最終話『経費』
お披露目パーティという大舞台から、数日後。
城壁の外の街道沿いに佇む『ファミリーイレブン』の店内には、いつも通りの穏やかな時間が流れていた――はずだった。
「クソが……。やってくれたな、エセ女神め……」
事務所のデスクで、店長は三白眼を限界まで吊り上げ、タブレット端末と睨み合っていた。
そのあまりの鬼気迫るオーラに、品出しを終えたナズナが、恐る恐る覗き込んでくる。
「あの、店長……? さっきからずっと怖い顔をしてますけど、何か問題でもあったんですか?」
「ナズナ、コンビニには『三大経費』ってのがある。人件費、廃棄、そして電気代だ」
店長は頭をガシガシと掻きむしりながら、忌々しげに指を一本立てた。
「今回、臨時の料理人やメイド、白銀騎士団の人件費は全部ヴァルハイト家持ちだ。お前やロイに払う分は俺の懐からだが、この世界の人件費は元々安いから大したことはない。さらに招待客の人数がきっちり決まっていたから、仕入れた商品の『廃棄』もほぼゼロ。ここまでは完璧だった」
「じゃあ、大黒字じゃないですか!」
「問題は、三つ目の電気代だ。この世界には電気がないからな。この店の電気代の計算は、元の世界のルールがそのまま適用される」
「えっと……でも店長、前におっしゃっていませんでしたか? 電子レンジは一回につき数円しか電気代がかからないから、250人分を温めてもジュース数本分だって」
「ああ、使った分の電気代だけならな」
店長はタブレットの画面をナズナの目の前に突きつけた。そこには、真っ赤な警告色で『契約プラン変更:商業プラント規模』と表示されている。
「99台の電子レンジを一斉稼働させたせいで、基本料金のデータが更新された。……来月から一年間、何もしていなくても、毎月固定で約20万、金貨2枚が自動で引き落とされる」
「き、金貨2枚!? 毎月、何もしなくても消えるんですか!?」
ナズナがヒエッ、と喉を鳴らした。普通の平民の家族が4〜5ヶ月は遊んで暮らせる大金が、電子レンジをまとめてチンしたせいで、毎月消えていく呪いの固定費と化したのだ。
「それだけじゃねえ」
店長はさらに、窓の外の『駐車場』を指差した。
お披露目パーティのために、華やかなパラソルや白いテーブルが並ぶ、おしゃれな『オープンカフェ』へと改装されたスペースだ。それ自体の費用はヴァルハイト家持ちだったのだが――。
「この数日、あのカフェの利用客はほぼゼロだ。そりゃそうだ、ここは城壁の外の、埃っぽい街道沿いだぞ。わざわざ王都からおしゃれな貴族がコーヒーを飲みに来るわけがない」
「う、うぐ……。確かに、この数日あそこに座ったのって、疲れて座り込んでる冒険者さんくらいでしたね……」
「おまけに、今まであの駐車場を野営地に使ってた冒険者どもから『焚き火ができないから早く元の地面に戻せ』ってクレームの嵐だ。……そして最悪なことに、あのスペースを元の駐車場に戻すための工事費用は、ヴァルハイト家の契約外。つまり、全額自腹だ」
店長はバチンと額を押さえた。
ヴァルハイト家から貰った報酬は、来月からのバカ高い基本料金と、駐車場の改装費用で、綺麗さっぱり相殺。下手をすれば今後の経営は火の車である。
「……貴族の金だと思って調子に乗ったツケが、まさか固定費で返ってくるとはな。だが、このまま黙って破産してやるほど、俺は慈善事業で店をやってるわけじゃない」
ジリリ、と店長の三白眼に、これまで以上の冷徹で、かつ獰猛な光が宿った。
この大赤字を埋めるための、新たなるマーケティングの計算が、店長の脳内で超高速で回り始める。
「まず、あの金髪縦ロールだ。今さらコソコソ買いに来る必要もないだろ。これから毎日、ヴァルハイト家の3時のおやつと食後のデザートはコンビニの高級スイーツに決定だ」
「う、わぁ……」
「次に新聞記者のロイ。あいつには『ファミリーイレブンの看板娘の独占取材権』をエサに、うちの広告を毎号タダで一面ぶち抜きで載せさせる」
「か、看板娘って私のことじゃ……」
「それから、アントニオ。あいつは新商品の調味料を見せびらかせば、厨房用にいくらでも箱買いしていく。……そして、白銀騎士団の変態団長だ。あいつにはこれが特効薬になる」
店長は引き出しから、現代の印刷技術で刷り上げられた、ピカピカと輝く小さな紙の束を取り出した。
「て、店長、それって……私の写真ですか!? いつの間にそんなの撮ってたんですか!」
「あいつはお前目的で来店してるからな。明日から『淹れたてコーヒーとフライドチキンのセット』を一つ買うごとに、この『ナズナのブロマイド(全66種)』をランダムで一枚、中身の見えない袋に入れて進呈する」
「ろ、ろくじゅうろくしゅ!? 多すぎますぅ!」
「コンプリートを目指して、あいつは明日から毎日、騎士団全員を引き連れてセットを限界まで爆買いしていくはずだ。ハンス副官の胃に穴が空くのが先か、アルベルトが全種類揃えるのが先か、見ものだな」
ふっ、と店長の口元が、禍々しい笑みの形に歪んだ。
「さあ、休憩は終わりだ。ナズナ、セット販売のPOPとブロマイドのサイン書きを頼んだ」
「は、はーいっ! アルベルト様たちのために、私、心を込めてがんばりますね……っ!」
店長の恐るべき執念に完全に引きつつも、健気にエプロンを正して笑顔を作る看板娘。
「この街の一人残らず、骨の髄までファミリーイレブンの常連にしてやる」
世界を救うためでも、野望のためでもない。ただ毎月の維持費を支払うため、異世界に転生した最強のコンビニ店長は、レジのバーコードを響かせ続けるのだった。




