第二話『白銀騎士団』
『白銀騎士団』
紺青の地に、純白の剣。
城塞都市リンデンの領民で、その旗印を知らぬ者はいない。
都市の治安維持と防衛の要であり、精鋭のみで構成された高潔なる武力集団だ。彼らの規則正しい足音が大通りに響き渡るだけで、物陰のゴロツキたちは一瞬で蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
その精鋭たちを率いて先頭を歩む男の姿に、通りを行き交う人々は一斉に歓声を上げた。
「おい、アルベルト様だ!」
「今日もなんてお美しいの……!」
「あの方がいてくれれば、この街は絶対に安全だな!」
降り注ぐ太陽の光を全身に浴びて、眩いばかりに輝く白銀の甲冑。それを纏うのは、二十代半ばという異例の若さで騎士団長に上り詰めた天才、アルベルトであった。
鉄兜の隙間から覗くのは、彫刻のように整った涼しげな容貌と、確固たる意志を宿した美しい瞳。彼は民衆に向けて、これ以上ないほど爽やかで完璧な礼儀作法をもって、小さく手を振り返してみせる。その圧倒的なカリスマ性と王子のような佇まいに、若い女性たちが黄色い悲鳴を上げた。
だが、彼がリンデンの英雄と称えられるのは、その見栄えの良さゆえではない。一分の隙もない有能さと、冷徹なまでの判断力こそが、彼の真価だった。
その真価が試される瞬間は、突如として訪れる。
「団長! 南門前の街道にて魔獣が暴走し、入城を待つ商隊の馬車へ突撃を開始した模様です!」
「検問所より通達! 不審な商隊が提示した通行証に偽造の疑いあり! 現在、憲兵と押し問答になっています!」
「西の街道脇で急な崖崩れが発生! 巨大な倒木が道を完全に塞ぎ、流通がストップしました!」
防衛指揮所に飛び込んできた伝令兵たちが、息を切らしながら立て続けに叫ぶ。突発的に重なった三つの凶報。居合わせた騎士たちの間に一瞬の動揺が走った。
だが、アルベルトだけは眉一つ動かさなかった。
「――慌てるな。優先度の高い順に即時処理する」
アルベルトの視線が、まずは大剣を背負った大柄で筋肉質の部下へと向けられる。
「マルコは直属の二個小隊を率いて西門前へ急行、即座に魔獣を駆逐しろ。商隊の安全確保を最優先とし、被害を最小限に食い止めろ」
「ハッ! 団長、ここは俺にお任せを!」
筋肉質の部下が拳を胸に叩きつけ、地響きを立てて駆け出していく。アルベルトは間髪入れずに、今度は隣に控える涼しげな目元の女性騎士を見据えた。
「ブリジットは検問所へ向かえ。書類に鑑定魔法を行い、偽造と確定すればその場で即座に身柄を拘束せよ。ハンス副官は彼女のサポートをしつつ、事後の事務処理と連行手続きを統括しろ。リンデンの法を舐めるなと教えてやれ」
「了解いたしました」
「直ちに向かいます」
女性騎士が鋭い瞳を閃かせ、真面目そうな副官と共に迅速にその場を離脱する。
最後に残ったアルベルトは、自ら白銀の長剣を抜き放ち、残った騎士たちを振り返った。
「街道の落石は私が直々に向かう。力自慢を数名連れてこい。道を切り開くぞ!」
息を呑むほどの電光石火の采配。その頼もしさに、周囲の領民から地鳴りのような歓声が巻き起こった。
それからの一時間は、まさに白銀騎士団の独壇場だった。
南門前の魔獣は筋肉質の部下が振るう大剣によって瞬く間に一刀両断され、西門の街道に駆けつけたアルベルトは凄まじい闘気を込めた剣技の一閃により、街道を塞いでいた巨木を文字通り木っ端微塵に砕いてみせた。
検問所で捕らえられた密輸商人は、女性騎士と副官の手によって速やかに組み伏せられた。商人は引き立てられながら「最近は街道が物騒だから、まともな方法じゃ儲けが出ねぇんだよ!」と悪態を吐いていた。
すべての事件が完璧に解決を迎えた頃には、空はすっかり茜色に染まり、美しい夕日が城壁を長く引き伸ばしていた。
一日中、重い鉄の甲冑を纏って街中を駆け回り、巨岩を砕いた騎士たちの疲労はピークに達していた。張り詰めていた緊張が緩むと同時に、誰もが喉の渇きと、甲冑の内側で悲鳴を上げる体力の限界を感じ始める。
アルベルトは、揃って汗を拭う部下たちの様子を見渡した。
「――皆、実に見事な働きだった。今日の任務はこれで終了とする」
そう告げると、副官をはじめとする面々が、安堵のため息を漏らす。
「だが……これほど過酷な激務をこなしたのだ。このまま帰城しては、明日の任務に差し障る。団長として、勇敢な兵たちを労わねばならんな」
アルベルトはカチャリと音を立てて西の街道の先――夕闇がじわじわと這い寄り、冷え込み始めた暗い夜の入り口を指差した。
「これより、街道沿いにあるあの『ファミリーイレブン』に立ち寄る。そこで各自、存分に英気を養うがいい。……パトロールの一環だ、ついてこい!」
「「「ハッ!!」」」
先ほどまでの疲労はどこへやら、部下たちの返事は今日一番の鋭さと喜びを孕んでいた。
筋肉質の部下は早くも胃袋を鳴らし、女性騎士は冷たいショーケースの光景を思い浮かべて目を輝かせている。
こうして白銀騎士団は、『兵の労い』という完璧な大義名分を掲げ、夕暮れの街道を『ファミリーイレブン』へと向かって堂々と進軍を開始したのだった。
―――――――――
『ピンポンパンポ〜ン』
金属鎧をガタつかせ、一日中の激務でヘトヘトになった白銀騎士団の面々が、吸い込まれるように店内へとなだれ込んだ。
一歩足を踏み入れば、そこは影一つ残さぬほど明るく、床は白磁のように磨き抜かれた未知の空間。そして何より、甲冑の内側にこもった熱を優しく冷ましてくれる、心地よい冷気が彼らを迎えた。
買い物カゴを手に、副官ハンスは激務による胃痛と疲労を少しでも和らげるため、栄養補助食品の棚へと直行する。
「やはり、効率的な栄養補給にはこれが一番だ……」
彼が愛おしそうにカゴに入れたのは、銀色のパウチに入ったマスカット味のゼリー飲料。この過酷な騎士団の理性を保っているのは、間違いなくこの現代の化学の結晶だった。
続いて、女性騎士ブリジットが鎧の擦れる音を小さく響かせながら、涼しげな、しかし真剣そのものの眼差しで冷気漂うショーケースを見つめていた。
「……あったわ。本日の、私の戦利品」
彼女がそっと手に取ったのは、純白のホイップとカスタードがこれでもかと詰まった丸い洋菓子。シュークリームである。普段のクールビューティーぶりはどこへやら、その口元はすでに緩みかけていた。
そして、筋肉質の部下マルコが目を爛々と輝かせて店内を突き進む。彼が向かったのは、壁一面にガラス扉が並ぶ巨大な飲料品コーナーだった。
ずらりと並ぶ冷えた飲料の中から、迷わず、漆黒の液体が詰まった最大サイズのボトル――『コーラ 1.5L』を豪快に引っ掴んだ。
(ふへへ……これを、あのレジ横のガラスケースで保温されてる『からあげ殿下』と、細長い揚げ芋の『ポテト』と一緒にガツガツやるんだ……。熱々の肉汁を流し込んだところに、この冷えた黒い聖水を一気に喉に流し込む……ッ!)
脳内で完璧なジャンクのフルコースを完成させた彼は、じゅわりと溢れ出てきたヨダレを慌てて甲冑の籠手で拭った。早くあの美味い肉を注文したくてたまらない。
「おい、早くレジに行こうぜ! 俺、腹が減って限界だ!」
カゴに巨大なボトルを収め、レジカウンターへと歩み寄る。
――だが、そこで部下たちの足がピタリと止まった。
レジカウンターの前。そこには、夕刻の残照を編み上げたようなハニーオレンジの髪を揺らしながら、太陽のように明るく笑う看板娘――ナズナの姿があった。
「あ、アルベルト様! いらっしゃいませ~!」
ナズナがいつも通りの元気な挨拶を響かせた、まさにその瞬間。
正面には、街の女性たちを虜にするあの彫刻のようなイケメンフェイス――のはずだったが、その顔はすでにデレデレのフニャフニャに、見る影もなく完全崩壊していた。
「あぁ……ナズナどの……! 今日の笑顔も、深く暗い夜の街道を照らす至高の明星のようだ……。その声を聴くだけで、私の今日の疲れはすべて天へと昇華されていく……!」
「えへへ、ありがとうございます! アルベルト様もお仕事お疲れ様です!」
ナズナの純粋無垢な天然の返しに、アルベルトは「うぐっ」と胸を押さえて悶絶している。
「おい、見ろよ……。我が白銀騎士団が誇る、一刀両断の天才剣士のあのザマを……」
「いつものことだけど、本当にナズナちゃんの前だと鉄壁の防御力が皆無になるわね、あの人」
「ハァ……店員さんにあの限界っぷり。副官として頭が痛いですよ……」
カゴを抱えた部下三人が、遠巻きにリアルに引きながらヒソヒソと囁き合う。
しかし、アルベルトの限界化はそこでは終わらなかった。
レジの奥から、常に目つきが悪く、客を睨みつけるような鋭さを持った三白眼の店長がぬっと姿を現した瞬間、アルベルトの動きが引き締まった。
アルベルトは即座に背筋をピンと伸ばし、直立不動の姿勢をとると、ガチッと甲冑の音を響かせて完璧な騎士の敬礼を繰り出した。
「お義父さん! 今日もナズナどのの素敵な笑顔を拝見させていただき、誠にありがとうございます!」
「誰がお義父さんだ、変態団長」
店長の凍りつくような冷ややかなツッコミが、夜の店内に響き渡った。
「変態……っ!?」と物理的な衝撃を受けたかのようにのけ反る団長の背中を突っつくようにして、カゴを抱えた部下たちがぞろぞろとレジカウンターへ合流した。
「店長さん、お疲れ様です! あ、団長、精算まとめてお願いしやす!」
マルコが1.5Lの巨大なコーラをカウンターにドンと置き、レジのガラスケースを指差して目を輝かせる。
「あと、そこの『からあげ殿下』と『ポテト』を人数分! いや、俺の分は『フライドチキン』も追加で!」
「店長、申し訳ありません、うちの馬鹿が騒がしくて。……それはそれとして、こちらのシュークリームも一緒にお願いします」
ブリジットが真顔で、しかし大切そうに両手でシュークリームを差し出した。ハンスも胃を押さえながら、銀色のゼリー飲料をそっと差し出す。
部下たちの容赦ない便乗にも、アルベルトはふっと優しい聖母のような微笑みを浮かべ、腰の革袋から金貨の詰まった袋を取り出した。
「構わん、皆よく働いたのだ。今日の精算はすべて私が持とう。お義父さん、彼らの望むものをすべて包んでやってくれ!」
「おいナズナ、バーコード打て」
「はーいっ!」
ナオミに促され、ナズナが「ピッ、ピッ」と小気味よい音を立ててスキャナーを当てていく。その一挙手一投足、袋詰めの丁寧な手つきすら、アルベルトにとっては聖なる儀式のように神々しく映っていた。
「マルコ様、今日もたくさん食べて元気いっぱいで素敵です! ブリジット様、このシュークリーム、今週入ってきたばかりの新商品で、クリームがすっごく濃厚なんですよ! ハンス様も、お仕事大変そうですけど、これできっと元気になりますからね!」
「お、おう……! いつもありがとな、ナズナちゃん!」
「まぁ……そこまで言われたら、味わって食べなくてはね」
「ありがとうございます。ナズナさんの笑顔だけで、少し胃の痛みが和らぐ気がしますよ」
太陽のように周囲をパッと明るくするナズナの接客に、屈強な騎士たちの顔が自然と綻んでいく。
だが、その様子を横目で見ていた店長の三白眼が、鋭く光った。レジの画面に表示された合計金額を確認し、もう一押しの戦略を仕掛ける。
「おい、お前ら。一日中重い鎧着て歩き回って、頭も体もクタクタだろ。……そこにあるポップが見えねえのか?」
店長が顎でしゃくった先には、淹れたてのコーヒーが描かれた手書きのポップがあった。
「今なら、そのホットスナックのチキンや甘いシュークリームと一緒に、この『淹れたてコーヒー』をセットで買うと、コーヒー1杯につき、お会計から10マギ引きだ。チキンの油っぽさはコーヒーの苦味で綺麗に流せるし、甘い菓子の美味さは倍になる。ついでにカフェインで明日の仕事の集中力も上がる。どうする?」
「……な、何だと!?」
アルベルトがガタッと甲冑を鳴らして驚愕の声を上げた。
「淹れたてのコーヒーが飲めて、さらに10マギも安くなるというのか……!? さすがはお義父さん、なんという慈悲深さ……! よし、全員分のコーヒーも追加だ! アイスかホットかは各自の自由とする!」
「毎度。ナズナ、コーヒーのカップ人数分用意しろ」
「はーい! 皆さんの分のコーヒー、心を込めて淹れますね!」
ナズナが嬉しそうに専用のコーヒーマシンへと向かう。
店長は心の中で「よし、セット販売成立」と小さくガッツポーズを下した。
私情を挟んで金を落としまくり、周辺の治安を守ってくれる『優良顧客』である。これだけの経済効果を生み出してくれるのなら、多少の『お義父さん』呼びやストーカー気質な視線も、営業時間内だけは大目に見てやるのが商売人というものだった。
ナズナが人数分のコーヒーカップを配り終えると、店内にはふわりと香ばしい香りが広がった。
「はいっ! 皆さん、今日もお仕事お疲れ様でした!」
「くぅ〜……仕事終わりのコーヒーって最高だな……」
そんな中、アルベルトだけは静かに店内を見渡していた。
明るい灯り。清潔な床。温かな食事。そして、人々の笑顔。
「……素晴らしい。民が安心して立ち寄れ、疲れた者が癒やされ、笑顔を取り戻せる場所……この聖域は、必ず守らねばならんな」
「あ、団長また始まった」
「通常運転ですね」
部下たちが慣れた反応を返す中、アルベルトは真剣そのものの顔で続ける。
「白銀騎士団団長アルベルトの名に懸けて誓おう。この場所へ害をなす者は、たとえ魔王であろうと容赦なく排除する!」
「そこまで言ってくれるんですか!?」
ナズナが目を丸くする。
「当然だとも、ナズナどの!」
「……おい変態団長、コーヒー冷めるぞ」
店長のツッコミと同時に、店内へ騎士たちの笑い声が響く。
夜の街道沿い。今日もまた、『ファミリーイレブン』の灯りは、疲れた旅人たちを静かに照らしていた。




