服の章 服飾製作の委託について
どんよりとした空は、重たい雲を運ぶ。湿気を含んだ纏わりつくような空気が風に運ばれ、街の中を吹き抜けていた。
先日の侯爵夫人からのお呼び出しで、マダムと寮母さんが受け取ってきた鈍色の布と糸。糸の方は、材料も紡ぎ方も一切不明。布の方は、一部にこの糸を使っているようだけど、木綿との相性が悪くて、あまり品質の良い布とは言い難かった。
「この布でドレスを作って欲しいらしいのよ」
困ったようにマダムが頬に手を当てて告げる。布の量は十分とは言えず、これだけで作れるドレスなんて考え付かない。
「魔力を帯びてるのよねぇ。なんか懐かしいわね」
クスッと笑うと「お姉さま、覚えてる?」と寮母さんに声をかける。寮母さんと言えば、酷くげんなりとした表情で「覚えてるも何も……」と零した。
「珍しいから取り扱いに注意しろって言われてたのに、伸ばし過ぎて縮れて……師匠から大目玉喰らってたじゃない」
寮母さんは呆れたように呟いて、私の顔を見た。
「あんたの母親も同罪だよ」
「ママが?」
「そぉそぉ! 貴女の母親が唆したのよ。伸ばすと面白いからって」
ケラケラと笑いだしたマダムは、鈍色の布を優しく触った。その手は魔力を帯びているのだろう……触った所から仄かな光が零れ、私たちは思わず歓声を上げていた。
「なにこれ!」
「すごいっ!」
魔力を帯びた布なんて初めて見る姉さん方と私は、その蛍火のような柔らかな光を見つめ続けていた。
「……ってことは、マダムも寮母さんも、この布の取り扱いには慣れてるんですね」
お針子の姉さんがキラキラとした眼差しで二人を見る。私たちもつられて期待の眼差しで二人を見ていた。
「……」
気まずげに寮母さんとマダムは顔を見合わせる。
「あのね……本当に珍しい布だったの」
コクコクと私たちは頷いた。そんな珍しい布を取り扱えたなんて、凄い御師匠様に師事していたんだななんて尊敬の目をしていたかもしれない。
「私たちが見習いだった頃にね。でも、二人がそんなことをしたもんだから……」
「お師匠様ってば、怒って二度と触らせてくれなかったのよね」
「……」
ジトリと恨めしい目になった私たちの気持ちを誰か分かって欲しい。
「結局、取り扱い方法分からないってことじゃないですかっ!」
ぷりぷりと怒り出した私に、「仕方ないじゃない」とマダムは軽く肩をすくませて、布の端を検分し始めた。
「足りない部分は別の布で補うしかなさそうね」
「糸は……魔力で硬さが変わるみたいだね」
糸を検分していた寮母さんは、やはり手の中に魔力を集めて糸の変化を確認していた。姉さんたちも、それぞれ糸や布を観察する。
私も糸をソッと触れてみた。ツルリとした感触でだいぶ硬い。指先に魔力を纏わせて触れてみれば、くたりと硬さが変わったが、指の魔力が消えてしばらくするとまた硬くなる。
「これ……縫えるのかしら?」
姉さんが呟く。確かに魔力で柔らかくして縫ったとして、しばらくしたら硬くなってしまうのだ。着心地はどうなるのだろうと思う。
「別にこの糸を使わなきゃいけないってことはないわよ?」
当たり前のことを言うようにあっさりとマダムは告げる。
「縫い糸にこの糸を使うなんて勿体ないじゃない」
ガーゼを手に取り、棚の中の箱から虹色の針を取り出す。硬い糸を通せば、クタリと硬さが取れ柔らかくなった。針を持ったマダムはガーゼに刺繍を施す。
「この糸はね、お師匠様から店を引き継いだ時に……託されたの」
「魔力を通しやすい刺繍針だね。懐かしいね」
寮母さんの目が刺繍針に釘付けになる。針はガーゼを潜り、糸は愛らしい小花の群れになった。端を処理して、ガーゼの糸を抜く。
「わぁ!」
硬くなった糸は刺繍の形に固まって、立体的な小花の群れの刺繍がマダムの掌に転がった。
掌に魔力を宿したのだろう。仄かに刺繍が光る。
「流石にこれで大物を作るとなると大変かもしれないわ」
「そうだね……一人で作ろうもんなら、直ぐに魔力切れになりそうだ」
マダムから姉さんたちの掌へ。そして次の姉さんの掌へと順番に巡り、仄かな光を放つ小花。その様子を微笑ましそうに見ながらマダムと寮母さんが話していた。
で、ドレスである。
「この布と相性のいい色合いの布を選んで……代金は向こう持ちよぉ。高くて使えない布だってたっぷり使っても構わないわぁ」
マダムは刺繍針を丁寧に片付けながらそう言うや否や、早速机にかじりついてデザイン画を描き始めた。
どうやら、ドレスは各ドレスメーカーの自由に作っていいらしい。ただし、例の鈍色の布と糸は必ず見えるところに使わなくてはならないという制約付きらしいが。
「しかも、追加で使った素材に関しては、納品時に侯爵家に請求していいらしいからね。マダムの言う通り、どんな布でも使いたい放題だ」
寮母さんが布を選びながら楽しそうに教えてくれた。
鈍色の布との相性を見ながら布を選ぶ私たちは「流石、侯爵夫人」と華やいだ声を上げると、寮母さんはキョトンとした目でこちらを見た。
「あれ? 言ってなかったか?」
「……?」
一斉に首を傾げる私たちに、寮母さんは「婚約者殿だよ」と告げる。
「次期侯爵たる御子息様の御婚約者様が、今回の依頼主だ」
「どんな人なんです?」
姉さんの尋ねる声に、寮母さんは淡々と「思っていたよりも落ち着いた人だったね」と告げる。
「浮ついた若い娘さんじゃないね……身体は女らしいが、中は男よりも男らしいと思うぞ」
「マダムの逆みたい……」
「あー……」
私が思わずつぶやいた言葉に寮母さんは苦い笑みを浮かべる。
「そいつはどうだろうねぇ」
寮母さんの言葉は、隣の部屋のマダムの「これならどうかしら」という野太さに華やかさを纏った器用な声に搔き消された。
「この鈍色の布を襟や袖口のフリルにするの。これだけあるんだもの、沢山のフリルが作れるわ」
「糸は刺繍よりもレースね。編むときにかなり魔力を消費するから、交代で当たって欲しいわ」
「……フリルとレースって」
寮母さんが呆れたように呟く。
「あの婚約者様には少し幼過ぎないかい?」
「何言ってるのぉ?」
寮母さんの言葉に、マダムはコロコロと笑う。
「言ってなかったじゃない……誰が着るか、だなんて」
マダムがパチンとウィンクすると、寮母さんは額に手を当てて天井を見上げた。
「そうかもしれんが……普通、着用者は依頼主だと思うだろう?」
「私たちはね」
マダムはニンマリと笑う。
「ドレスを作れって言われたら作るわ。だって、それが仕事だもの」
フッとマダムの笑みが消える。
「誰も着ないようなドレスを作れと言われるほど腹が立つこともないわ」
「確かにね」
寮母さんはパンパンと手を叩いて、空気に呑まれている私たちに告げる。
「あんたたち、約束の期限までには終わらせるからね」
「はぃ!」
声を揃えて返事をすると、渡された既存の型紙を基に白地に青い模様の入った布を裁断する者、渡された鈍色の布を裁断してフリルに加工する者、鈍色の糸をレースに編む者とに別れた。
レース編みは魔力の消費が激しい。しばらく編むと魔力が足りなくなり、次の人に後を託して、仮眠室にフラフラと向かって倒れるようにして眠るのだ。
フリルを作る者たちも、多少なりとも魔力を吸われるらしい。交代しながら作成にあたる。
ドレスに合わせて鍔広の優雅な帽子も作成する。こちらにも鈍色のフリルを使うが、もともとドレスの飾りにしか使わないのだ。大量にフリルを作ることができ、ドレスも帽子も優雅な物になっていた。
仕上がった時には、姉さんたちも私も精魂尽き果ててゲッソリとやつれた気がする。
なのになんで、マダムはあんなに元気なんだろう。
「さぁて、これを見てどんな顔をするか楽しみだわ」
口元に手の甲を当てて高笑いする姿は、中年のおっさんのくせして、まるで舞台で主役を演じる女優のようだった。
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聖暦890年某日。
各ドレスメーカーが持ってきたドレスは酷いものだった。
確かに布の品質はいまいちかもしれんが、それでも良さを見出すのが職人の仕事だろう?
ヴィルベルト様からは「そもそもの要求が高すぎる」と窘められたが、正直期待外れだった。まずは、縫製職人の育成から始めなくてはならぬのかと思いながら、次のドレスメーカーを呼び寄せる。
また似たようなつまらぬものを見せられるのかと、凪いだ瞳でドレスメーカーの経歴を眺める。どうやら次のドレスメーカーは、歴代の侯爵夫人が愛用していた仕立て屋のようだ……が、義母上は婚前から付き合いのある王都の仕立て屋を贔屓にしている。それもあって、経営が思わしくないらしい。
気流に疎いのは貴族に限ったことではないなと改めて思う。
挨拶を受け、白の布で覆われたトルソーが運び込まれる。プリンセスラインのドレスだろうか。白い布が広がっていて大きい。
覆いが外されると、白地に青の柄が涼やかなドレスが現れた。大量の鈍色のフリルが、袖や襟、裾を飾り、色味が落ち着いているにもかかわらず、どこか華やかに見えた。挨拶した服飾職人がさらりと撫でれば、レースが仄かに光を帯びる。
例の糸をレースに編み込んだのか!
頭のないトルソーの首に華やいだ鍔広の帽子が飾られた。帽子にも鈍色のフリルが付いている。全体的に非常に愛らしいデザインだった。
「見事ですわ」
思わず口にしていた。まさかあの扱いにくい布を、糸を、ここまで見事に使い切るとは思ってもみなかった。
私の胸は高鳴る。
これは、非常に楽しくなりそうだ。
<イヴォンネの日誌より抜粋>




