第2話「沈黙の馬車と過ぎ去る景色」
石畳を叩く馬の蹄の音が、単調なリズムを刻んでいる。
ルシアンは豪華な馬車の座席で身を硬くしていた。
ベルベットのクッションは柔らかく、沈み込むような座り心地だ。
足元には毛足の長い厚い絨毯が敷かれている。
車内には香炉からかすかな花の香りが漂っていた。
だが、ルシアンの体は少しも温まらなかった。
窓の外を流れる景色が、少しずつ見慣れないものに変わっていく。
故郷の枯れ木が続く森はとうに過ぎ去っていた。
整然と区画された王都の美しい街並みが近づいてくる。
ルシアンの傍らには使い古された小さな革の鞄が一つだけ置かれている。
男爵家から持ち出せたのは、わずかな衣服と数冊の古い本だけだった。
留め具が錆びついた鞄は、この豪勢な空間の中でひどく浮いている。
公爵家から差し向けられた馬車は目を見張るほど立派なものだった。
御者も従者も表情を変えずにルシアンを迎え入れた。
その丁寧すぎる態度が、かえってルシアンとの間の深い溝を強調していた。
まるで壊れ物を運ぶような息の詰まる沈黙が続いている。
馬車が石畳の段差で大きく揺れた。
ルシアンは窓枠に手をついて細く息を吐いた。
ガラス越しに見える空は、先ほどよりも濃い鉛色に染まっている。
これから向かう場所が自分の新しい牢獄になるのだ。
借金の代償として差し出された身である。
公爵の気まぐれな慰み者として扱われる未来しか見えない。
あるいは体面を保つための飾りの配偶者として、息をひそめて生きていくのか。
ルシアンは膝の上で両手をきつく組み合わせた。
指先が冷たくかじかんで、爪の先が白くなっている。
公爵邸での生活を想像するだけで背筋が凍るような感覚があった。
相手はあのクロードだ。
幼い頃は言葉を交わさずとも互いの思いが通じ合っていたはずだった。
ともに泥だらけになって野原を駆け回った記憶が蘇る。
しかしルシアンが送った何通もの手紙は、一度も返事がないまま途絶えた。
最後の手紙を出してから、もう何年が経っただろうか。
彼はもう自分のことなど忘れてしまったのだろう。
ただ手頃な身売りの貴族として目に留まっただけなのだ。
過去の思い出にしがみつくのは滑稽で惨めなだけだ。
馬車の速度がゆっくりと落ちていく。
高くそびえる鉄格子の門が窓の外に見えてきた。
門番たちが一斉に姿勢を正して、重厚な扉がゆっくりと開かれる。
敷地内に続く白亜の道は、どこまでも広く冷たい輝きを放っていた。
手入れの行き届いた庭園には色鮮やかな冬の花が咲き誇っている。
馬車が車寄せで静かに停車した。
外から扉を開ける金属音が響いた。
ルシアンは姿勢を正して、深く息を吸い込む。
乱れた前髪を指先でそっと整えた。
覚悟を決めるように一度だけ目を閉じる。
そしてゆっくりと外の世界へ足を踏み出した。




