹達の三倍ほどの高さはある。
一体この砦を設計した奴はなにを考えていたのだろう。
別に小林は中世の城やら砦の造りなどに詳しいわけではないが、ゲームなどで見るような城やら砦のような建築物の塔ってものは、城壁の角ごとにあるのが普通ではないだろうか。
あの塔以外他の塔は朽ち果てたのかととも思ったが、壁の角に塔のような建築物があった跡はない。
それに、仮に塔が一つだけとしても、自分のいる内部の真ん中に建てる物ではないだろうか。
なんだか不自然な気がするが、現にその巨大な塔は月を屋根の尖りで突き刺すような形で建てられていた。
その塔を眺めていると、なんだか不思議な気分にラヒムはなってきた。
それは建築的な意味以外で感じた。
何度か小首を傾げながら、その塔を見ていると、彼はなぜ奇妙な気持ちになったか理解した。
月明かりでよくわからなかったが、どうやらあの塔だけ劣化していないらしい。
他の壁などは蔦や苔に浸食されているのに、あの塔だけは異様なまでに新しいのだ。
まるでついさっき建てたかのように、塔の壁は月の光をぼんやりと反射していた。
石造りのはずなのに、まるで壁のすべてに宝石が使われているようにも見えた。
元々このゲームの映像はさほど綺麗とは言えないのだが、その塔だけはまるで現実で見ているかのように鮮明に美しく見えた。
その塔を見ているうちに、ラヒムは自然と足がその塔へ繋がる階段へ伸びていた。




