第4話「豪華な鳥籠と絹の鎖」
柔らかな朝の光が重厚なベルベットのカーテンの隙間から差し込んでいる。
ルシアンはかすかな衣擦れの音とともにゆっくりと目を覚ました。
肌に触れるシーツは、これまで経験したことのないほど滑らかな絹で作られている。
沈み込むような寝台の弾力があまりにも心地よくて、かえって背筋に冷たいものを感じさせた。
ここは男爵家の隙間風が吹き込む冷え切った屋敷ではない。
天井には精緻なフレスコ画が描かれており、壁には美しい意匠のタペストリーが飾られている。
昨夜あてがわれたこの部屋は、公爵邸の中でも最上級の客室だった。
ルシアンは上体を起こして、羽毛の掛け布団をそっと胸元で握りしめた。
広すぎる空間が自分の存在の小ささを容赦なく浮き彫りにする。
暖炉ではパチパチと薪がはぜる音だけが静かに部屋を満たしていた。
部屋の隅には、見事な装飾が施された鏡台が置かれている。
その横には昨夜のうちに運び込まれた自分の小さな革鞄がぽつんと置かれていた。
みすぼらしいその鞄だけが、自分の過去を証明する唯一の品のように見えた。
扉の向こうから控えめなノックの音が響く。
「失礼いたします。お着替えをお持ちいたしました」
若いメイドの声とともに数人の使用人が静かに部屋へ入ってきた。
彼女たちの手には、真新しい衣服が幾着も丁寧に抱えられている。
ルシアンは寝台から降りて、冷たい床に素足を下ろす。
用意されていたスリッパを履く動作さえ見張られているような気がして息が詰まった。
メイドたちが手際よく衣服を長椅子の上に広げていく。
それはどれも最高級の生地で仕立てられた一級品ばかりだった。
深い夜空のような群青色のジャケットや純白の滑らかなシャツが並ぶ。
銀糸で細やかな刺繍が施された襟元が、光を受けて冷たく輝いている。
男爵家の全財産を売り払っても、このシャツ一枚すら買えないだろう。
その事実がルシアンの胸を鋭い刃のようにえぐった。
「こちらをお召しくださいませ。旦那様からのご指示でございます」
メイドの一人が感情の読めない声で一着の服を差し出す。
ルシアンは震えそうになる指先を隠して、ゆっくりとその服を受け取った。
手に伝わる生地の重みは想像以上だった。
なめらかな布地が指の間を滑り落ちていく感触がひどく恐ろしい。
これは単なる贈り物ではない。
公爵家の所有物であることを刻み込むための烙印なのだ。
ルシアンはメイドたちの静かな視線を背中に浴びながら袖を通す。
自分の体格に合わせて寸分違わず仕立てられていることに気づいて背筋が凍った。
いつの間に採寸などされていたのだろうか。
逃げ場のない檻の中に閉じ込められたのだと実感する。
首元までしっかりとボタンを留めると、細い首輪をはめられたような息苦しさを覚えた。
鏡の前に立つと、そこには見違えるほど立派な服を着た自分の姿がある。
しかし鏡の中の表情は死人のように青白く凍りついていた。
着飾られた人形のようで生きている人間の温度が感じられない。
「とてもよくお似合いでございます」
メイドの定型句のような言葉が虚しく空気を震わせた。
ルシアンは何も答えることができず、ただ伏し目がちに短く息を吐く。
使用人たちが一礼して部屋から退室していく。
重い扉が閉まる音が、牢獄の鍵をかけられた音のように響いた。
ルシアンはゆっくりと窓辺へ歩み寄って、重いカーテンを少しだけ開く。
ガラス越しに見えるのは、広大で手入れの行き届いた冬の庭園だった。
幾何学模様に刈り込まれた植え込みや、冷たい水を吹き上げる噴水が見える。
高い鉄格子の門ははるか遠くに霞んでいて、歩いて抜け出すことなど到底不可能だ。
空は薄暗い雲に覆われていて、今にも冷たい雨が降り出しそうだった。
ルシアンは窓枠に額を押し当てて目を閉じる。
ガラスの冷たさが火照った額から熱を奪っていく。
与えられた豪華な部屋も美しい衣服も、すべては自分を縛り付けるための鎖にすぎない。
クロードの冷たい灰色の瞳が脳裏に蘇る。
あの瞳に映っていたのは昔の幼馴染ではなく、ただの便利な所有物だった。
ルシアンは窓枠を掴む手に力を込めた。
関節が白くなるほど強く握りしめても、胸の奥の空虚さは少しも埋まらなかった。
鳥籠の中で羽をもがれた小鳥のように、ただ静かに日々をやり過ごすしかない。
凍りつくような寒さが、ルシアンの胸の奥底へ静かに降り積もっていった。




