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ファミリーイレブン〜コンビニごと転生した俺が、現代インフラの暴力で社交界の常識をひっくり返す〜  作者: 桜木まくら


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第十話『乾杯』

 『七ツ星』料理長アントニオが絶妙なデミグラスソースで仕上げた『二種の肉のメダリオン・デュエット仕立て』――ミニハンバーグの溢れる肉汁と、ジューシーに揚げられた『からあげ殿下』の完璧な衣のサクサク感に、貴族たちは舌を唸らせる。


 そしてトドメを刺したのは、宴の締めに出された芸術的なパフェだった。

 美しい硝子器に盛られたそれは、マルチパックのバニラアイスと、ファミリーパックのチョコレートたち。

 この世界の魔法を以てしても、250人分を同時に、溶かさずに提供するなど絶対に不可能。そんなインフラの物量を叩きつけられた会場は、もはや驚愕を通り越して、神の業を前にしたかのような畏怖の静寂に包まれていた。


「ば、化け物め……。ヴァルハイト家は、いったいどれほどの組織を裏に潜ませているのだ……!」


 完璧にプライドを粉砕されたギルフォード侯爵は、捨て台詞も残せず会場から退散していった。

 そんな背中を、シャルロッテは最高に気高く、美しく、そしてどこか哀れむように見送った。


 ヴァルハイト家――シャルロッテの、完全勝利だった。




―――




 深夜、ヴァルハイト家の特設天幕の裏。

 あれほど喧騒に満ちていた会場はすっかり静まり返り、冷たい夜風が天幕を小さく揺らしている。

 薄暗い厨房には店長が一人だけ残っていた。彼は黙々と、今日一日フル稼働してくれた99台の電子レンジのコンセントを抜き、作業台をダスターで拭き上げていた。


 パサ、と天幕の隙間が開き、静かな足音が入り込んでくる。


「……まだ、片付けをされていましたのね」


 振り返ると、そこにいたのはシャルロッテだった。

 周囲に誰の目もないからだろう。いつもの見事な金髪縦ロールは少しだけ緩み、豪奢なドレスの裾を少し持ち上げながら、慣れないヒールに疲れた足を労るように小さく引きずっている。

 完璧な淑女の仮面を脱いだ、等身大の、16歳の少女の姿がそこにあった。


「ああ。コンビニってのは年中無休だからな。今日は臨時休業にしたが、明日からは通常営業だ」


 店長は手を止めず、ぶっきらぼうに答えた。シャルロッテはふう、と小さく息を吐き、厨房の作業台にそっと寄りかかる。


「まさか本当に……250人の料理を出せるとは思いませんでしたわ」


「貴族どもを黙らせるには十分だったろ?」


「ええ、それはもう。ギルフォード侯爵のあの情けない顔、お見せしたかったですわ」


 ふふっ、とシャルロッテは悪戯っぽく笑った。だが、その瞳には隠しきれない疲労が滲んでいる。

 店長はダスターを作業台に置くと、背後の業務用冷蔵庫から、透明なプラスチックパックを取り出した。そして、それをコトッとシャルロッテの前の作業台に置く。


 それは、一つのパックに並んで入っている、小さなショートケーキとチョコレートケーキだった。ファミリーイレブンのスイーツコーナーでよく見かける、二個入りのケーキだ。


「ほら、お疲れ。……お前、今日の主役のくせに、表ではずっと緊張してただろ。料理の味、全然分からなかったんじゃないかと思ってな。ケーキ、用意しておいたぞ」


 シャルロッテは一瞬驚いたように目を見張り、それから不審そうに透明なプラスチックのパックを見つめた。


「……お気遣いは嬉しく思いますわ。ですが、なぜ二個入りなんですの?」


 店長は少しだけ照れくさそうに視線を外すと、頭を掻きながらぶっきらぼうに言った。


「……俺も食べたかったからだよ」


「え……?」


「これはお前と、俺の分だ。成人の祝いに付き合うくらいはしてやるよ」


 店長はそう言うと、冷蔵庫からさらに、よく冷えた金属の筒――アルミ缶を二つ取り出した。


 この世界では、16歳はもう成人だ。店長は手慣れた動作で、シャルロッテの前に置いた小さなガラスコップに、その缶の中身を注ぎ入れる。


 カシャッ、シュワシュワシュワ。


 心地よい炭酸の音が静かな厨房に響いた。

 注がれたのは、淡いピンク色をした果実の香りがする液体。ファミリーイレブンの看板アルコール飲料、缶カクテル『桃サワー』だ。


「このお酒、すごく甘くて良い香りがしますわ」


「貴族が飲む渋いワインとは違って、ジュースみたいに甘くて飲みやすいやつだ。ほら、乾杯するぞ」


 店長は自分用の缶ビールを軽く掲げた。シャルロッテは戸惑いながらも、小さなガラスコップを両手で包むように持ち、そっと近づける。


 チリン、と小さな音が響く。


「16歳の成人、おめでとう、シャルロッテ」


「……ええ。ありがとうございます、店長」


 シャルロッテは恐る恐る、ピンク色の液体を口に含んだ。


 その瞬間、彼女の丸い瞳がさらに大きく見開かれる。口いっぱいに広がる、瑞々しい桃の圧倒的な甘み。そして、喉を優しく刺激するシュワシュワとした炭酸の感覚。お酒特有のツンとした臭みなど一切ない、完璧に計算された現代の甘美な味。


「な、なんですのこれ……っ! すっごく甘くて、美味しいですわ……!」


「だろ? アルコール度数も低いから、初めてのお酒には丁度いい」


 店長はプラスチックのパックをパカッと開け、小さな簡易フォークをシャルロッテに手渡した。


「さあ、ケーキも食え」


 シャルロッテは言われるがまま、真っ白な生クリームが乗ったショートケーキをフォークで小さく崩し、口へと運んだ。


 甘いカクテルと、濃厚なクリームの調和。張り詰めていた身体の芯が、心地よいアルコールと糖分でじんわりと、優しく解きほぐされていく。


 店長もまた、隣で黙々とチョコレートケーキを口に運び、苦いビールを煽っている。


「……本当に、デリカシーのない店長ですわ」


 カクテルのせいで、少しだけ頬を林檎のように赤く染めたシャルロッテが、ふにゃりと柔らかく、小さく呟いた。


「大貴族たちにはあんなに豪華なパフェを出しておいて、主役のわたくしには、こんなプラスチックの箱に入った小さなケーキと、安物のお酒だなんて……」


 文句を言いながらも、その口元は隠しきれずに綻んでいる。


「だが、そっちの方が美味いだろ?」


「……ええ。悔しいですけれど、最高に美味しいですわ」


 贅沢な飾りも、お仕着せの称賛も、窮屈な身分制度もここにはない。


 ただ、静まり返った厨房の片隅で、不器用な店長とケーキを分け合い、甘いお酒に胸を躍らせる。


 夜の帳が下りたバックヤードで、16歳になったばかりの少女は、今日一番の、取り繕わない本物の笑顔を咲かせていた。


 ほんのりと、甘く温かい空気が二人の間に流れた、その時だった。


「店長〜! 外のゴミ拾いと天幕の撤収、ぜーんぶ終わりました〜!」


 バシャアァン!と、風情もへったくれもない勢いで厨房の天幕が跳ね上がった。

 現れたのは、ゴミ袋を両手に抱えたナズナと、汗だくで疲労困憊のロイである。


「ひゃうっ!?」


 シャルロッテが悲鳴のような声を上げて跳び上がった。慌てて桃サワーの缶を後ろに隠そうとするが、時すでに遅し。


「あーっ! 店長ずるい! シャルロッテ様と二人だけで美味しそうなケーキ食べてるーっ! 私もお腹ペコペコですぅ!」


「おい店長、俺をタダ働きさせた挙句に自分だけお嬢様と特等席か? これは明日の朝刊の社会面に『悪徳店長、職権乱用』って載せるぞ!」


「やかましい、これは残番処理だ。お前らには廃棄の『からあげ殿下』をやるから静かにしろ」


 一瞬でいつもの騒がしさに戻る厨房。そこへ、裏口で一服を終えたアントニオが、薬草の香りを漂わせながら悠然と戻ってきた。


「ふむ……。そのパックに入った菓子、実に興味深いな。新しいスイーツの参考にしよう」


「あんたは自分の厨房に戻ってくれ!」


 さらに天幕の隙間から、ガシャガシャと派手な金属音を響かせて、街道の魔物討伐と会場警備を終えたばかりの白銀騎士団の面々が雪崩れ込んできた。


「お義父さん! 本日もナズナどのの周囲に異常なし、警備任務完了であります!」


 眩いばかりの白銀の甲冑を纏ったアルベルトが、厨房に入るなりガチッと直立不動の姿勢で完璧な敬礼を繰り出した。その顔はすでにナズナを見てデレデレに完全崩壊している。


「お前の顔が異常だよ、変態団長。それとここを詰所にするな、狭いだろ」


「店長さん、お疲れ様です! 街道の魔物どもを討伐してたら腹が減って限界で! 俺の分の『からあげ殿下』とコーラはどこですか!?」


 マルコが早くも胃袋を鳴らしながら店長に詰め寄る。その横では、ブリジットが、作業台の上の二個入りケーキを鋭い眼光で見つめていた。


「店長。あの白いホイップの乗った洋菓子……まさかシャルロッテ様と独占する気では……」


「ブリジット、落ち着いてください、真顔で凄むのはやめなさい。……ハァ、店長、申し訳ありません。激務で全員の理性が限界なんです……」


 ハンスが胃を押さえながら嘆息する。

 バックヤードは一瞬ですし詰め状態になった。


「な、なんですの皆さま! わたくしは今、店長と成人の、その、大事なお話を……!」


 シャルロッテが赤くなった顔を扇子で隠しながらあわあわと足を踏み鳴らす。


「おやおや、お嬢様。いくら本日成人を迎えられたとはいえ、夜更かしと、何より……このような密室で男性と密会されるのは、教育上非常によろしくありませんな」


 厨房の入り口に、いつの間にか背筋の伸びた老紳士が立っていた。

 シャルロッテの専属執事、セバスチャンである。その冷徹な眼光が、作業台の二個入りケーキと、店長の顔を順番に値踏みしていく。


「セセ、セバスチャン!? これには深いわけが……!」


「さあ、お屋敷へ戻りましょう。今宵はヴァルハイト家の完全勝利、主役がこのような裏方に長居するものではありません」


「ちょっとお待ちなさい! 店長、何とかおっしゃってください!」


 助けを求めるシャルロッテだったが、店長はすでに諦めたように新しい缶ビールを開け、マルコやハンスに「ほら、お疲れ」と勝手に配って乾杯を始めていた。


「無理言うな。俺の接客能力は、お前んところの頑固執事には通じねえよ。アルベルト、お前も飲むか?」


「お義父さんからのお誘いとあれば断る理由がない! ナズナどの、いただきますぞ!」


「はーいっ! 皆さん今日もお仕事お疲れ様でしたぁ!」


「ちょっと! 店長っ!? 皆さまもわたくしを無視しないでくださいましっ!」


 深夜のバックヤードに、シャルロッテの、今日一番の、そしていつも通りの賑やかな絶叫が響き渡る。

 

 現代インフラの暴力で社交界の常識をひっくり返した男の夜は、まだまだ賑やかに、終わりそうになかった。


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