第10話「秘密の書斎と色褪せた封筒」
夜会の翌日。
公爵邸は静かな午後の時間を迎えていた。
ルシアンは初老の執事に案内されて、西棟の最奥にある書斎へと足を運んでいた。
クロードから直接話があると呼ばれたのだ。
重厚なマホガニーの扉が静かに開かれる。
中には壁一面を覆い尽くすほどの書棚と、見事に磨き上げられた執務机が置かれていた。
「旦那様は間もなくお戻りになられます」
執事が深く一礼して退出すると、部屋にはルシアン一人だけが残された。
書斎の空気はひんやりと澄んでいて、古い紙とインクの匂いがかすかに漂っている。
ルシアンは緊張で少しだけ乾いた唇を舐めた。
昨夜の夜会での出来事が何度も頭をよぎる。
自分を守るように背後に庇ってくれた、あの広く力強い背中と低い声。
しっかりと繋がれた手から伝わってきた熱が、今も右手の中に残っているような気がした。
彼が何を話すつもりなのか見当もつかない。
ルシアンは落ち着かない様子で、部屋の中をゆっくりと歩き回った。
高い窓から差し込む冬の柔らかな日差しが、床に敷かれたペルシャ絨毯の模様を浮かび上がらせている。
ふと、執務机の上に置かれた見慣れない木箱に目が留まった。
細やかな彫刻が施されたその箱は、蓋が半分だけ開いた状態になっている。
公爵の私物を見てはいけないと頭では分かっていた。
しかし、木箱の隙間から見えたかすかな色彩が、どうしてもルシアンの目を惹きつけて離さなかった。
足音を忍ばせて大きな机に近づく。
覗き込んだ箱の中には、古い封筒が束になって大切に収められていた。
ルシアンの呼吸がふいに止まる。
一番上に置かれた封筒の表面。
そこに書かれた拙く震えるような文字は、間違いなく幼い頃の自分が書いたものだった。
宛名にはクロードの名前が記されている。
ルシアンは震える手をゆっくりと伸ばした。
指先が古い紙のざらついた質感に触れる。
次々と封筒をめくっていくと、下にあるものほど紙が新しく、筆跡も少しずつ成長しているのがわかった。
最後に出した手紙まで全てがそこにある。
封が切られているものもあれば、未開封のままのものもあった。
中には、幾度となく指先でなぞられたのか、紙の端が柔らかく擦り切れているものもある。
『なぜ、これがここにあるの』
ルシアンの胸の奥で激しい動悸が打ち始める。
手紙は全て捨てられていたと思っていた。
読まれることもなく無視されたのだと信じ込んでいた。
しかし目の前にあるのは、何よりも大切に保管された自分の言葉たちだ。
木箱の底には、小さな乾燥した花が数輪敷き詰められていた。
それはルシアンが故郷の森で好んで摘んでいた花だ。
今は自室の窓辺に毎日飾られているあの花だった。
視界が急にぼやけていく。
胸が強く締め付けられるように痛い。
ルシアンは手紙の束を胸に抱きしめた。
ポロポロと止めどなく涙があふれ落ちて、古い封筒の端に小さな染みを作っていく。




