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ファミリーイレブン〜コンビニごと転生した俺が、現代インフラの暴力で社交界の常識をひっくり返す〜  作者: 桜木まくら


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第四話『機会損失』

 夜の静寂を破るように、ファミリーイレブンの自動ドアが滑らかに左右へと開いた。


『ピンポンパンポ〜ン』


「いらっしゃいませ〜! あっ、ロイさん、こんばんは!」


「ナズナちゃん、こんばんは! 店長、見てくれよ、これ!」


 軽妙な電子音と同時に飛び込んできたのは、首から大きな革鞄を下げた青年――『週刊・リンデン通信』の発行主であり、自称・街一番の敏腕記者であるロイだった。彼はこれ以上ないほど目を輝かせ、レジカウンターへ勢いよく刷り上がったばかりの新聞を叩きつけた。


「この前出させてもらったファミリーイレブンの記事、めちゃくちゃ街の連中に大ウケなんだよ!」


 手柄を誇る子犬のように胸を張るロイに対し、レジの奥で頬杖をついていた店長は、死んだ魚のような三白眼をパチリと一つ動かしただけだった。


「……うるさい。夜中だぞ、静かにしろ」


「おっと、すまねぇ。でも本当に凄い反響なんだって! そこで次は『謎の店長と、健気な看板娘の素顔に迫る!』っていうインタビュー特集で行こうかと! さあ店長、まずはその死んだ魚の目になった経緯からじっくりと――」


「断る」


 店長は手元のダスターでカウンターを拭きながら、秒で一蹴した。


「ええっ!? なんでだよ! 店の宣伝にもなるんだぜ!?」


「うちはただのコンビニだ。変に目立って客が押し寄せたら、商品の補充も発注も追いつかなくなる。第一、取材なんて受けてたら仕事にならん」


「そんな殺生なー!」


 ロイはガクンと肩を落としたが、ここで引き下がるようではリンデンの貧乏新聞記者は務まらない。すかさず、店内の隅にあるイートインスペースの丸椅子へと滑り込んだ。鞄から手慣れた手つきで羊皮紙のネタ帳と羽根ペンを取り出し、不敵な笑みを浮かべる。


「分かったよ、店長! インタビューがダメなら、俺はただの客としてここに居座る。もちろん、営業の邪魔にならないよう、隅っこで静かに見学させてもらうぜ。これなら文句ないだろ?」


「……チッ、ちゃんと静かにしてろよ」


 店長は深くため息をついたが、それ以上ロイを追い出すことはしなかった。 


 静けさが戻った店内で、ロイはイートインの丸椅子に腰掛け、店長の顔色をうかがいながら羽根ペンを走らせていた。


『ピンポンパンポ〜ン』


 自動ドアが開いて入ってきたのは、いかつい男だった。あちこちに小さな傷や焼き焦げの痕が刻まれた無骨な両手は、いかにも数々の修羅場をくぐり抜けてきた凄腕の風格を漂わせている。男は大きなため息をつきながら、レジカウンターにのしかかった。


「店長、すまねえが、12番を一つ」


「はいよ。ナズナ、12番の『ヒールハーブ・ストロング』取ってくれ」


「はーい!」


 店長に言われ、ナズナが手慣れた手つきでレジ後ろのキャビネットから指定のパックを抜き取り、男へと手渡した。


 この店の薬草は、従来の「傷口に塗り込む」「苦い汁を煎じて飲む」といった医療目的だけでなく、その香りを吸い込み、精神を落ち着かせる『嗜好品』としてパッケージ化されていた。


 効能の強さやフレーバー違いで100近くに及ぶラインナップから、客たちは自分のお気に入りの薬草の番号を暗記して買い求めるのだ。もちろん、いざという時はそのまま傷に擦り込んだり、口に放り込んで緊急の気付け薬にすることもできる。


「へぇ、アントニオの旦那も12番か。なぁ店長、この薬草棚、今やギルドのイケてる冒険者たちの間じゃステータスにすらなってるんだぜ? 張り詰めた討伐帰りにここでお気に入りの薬草をスマートに頼むのが、格好いい男のルーティンってわけだ。本当、よくこんな商品を思いついたよな」


「何言ってんだ。この棚が出来たのは、そこにいる『雑草売り』の功績だぞ。なぁ、ナズナ」


「えっ!? わ、私ですか!?」


 唐突に名前を挙げられ、『雑草売り』こと、ナズナはハニーオレンジの髪を揺らしてパッと顔を赤くした。両手をぶんぶんと振って照れるナズナの姿を見ながら、店長の脳裏には、数ヶ月前の記憶が静かによぎっていた。


 ようやくコンビニが軌道に乗ってきたあの頃。ガリガリに痩せたボサボサ頭の少女――ナズナが店に迷い込んできた。


 幼くして両親をなくした彼女は、お金を稼ぐ手段も知らず、生きるために道端の雑草をむしっては、「雑草はいかがですか?」と道行く人に売るという、明日の命も知れない極限の生活を送っていたのだ。


 周囲の人間が誰も価値に気づいていなかった雑草の中の薬草。毎日必死に地面を這いつくばって草を集めていたナズナがいなければ、この100種類の薬草棚は絶対に存在していなかった。


 店長がそんな回想に目を細めていると、ロイが猛烈な勢いで身を乗り出してきた。


「おいおいおい店長! なんだよその最高に泣けるバックストーリーは! 詳しく――」


 ロイが鼻息荒く羽根ペンを構えた、その瞬間だった。


――パチン!


 店内に小気味いい音が響き渡った。


 イートインスペースを見れば、薬草を親指と中指に挟んだアントニオが、指を鳴らす要領でそれを弾いたのだ。


 衝撃で薬草が弾けた瞬間、鼻腔を突き抜けるような、凝縮された薬草の奥深い渋みとかすかな柑橘の香りが、レジ前に一気に広がった。


 アントニオは目を細めてその極上の香りを深々と吸い込み始めた。張り詰めていた肩の力を抜き、「――フゥ」と満足げに長い息を吐き出していく。


 そのいかつい佇まいと、漂う薬草の香りに気圧され、ロイは言葉を詰まらせてペンを止めた。


「ふぅ……生き返るな。張り詰めていた脳が一瞬でほぐれるようだ……それで店長、話の途中ですまないが、何か美味い弁当でも残ってないか? 胃袋の方が限界なんだ」


「でもアントニオさん、こんな夜遅い時間にお店にいらっしゃるなんて珍しいですね? いつもはお昼過ぎにしか来ないのに」


「……聞いてくれよ、ナズナちゃん」


 いかつい顔をこれ以上ないほど情けなく歪め、アントニオは大きなため息をついた。あちこちに小さな傷や焼き焦げの痕が刻まれた無骨な両手で、がっくりと頭を抱える。


「家で妻が作ったスープの火加減に、つい余計な口出しをしてしまってね。『じゃあ食べなくていい!』って、夕飯抜きで家を叩き出されたんだよ……」


「それで、何かすぐに腹に溜まるものを、ってことか。お気の毒に」


「ああ、頼む。お腹と背中がくっつきそうだ」


「悪いな、今日は冒険者が多くてな、弁当はほとんど売り切れちまった」


 店長はそう言って、レジの向かいにあるガラス扉の冷凍ボックスを指差した。


「代わりに、そっちのケースの冷凍食品はどうだ。今夜の飢えを凌ぐには十分だろ」


「おいおい店長、冗談だろ?」


 アントニオは冷凍ケースの奥から、半信半疑でカチコチに凍った『特製炒飯』の袋を取り出した。


「これは氷漬けの飯じゃないか。こんな冷たい塊が美味いわけ――」


「アントニオさん、お預かりしますね! 魔法の箱で『チン』します!」


 ナズナが手際よく袋に少し切れ目を入れ、レジ裏の電子レンジに放り込んでボタンを押す。


 ブーンという駆動音の後、『チン!』と軽妙な音が響いた。


「はい、出来上がりです!」


 手渡された袋を持った瞬間、アントニオはいかつい顔を見開いた。


「……熱い!? バカな、外側だけじゃない、完全に芯まで熱が通っている……!」


 袋を開けた瞬間、店内にブワッと広がったのは、香ばしい焦がし醤油と、ラードの甘い風味、そして黄金色の卵の香り。


 アントニオはイートインスペースの丸椅子に駆け込み、スプーンで炒飯を口に運んだ。


「――っ!?」


 咀嚼した瞬間、男の身体が硬直する。

 店の隅で、ロイが「お、アントニオの旦那の品評が始まるぞ」とニヤニヤしながら羽根ペンを構えた。


「米粒が……一粒一粒、完璧に油でコーティングされている……! 水分が飛びすぎず、それでいて絶妙なパラパラ感だ。具材の肉の旨味の閉じ込め方、小ネギの絶妙な歯ごたえ……おい店長、これはどこの料理人が作ったものだ……!?」


「いや、それ、工場で機械が自動で作って凍らせたやつだから」


「何を言っているか分からん、だが……美味い、美味すぎる……!」


 アントニオはぶつぶつと悔しそうに呟きながらも、本能には逆らえずガツガツと炒飯を貪り食っていく。ロイは「【悲報】アントニオ、ファミリーイレブンの『冷凍炒飯』に完敗」と、嬉々としてノートに文字を書き殴っている。


「ふぅ……生き返った。悔しいが、私の負けだ。家を追い出されて絶望していたが、まさか城壁の外で、これほど完璧な温かい料理に出会えるとはな」


 アントニオはすっかり満足した顔で、空になった袋をゴミ箱に捨て、店を後にした。


「ありがとよ、店長、ナズナちゃん。明日からは妻の料理に余計な口出しをするのはやめるよ」


 ドアが閉まり、静けさが戻った店内で、ナズナはすっかり空っぽになったお弁当の棚を見つめた。いつもなら深夜でもギッシリ並んでいるお弁当が、珍しく一つ残らず綺麗に売り切れていたのだ。


「店長、今日は本当によく売れましたね!」


 ナズナは空っぽの棚を誇らしげに見つめながら、素朴な疑問を口にした。


「いつもは夜中になると、ほぼ決まった数のお弁当が余っちゃうじゃないですか。毎日、今日みたいにぴったり売り切れるように『はっちゅう』の数を減らせば、もったいなくないし、お店も損をしないんじゃないですか?」


「確かに。最初から売れる分だけ並べときゃ、損しないじゃん」


 だが、店長は手を止め、死んだ魚の目のまま二人を見据えた。


「いいか、それは素人の考え方だ。経営側から見れば、今日みたいに棚がスカスカになるのは『大失敗』なんだよ」


「えっ!? 大失敗ですか? 全部売れたのに?」


「ああ。もし、今からアントニオみたいに腹を空かせた冒険者の団体が来たらどうする? 棚がこれじゃ、あいつらは何も買えずに帰るだろ。一度スカスカの棚を見た客は、『あそこは夜中に行っても何も無い店だ』と学習する。そうなれば、二度と夜中にうちの店に足を運ばなくなるんだ。これを専門用語で『機会損失』っていう、目には見えない損失なんだ」


「……『機会損失』ですか」


「常に棚を魅力的に保ち、いつ、どんなに遅い時間に客が来ても、選べる安心感を提供する。それがコンビニの存在意義だ。その信頼を維持するために出る一定の廃棄は、店全体の売上と客の信用を守るための、必要不可欠な『経費』なんだよ。今日みたいに綺麗に売り切れる日なんてのは、ただの偶然のイレギュラーだ。狙ってやっちゃおしまいなんだよ」


「……すげえ。そんな緻密な計算でこの店を回してるのか……!」


 ロイが感心した顔になり、猛烈な勢いで羽根ペンを走らせる。


「ま……現代じゃその綺麗事の裏で、本部の押し付ける数字のプレッシャーに耐えかねて、潰されていった店長も山ほどいたけどな……」


 自嘲気味に呟いた瞬間、店長の脳裏に、あの忌まわしい記憶がフラッシュバックした。


 ――72時間連続勤務の果て、深夜の事務所で意識が遠のいていく感覚。机の上で鳴り響く、自称女神からのしつこい電話。


 店長が小さく頭を振って記憶を振り払うと、ナズナはいつもの夜を思い出すように、レジの下にあるコンテナを見つめた。いつもなら、そこに賞味期限切れのお弁当がいくつも回収されているのだ。


「いつでも選べる安心感……でも店長、やっぱりいつもみたいに、まだ食べられるお弁当を捨てちゃうのはもったいないです……もしまたお弁当が余る日があったら、私がお腹を空かせている孤児の友達に配っちゃダメですか?」


「――ダメだ。それは絶対に許さん」


 店長の容赦のない拒絶に、ナズナはビクリと肩を揺らした。


「えっ……でも、みんな本当にお腹を空かせていて……!」


「いいかナズナ、タダで美味いものが手に入ると知ったら、その孤児たちは自分で生きる努力をやめる。それは彼らを自立から一番遠ざける行為だ」


 店長は、言葉を失って立ち尽くすナズナの目をじっと見つめた。


「噂は一瞬で広がる。次の日には10人、来週には100人の飢えた人間が店の裏口に群がるぞ。そうなった時、弁当が足りなくなったら……?  彼らは暴徒になって店やお前を襲うようになる……だから、廃棄はルール通り店内で処分する。お前がここで美味そうに食う分には、俺が責任を持ってやるから、それ以上は踏み込むな」


「店長……」


 ナズナは黙ってうつむいた。ただかわいそうだから、もったいないからという子供の純粋な善意が、時として最悪の結果を招くという経営者としての、そして大人としての冷徹な現実。ナズナは小さく「はい……」と頷き、店を経営する責任の重さを、その胸に深く刻み込んだ。


「いやぁ……深い。深すぎるよ店長……!」


 丸椅子から立ち上がったロイが、羊皮紙のノートをパタンと閉じ、大満足の顔で鞄にしまい込んだ。


「ただの魔導具店じゃねぇ、コンビニの経営ってのは、この世界のどんな大商会よりも冷徹で、開かれた合理性があるな! 面白い特集が組めそうだ! それじゃ、またちゃんとしたインタビューしにくるからな!」


「おい、勝手に記事にするなと言――」


 店長の制止も聞かず、ロイはいつもの缶コーヒーをポケットに突っ込むと、風のように店を飛び出していった。


『ピンポンパンポ〜ン』


 自動ドアが閉まり、深夜の店内に再び静寂が訪れる。


 店長はいつものだるそうな調子に戻り、唯一廃棄になったチキン南蛮弁当を一つ取り出すと、ナズナの前にポンと置いた。


「ほら、サッサと食え。今日は忙しくてお前も腹が減ったろ」


「わぁ……! ありがとうございます!」


 手渡されたお弁当を受け取り、ナズナはふっと表情を和らげた。電子レンジで温め直したチキン南蛮を美味しそうに頬張り、モグモグと咀嚼してから、太陽のような笑顔を店長に向けた。


「……でも店長。私、店長がそんな風に『いつ誰が来てもいいように』って棚をいっぱいにしてくれていたから……あの日、このお店に迷い込んで、救われたんです」


 あの日、泣きそうになりながら雑草の束を抱えていた自分に、温かいお弁当を差し出してくれた店長。タダで施すのではなく、自分の集めた草に正当な価値を与えて、仕事を作ってくれた店長。


「だから……いつでも棚がいっぱいなこのお店は、やっぱり世界で一番優しい場所だと思います!」


「……はいはい。お世辞はいいからサッサと食え。来週からは沖縄フェアだ。忙しくなるぞ」


「はいっ! 任せてください、店長!」


 ナズナの元気な声が、深夜のファミリーイレブンに響くのだった。

 

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