表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説 北条時宗 護国の盾 1251-1284  作者: 山田 誠一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

最終章:防壁と嵐

弘安七年(1284年)四月四日。

出家の儀式を終え、法名「道興」となった北条時宗は、鎌倉の瑞鹿山円覚寺の奥深く、静まり返った方丈の寝所に横たわっていた。

すでに呼吸は浅く、視線は宙を彷徨っていたが、その表情は不思議なほどに穏やかであったという。


三十四年の生涯であった。

現代の感覚からすれば、あまりにも短い。しかし、彼が駆け抜けたその歳月は、普通の人間の一世紀分にも相当する密度と重圧に満ちていた。

幼くして北条の嫡流という宿命を背負わされ、身内を斬り、天下を二度も襲った大陸の巨獣と対峙し、最後は国を救った英雄でありながら御家人たちの怨嗟を一身に浴びた。

彼がもし、あと少しでも弱い男であったなら、日本という国は十三世紀の段階で、地図から消し去られていたかもしれない。


臨終の間際、時宗の耳には、幻の音が聞こえていたようである。

それは、かつて自分が幾度も立ち尽くした、由比ヶ浜の荒波の音であった。あるいは、博多の浜辺で鳴り響いたてつはうの轟音や、肉親の悲鳴であったかもしれない。

しかし、それらの雑音は、枕元で静かに読経を続ける無学祖元の声によって、次第に洗われていった。


「莫煩悩(煩悩することなかれ)」

かつて老僧がくれた言葉が、時宗の魂の底に沈殿していく。

天下を治めるための「鬼の目」は、今や完全に閉じられ、そこには一人の静かな男の顔だけが残されていた。

時宗は、最期の力を振り絞るようにして、傍らにいた貞時の手を微かに握り返した。そして、静かに息を引き取った。

享年、三十四。


偉大すぎる執権の崩御の報せが鎌倉の街を駆け抜けたとき、武士たちも、庶民も、結果として彼を恨んでいた者たちでさえも、一様にその死を悼み、巨星の失墜に涙したという。安達泰盛も平頼綱も、その遺骸の前で深く平伏し、時宗が遺した「日本」という名の重みを噛み締めていた。


時宗の死後、鎌倉幕府は彼の遺志を継いだ貞時の元で、なおも続いていくこととなる。

三度目の蒙古襲来は、ついに起こらなかった。大陸の皇帝クビライもまた、時宗という硬骨漢が統べる島国の、底知れぬ執念に恐れをなしたのかもしれぬ。また、時宗が築かせた「元寇防塁」は、その後も百年にわたり、西国の海を睨みつける絶対の防壁として機能し続けた。


時宗が眠る円覚寺の境内には、今も静かな風が吹き抜けている。

彼が命をかけて守り抜いたこの国は、その後も幾度もの戦乱と平穏を繰り返しながら、現代へと繋がっている。

歴史という名の大河の流れのなかで、北条時宗という男が残した足跡は、決して色褪せることはない。彼は、ただ己の義務に忠実であり続け、時代の嵐を一身に受け止めた、坂東武者の真の象徴であった。


(『護国の盾』全十章・完)

コメントや評価、レビューよろしくお願いします。とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ