石の章 色石工房の設立について
雨が続いていた。強くはないが、しとしとと降り続く細い雨は、山を濡らし続けていた。大人たちはこんなにも長い雨はこれまでになかったと言っていた。
降り続く雨の影響だろうか。坑道で雨漏りしているという噂が広がった。なんでも、一部の坑道の奥深くで滝のように流れて地下に落ちているらしい。あまりの荒唐無稽さに、大ぼら吹きもいたもんだと最初は皆で笑っていた。
坑道で湧き水が滴り落ちてる、泉のように滾々と湧き出る箇所があるらしいと噂が広がった。地下水が滲みだし、水たまりになっているのを見たという人まで現れた。
「しばらく……雨が止むまで、坑道を閉鎖しよう」
お偉方がそう決めたが、少し遅かった。
坑道内部が崩れたのだ。生き埋めになった鉱夫たちが多数いて、助けようとした大人たちも次の崩落に巻き込まれ、帰ってこなかった。
最初の崩落で父が、次の崩落では母が巻き込まれた。一瞬にして僕と弟妹は両親を亡くしたのだ。
最初の内は親戚の家で世話をしてもらえたが、この長雨に鉱山の崩落にと、親戚の家も苦しかった。食べるものが少なくなると、わずかばかりの保存食を渡されて、他の家を頼って欲しいと願われた。
僕は弟妹を連れて街の中を彷徨う。僕たちのような子供はあちらこちらにいて、空き家を見つけては、子供たちだけで固まって寒さをしのいだ。
街に残飯なんてなかった。誰も彼もが腹を空かせていたのだ。道端に生える草すら御馳走だった。
そんな時だ。領主様の使いの人たちが、街で炊き出しをしてくれた。並ぶ列は長蛇で、貰えた雑炊はわずかだったが、その温かさが酷く腹に染みた。
「屑石で装飾品を作っていただきたいのです」
女性の声が聞こえた。落ち着いた声が、静まり返った広場に広がる。
「無理だ……作ったって誰が買うって言うんだ、そんなもの」
大人の職人たちが力なく呟く。目端の利く職人は既にこの街には居ない。逃げ遅れた職人たちは、希望を失っていた。
「私が売ります」
きっぱりと告げる声が力強かった。
「屑石を選別して、綺麗に磨き、小さな宝石となった色石を使って、命を吹き込むのです」
宝飾職人たちが使えないと選別した小さな屑石は、街の外れに山積みのまま放置されていた。その中から拾ったのであろう欠けたり割れたりした欠片。確かに薄汚れたそれを磨くと、微かな煌めきが自分は宝石なのだと主張していたが、そんなものを使う職人はいなかった。
「誰が磨くんだよ……」
誰かが吐き捨てた声に、その女性は答える。
「誰でも。誰でも出来ます」
「僕にもできますか?」
思わず尋ねていた。
(もし、僕にもできるなら……)
尋ねる僕に彼女は綺麗な微笑みを浮かべて「出来ます」と告げる。
「妹や弟でも?」
両手がギュッと握りしめられる。両隣にいる幼い弟妹が不安そうに僕の手を握り、僕の顔を見上げた。
「もちろん」
「磨けば……ご飯、食べられますか?」
「えぇ。食事を準備しましょう」
「今日からでも?」
こんな都合が良い事があるだろうかと僕は思いながらも、弟妹に繋がる両の手をぎゅっと握って女性の顔を仰ぎ見た。
「もちろん。小さな職人さんが満足できるように努めるわ」
「僕もっ!」
「俺もっ!」
僕たちの話を聞いていたのだろう。一緒に身を寄せ合って暮らしていた仲間たちが声を上げる。
ご飯が食べられるなら、ひもじい思いをしなくて済むなら、これが夢でもいいと思っていた。
ガラリと扉が開く。
「おい小僧ども、青石が足りねぇ。あと、粒を揃えてくれ。このくらいのが8袋だ」
「一袋25粒ですから、200粒ですね……この大きさだと……」
僕が職人の兄さんの話を聞いてる傍から、仲間たちが青と書いてある箱を選んでテーブルに運ぶ。近付いてきた妹が職人の兄さんから見本を受け取り、仲間たちに見せていた。
「これなら、昼までに出来る」
後ろで叫ぶ仲間の声に、職人の兄さんは喜色を浮かべる。
「助かった! じゃぁ、昼休憩後に受け取りに来るわ」
工房から出て行こうとする職人の兄さんを呼び止め、僕はスラスラと書いた発注書にサインを求めた。
「色は青、形は指定なので割増しです。数は8袋」
「あぁ、問題ねぇ」
職人の兄さんもスラスラとサインをする。引き換えの時に使う半券に僕のサインがあることを確認してもらって、この半券と引き換えだと説明して渡した。
「じゃあ、よろしくな」
「毎度ありがとうございます」
答えた僕に片手を上げて走り去るのを見届けて、僕も仲間たちと共に色石の選別作業に加わる。
あの炊き出しの時に僕たちの運命が変わった。
声を上げた仲間たちと共に屑石を磨き、色ごとに分けてまとめる。食事は朝来た時と帰る前の二回。帰りの食事が終わったら日給を貰う。
最初は耳を疑った。食事だけでなく日当まで貰えるのだ。しかも、仕事は子供にもできるような簡単な作業だ。
働けば食事と日当がもらえる。街に広がるのはあっという間だった。
職にあぶれた者たちが大勢いた。人が大勢集まり、役人たちが篩にかける。屑石を郊外から運ぶ者、屑石を洗う者、磨きをかける者、選別する者。それぞれの指導役に僕らが割り当てられた。
子供に指示されるのを嫌がる者もいた。それでも翌日になれば、誰もが仕事場へ戻ってくる。その頃のこの街では、食事と日当がもらえるということが、それほど切実だった。
日当を貰うものが増えれば、店が出来、街は以前の活気が戻ってきた。職人たちも仕事があると噂を聞き戻ってくる。
それでも、僕たちの仕事は変わらなかった。
色ごとに分ける箱には文字が書かれていて、入れる箱を間違わないように文字を覚えた。個数を数えるために数を覚えて、職人にスムーズに渡せるよう袋に同じ数だけ詰めるようにすれば、全体の数が分かりやすくなった。
次第に慣れてくれば、独立して人を集める者も出てきた。だが、郊外に擦れられた屑石の山は、いつの間にか領主様預かりになっていて、そこから屑石を持ちだすには許可が必要になっていた。許可第一号は僕たちの工房だ。領主の代理人の方から認定証を授与され、工房に掲げてある。その時は、工房の全員が晴れがましく笑っていた。
そう。僕たちの仕事場は色石工房と呼ばれるようになっていたのだ。何故か僕が工房長と呼ばれ、周囲の人たちから一目置かれていて、妙に気恥ずかしい。
工房長に任命された夜は、弟妹と三人で街の中のレストランで食事をした。レストランの硝子に映る僕たちは、襤褸切れを纏った孤児じゃない。一張羅に身を包んだ幸せそうな家族だった。
その翌日は、仲間たちと酒場でバカ騒ぎをしてしまい、しっかり者の妹から大目玉を食ってしまったが……それもそれでいい思い出だと思う。
そう、妹はしっかり者で数字に強かった。計算が早く、帳簿というものを覚えて収支を職人ギルドに報告できるようになっていた。
収支が分かれば、利益を算出でき、過不足なく納める税金の額を計算できる。税金を納めれば、この仕事を斡旋してくれた領主様の奥方、イヴォンネ様に恩返しができる。なにより、あの時の僕たちのような飢えた子供が居なくなるのだ。
どうすれば売上を、利益を上げることができるか。日々仲間たちと話し合っていた。
その話し合いの場に弟は居ない。
弟は領都の学問所で、勉学に励んでいた。魔法学院に行って、色石を更に鮮やかにするための魔法を開発してくると野望を口にしていたのだ。こないだ届いた手紙には、難しいが頑張ると書いてあった。
弟が色石を鮮やかに出来るようになれば、この工房も更に忙しくなるだろう。
それが楽しみだと思いながら、今日も僕は屑石を磨いて選別していた。
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聖暦890年某日。
鉱山都市に派遣したデザイナーの叔母から手紙が届いた。どうやら宝飾職人たちとともに、小粒の宝石を磨き、台座の上に敷き詰める装飾品が出来たらしい。手紙と共に届けられた箱の中には、試作品だというブローチが収められていた。
不揃いのカラフルな小粒の宝石が、陽の光に煌めく。そこには、先祖代々続くような粒の大きな宝飾品とは趣の違う美しさがあった。
小さな絵画のようなブローチ。モザイク柄のそれは花の模様にも見えた。
このブローチを王都にあるカレイド商会の宝飾店【ブルーム】のショーウィンドウに飾ろうと手配する。店の名前が花、お誂え向きだ。
叔母には、同じような花のブローチを多数作るよう依頼する。出来上がったブローチを宝飾店の店員に身に付けさせれば、目を引くだろう。店頭に並べて販売するのもいいだろう。
花の意匠であればデザインは問わない。叔母の自由にさせれば善きに取り計らってくれるに違いない。
そして、職人たちが慣れたところで、私の夜会用の揃いの装飾品を作らせる。例の布で作ったドレスに合わせるため、シンプルな物の方が映えるだろう。
その辺は後日叔母と打合せした方がいいかもしれぬ。叔母にお伺いでも立てておくか。
さて、今までにないデザインのアクセサリーだ。折角だから意匠に合わせた名前を付けたい。
そういえば、ブローチを見たヴィルベルト様が「石畳のようだ」と称していた。
石畳のような宝飾品。元は屑石だと思えばらしいかもしれぬ。
今は見慣れぬ装飾品が、いつか石畳のように見慣れたアクセサリーになることを願おう。
最初に声を上げてくれた小さな職人たちが、善き道を歩むことを祈る。
<イヴォンネの日誌より抜粋>




