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ファミリーイレブン〜コンビニごと転生した俺が、現代インフラの暴力で社交界の常識をひっくり返す〜  作者: 桜木まくら


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第七話『マーチャンダイジング』

『マーチャンダイジング』

 消費者が欲している商品を、適切な数量、適切な価格、適切なタイミングで提供する。 


 一見するとスマートなビジネス用語だが、その実態は、めまぐるしく変わる人間の欲望と、一分一秒を争う物流との終わりなき泥仕合であった。


 店長にとって、前世のコンビニ店長時代はまさにその泥仕合の最前線だった。


 日々、来店する客たちの気まぐれな注文や流行の移り変わりにアンテナを張り巡らせるだけでは、店長は務まらない。本当に恐ろしいのは、背後に潜む敵『本部』から容赦なく送りつけられる特大のイベントノルマだった。


 年末が近づけばクリスマスケーキの予約枠を詰められ、年が明ければ大量の恵方巻の展開に追われ、バレンタインだの何だのと年中行事のたびに理不尽なまでの発注数を要求される。


 ……あの、年々上がっていく売上ノルマを設定されながら、絶対に廃棄は出すな、機会損失も起こすな、と迫られる日々に比べれば……


 店長はフッと、誰にも気づかれないほど小さく口元を歪めた。


「ちょっと店長! 本当に、本当に大丈夫なんですか!? あのシャルロッテ様と『パートナー』だなんて大口叩いちゃって!」


 シャルロッテたちが嵐のように去った後の静かな店内で、ナズナがレジカウンターを挟んで頭を抱えていた。


 そこへ、イートインスペースで事の顛末をすべて盗み聞きしていた常連客のロイが、信じられないものを見る目でノートを握りしめたまま詰め寄ってくる。


「そうだぞ店長! いくらなんでも相手は『創設の四名家』、ヴァルハイト家だぞ!? 今回の件は完全に中央のど真ん中の政争だ。もし失敗でもしたら、この店が取り潰されるだけじゃ済まないぞ!」


 無理もない。シャルロッテが持ち込んできたのは、お披露目パーティという国家規模の政治の舞台。


 しかも、3日後に250人分の料理を、すべて同じ品質、同じ味で、寸分狂わぬタイミングで提供しろという、異世界の常識では完全に詰みの難題だった。


 だが、店長はいつもの死んだ魚の目のまま、手元のタブレットを静かに操作するだけだ。


「……ナズナ、それにロイ。お前ら、商売で一番恐ろしいのが何か分かるか?」


「え? ええと、怖いお客さん……ですか?」


「競合のデカい商会、あるいは政治的な圧力とかか?」


 記者らしいロイの推測を、店長は一蹴した。


「違う。一番怖いのは、需要の予測が外れて、仕入れた商品がゴミになることだ」


 店長は死んだ魚の目を少しだけ細め、淡々と語りかける。


「今回のシャルロッテからの依頼はどうだ? 『3日後』という確定した日付。そして『250人分』という確定した数量。これ以上ないほど、完璧な予測データだろ。『本部』が仕掛けてくる、売れるかどうかも分からねえ気まぐれな季節イベントに比べりゃ、日付と数が最初から指定されてる分、むしろイージーゲームなんだよ」


「い、イージーゲームって……店長、250人分だぞ!?」


 ロイが声を裏返した。


 新聞記者としてこの街の流通も見てきた彼だからこそ分かる。この短期間で、同じ質の食材をそれだけの数集めるなど、街の市場をひっくり返しても物理的に不可能なのだ。


 この世界のどんな知恵を絞ったところで、解決策など浮かびようがない。


「貴族様の料理なんて、どうやって用意するんですか……?」


 ナズナが不安そうに、けれどどこか縋るように店長を見上げる。


 店長はただ、タブレットの画面を見つめながら、前世のコンビニ店長としての不敵な微笑みを、静かに浮かべていた。




―――




 シャルロッテがその気高い指先で強く押し込んだのは、『借金』の実行ボタンだった。


 店長が握るタブレットの画面が、警告めいた鮮烈な『赤字』で埋め尽くされていった。マイナス表記の羅列。見ているだけで胃が痛くなりそうな、天文学的な数字の赤。


 前世のコンビニ店長時代から、店長にとって『赤字』とは絶対に避けるべき悪魔の数字だった。毎月の利益、発注のロス、本部に睨まれる数字の帳尻合わせ。常に黒字という薄氷を踏み、細心の注意を払って店舗を維持してきた。


 だが、限界を超えた巨額の赤字が画面を埋め尽くした瞬間――店長の脳内で、何かのタガが音を立てて外れた。


「……ハッ。他人の金、しかも大貴族の命運を担保にした借金で殴り合うビジネスか。ゾクゾクするじゃねえか」


 店長の目が、完全に据わっていた。死んだ魚の目に怪しい光が宿り、口元が不敵に吊り上がる。これ以上ないほど投資ハイの状態に陥った店長は、猛烈な勢いで画面をタップし始めた。

 

 画面の青白い光と、それを侵食する赤字の光が、狂ったようにカタカタと指を動かす店長の顔を不気味に照らし出す。そのただならぬ威圧感に、ナズナとロイは引き気味に身をすくめた。


「おい、新聞記者」


 店長は画面から目を離さないまま、低い声で鋭く指示を飛ばす。


「お前の裏のコネを全部使え。3日後のお披露目パーティに来る貴族どもの年齢層、男女比、今の中央のトレンド、好みの味のデータを明日の朝までに死ぬ気でかき集めてこい」


「おいおいおい、店長!? 俺は記者であって商会の回し者じゃ――」


「ビジネスだ。これ以上ない特大のスクープを最前線で見たいだろ。データがなきゃ勝てねえ。行け」


「くっ、そのキマった目で凄まむんじゃねえよ! 分かった、行ってやりゃあいいんだろ!」


 ロイは店長のただならぬ気迫に気圧され、ノートを握りしめて慌てて店を飛び出していった。店長は間髪入れずに、今度は背後で震えている店員へ振り返る。


「ナズナ。明日までにバックヤードの棚を全部端に寄せろ。床を限界まで空っぽにして、埃一つ残さず磨き上げろ」


「ええっ!? 料理を作るんですよね!? なんで倉庫の大掃除なんですか!?」


「いいからやれ。お前にこのパーティの命運がかかってる」


「ひゃ、はいっ!」


 ナズナも泣きそうな顔でモップを掴み、バックヤードへと走り出した。


 さらに店長は自動ドアを出ると、いつもコンビニの駐車場で焚き火をし、ダラダラとたむろしていた常連の冒険者パーティの元へ歩み寄った。


「おいお前ら、今日からここでの野営は一切禁止だ。テントを畳んで今すぐ荷物をまとめろ」


「ええーっ!? なんだよ店長、ここで食うカップ麺と夜明かしが冒険の後の最高のルーティンなのに!」


「そうだぞ、俺たちの憩いの場を奪う気かよ!」


 ブーブーと文句を垂れる荒くれ者たちを、店長は冷徹に見下ろす。


「明日の朝までに、ここを『一等地』に作り変える。文句があるなら明日の朝、もう一度来い」


 有無を言わせぬ言葉に、冒険者たちは首をすくめて撤退していった。




 ――そして、翌朝。




 徹夜で街中の人脈をひっくり返し、ヨレヨレの書類を抱えて戻ってきたロイ。バックヤードをピカピカに磨き上げ、目をこすりながら店から出てきたナズナ。そして、本当に一等地になるのかと半信半疑で文句を言いに戻ってきた冒険者たちが、店の前に集まった。


 だが、彼らはファミリーイレブンの敷地を一瞥した瞬間、全員が言葉を失い、文字通りアゴが外れるほど驚愕した。


「……な、なんだこれ……ここ、本当にあのコンビニなのか……?」


 ただの広い石畳で、泥臭い冒険者たちが雑魚寝していたはずの駐車場が、一晩にして、見たこともないほど洗練された木製のテラス席と、真っ白なパラソルが立ち並ぶ『オープンカフェ』へと完全変貌を遂げていたのだ。

 

 250人分の均一な料理を用意するという目的からは、あまりにもかけ離れた謎の改装。しかし、店長の頭の中では、3日後の戦場に向けた計画の歯車が、すでに狂いなく、噛み合い始めていた。


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