第12話「氷解する心と不器用な誓い」
ルシアンの目から再び涙があふれ出した。
視界がひどくにじんでクロードの顔がうまく見えない。
今まで自分が抱えていた絶望は、彼が背負っていた孤独と後悔に比べればどれほどのものだっただろう。
手紙の束を抱えるルシアンの腕から、力がすっと抜け落ちる。
手紙が床に散らばりそうになるのを、クロードが素早く大きな手で受け止めた。
彼はそのまま手紙を執務机の上に置き、ルシアンに向き直る。
そして、震えるルシアンの細い肩を両腕でそっと包み込んだ。
不器用で、少しだけ力加減のわからない硬い抱擁だった。
だがそこには間違いなく、十年分の空白を埋めようとする切実な熱があった。
「……すまなかった。迎えに行くのが遅くなって」
耳元で響く声は微かに震えていた。
ルシアンはクロードの広い胸元に顔を埋める。
軍服の冷たい生地越しに、力強い心臓の鼓動がはっきりと伝わってくる。
「政略結婚の申し入れなど、方便に過ぎない」
クロードの大きな手が、ルシアンの背中をゆっくりと撫でる。
「お前の家の負債を全て俺が買い取れば、親族も借金取りもお前に手出しはできない。絶対に安全な場所へ隠したかった」
「慰み者として、私を買ったのではなかったのですか」
ルシアンがくぐもった声で尋ねると、クロードの腕の力がわずかに強くなった。
「ばかなことを言うな。俺は、お前を取り戻すためだけに公爵家の実権を奪い取ったんだ」
その言葉の重みに、ルシアンは小さく息を漏らす。
豪華すぎる部屋も、サイズが完璧に合っていた上質な衣服も、美しい細工のガラスのペンも。
全てはルシアンを自分の手元に置き、最高のものを与えたいというクロードの不器用な愛情表現だったのだ。
「だが、俺は十年も戦場と権力闘争の中にいた。どうやってお前に優しく触れればいいのか、わからなくなっていたんだ」
苦渋に満ちた告白だった。
冷徹な権力者として振る舞い続けるうちに、彼は大切な相手への接し方さえ忘れてしまっていたのだ。
ルシアンはゆっくりと顔を上げた。
涙で濡れた頬を、クロードの親指が優しく拭っていく。
剣だこができた荒れた指先の感触が、彼がこれまでくぐり抜けてきた過酷な時間を物語っていた。
「クロード」
十年間、一度も口に出すことのなかった名前を呼ぶ。
クロードの肩がかすかに跳ねた。
「もう、どこにも行きません。私は、ずっとあなたのそばにいます」
ルシアンが静かに微笑むと、クロードの灰色の瞳がわずかに揺らいだ。
彼はルシアンの顔を両手で大切に包み込み、祈るようにその額に静かに唇を落とした。
長く冷たかった冬が終わり、二人の間にようやく温かな春の陽差しが降り注いでいた。




