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56. 学徒会会長・神代輝雷刀

一週間後、土曜日。

この日の空は飽きるほどの青空が広がり、細長に伸びる雲がどこか雄大さを感じさせる。

東京都文京区。ここは小学校、中学校、高等学校に専門学校や大学など、教育機関が多い区である。勤勉な学生の街とも言えるこの街は、全国学徒会の総本山でもあるのだ。

漆紀は彩那と共に学徒会本部の正門前に来た。

門前からでも伺える学徒会の建物は、およそ大学のキャンパスに匹敵するほどの大きさであった。だが、敷地を覆う壁は左右に長く連なっており、実際の敷地内にはさらに細かい施設があるのだ。

正面奥五百メートル先に見える学徒会の建物は8階建てであり、それだけで学徒会本部に多くの人が日々学業や課外活動をしていると見受けられた。

「竜王様、やっぱりハードル高くないですか? これアレですよ。テレビの取材で変なコメントする天才とかが来る場所ですよ。ネットのオモチャが誕生したりする場所ですよ」

「もう今日会うって話になっちまってるし、このまま行くぞ。気圧されてんじゃねえって」

開放されている横十メートル程度の大きさの門を漆紀が通り抜けると、それに追従して彩那も門を通って学徒会本部の敷地へと足を踏み入れる。

「あの正面に見える凄く大きい建物が学徒会本部ですよね」

「多分な」

学徒会の敷地は壁で囲われているが、その囲いは文京区の三分の一を占めるほど大きく広がっている。その囲いの中全てが学徒会本部の街であるが、一般人も立ち入り可能となっている。尤も、日頃街中で学生運動を行っている組織の本拠地である街にわざわざ踏み入ってくる一般人は少ない。大半は学徒会に通う学徒達が行き来している。

学徒会の街は学徒会を支援している企業の実験場でもあり、様々な商業サービスや社会システムを試行して評価するといった役目も持っている。

新商品から新研究まで、とにかく幅広な実験場でもある。

正面の大きな建物までは真っ直ぐにだだっ広い並木道が広がっている。並木道の広さは皇居を囲う大路を思わせるほどの大きさであった。

その大路を二人は建物まで真っ直ぐ歩いていく。

「それなりに歩きそうだな」

「いい運動ですね。まあ、日頃筋トレに魔法の練習や素振りやってる竜王様からしたら物足りないくらいじゃないですか?」

「しかしよぉ……あの警察官に聞いたら本当に弟が学徒会会長だとはな。正直言って驚きだぜ。全国学徒会を束ねてるボスだぜ? 王様だぜ? そんなヤツとこれから会うんだぞ」

「まあ学徒会会長ともなれば大体がエリート官僚コースを約束されますからね」

「どんなヤツなんだろうな……神代ってヤツは」

「学徒会会長選挙の際は学生運動の改革と竜理教からの脱却を公約に掲げてたそうですよ」

「それだけ聞くと無難で特に当たり障りない感じに見えるが……」

現学徒会会長・神代輝雷刀が掲げていた公約に対して漆紀はそこまで強い刺激を感じなかった。対して彩那に関しては竜理教の一掃という点で安心できずソワソワしている。

落ち着きたくなった彩那は、周囲を見て冷静さを取り戻そうとする。

既に学徒会の敷地内であるが故に、様々な学徒が見受けられた。大学生ほどの年齢と思わしき学徒もいれば、中学生ほどの年齢に見える者もいた。

カフェの窓際ではノートパソコンを開いて作業をしていたり、時間があるからか敷地をランニングしている学徒も見られた。

海外から留学して来たであろう学生から英語の勉強の手ほどきをして貰っている学徒もいたり、様々な光景を見ることが出来た。

「それと話変わるけどよ、俺の周りの生徒って誰も学徒会行ってるヤツいなかったんだよな。一応なんちゃって進学校だし、クラスに一人くらい意識高くて学徒会へ場所を移して勉強するヤツとか居てもいいのに」

「私のクラスには4人ほどいましたよ? たまたま竜王様のクラスにそんな人が居なかっただけでは?」

「それはあるかもな。変なコミュニティ作ったり、変な話してる変なテンションのヤツ多かった気がするなぁ。あのクラス……小島も早野も、あいつらみんな死んじまったな」

「あ、いや、すみません。嫌なことを思い出させてしまいました」

「いやいや、俺から振った話だし気にすんな。それより学食とか楽しみだな」

それ以降はそんな雑談をしながら二人は道を歩いていき、やがて大きな8階建ての広く大きな建物にたどり着く。

「ここが学徒会本部か。よし、とっとと入ろう」

二人は学徒会本部の正面自動ドアを通っていき、入口から入って右横にあるエレベーターに乗って8階へと上がっていく。

漆紀は警察官・神代葉月から会長室があるのは学徒会本部の最上階に位置する8階と聞いていた。その通りに8階に到着してエレベーターを降りて、葉月から伝え聞いたとおり会長室へと向かって歩く。

学徒会本部8階の中央奥に会長室があった。漆紀は息を飲んで、会長室の扉を三回ノックする。佐渡で新潟県知事と対面し、要人との対面を経験した彩那でも学徒会会長という存在は体が固まってしまう。

ノックの後から数秒しても返事がない。

「ちょっと見てみるか」

漆紀は扉を開けて部屋の中を見てみる。そこには誰もおらず、漆紀は首を傾げる。

「誰もいない」

そのまま漆紀は部屋に入っていき、彩那も釣られて部屋へと入っていく。見渡しても人影はなく、気配を感じない。

「なんか色々飾ってあるな」

漆紀がそそくさと部屋の横にある本棚や飾られたトロフィーに近付いて鑑賞し始める。

「ちょっとちょっと! そういうものを弄ったら怒られますよ!」

「へぇー、柔道に空手……それなりの結果のトロフィー持ちか。色々やるんだな学徒会会長ってのはよお」

「やめてくださいよ竜王様。ちょ、触ろうとしたらダメですってば!」

漆紀と彩那がそうこうやり取りをしていると、会長室の左奥隅にある扉が開いた。


「ん? ああ、客人かな」


扉からはワイシャツと黒いズボンを着用した学生らしい格好の男子学徒が出て来た。彼はレンズが小さく纏まった丸眼鏡を掛けており、漆紀と同等の身長で、その丸眼鏡の奥には凛としたものがあった。

両手で盆を持っていて、盆の上にはティーポットとティーカップが二つあった。

「おっと、お客は二人か」

彼はテーブルに盆を置くと、彩那の方を見る。

「少々お待ちをお嬢さん。もう一つティーカップを用意しよう」

男子学徒は開けた扉へと戻っていくと、少ししてティーカップを一つ取って来た。

「隣が給湯室でね。いつでもコーヒーも紅茶も飲めて楽しくやれているよ。おっと、自己紹介遅れました」

男子学徒はティーポットにある紅茶を三つのティーカップに注ぎ、それから改めて姿勢を正し直立すると、両手を後ろに回して構える。

「僕は第31代学徒会会長・神代輝雷刀かみしろ きらと。年齢は20歳、よろしくお願いします……さてと、君が兄から聞いている辰上漆紀君だね?」

学徒会会長・神代輝雷刀は漆紀の方を向いてそう問うと、漆紀は無言で頷く。

「お連れのお嬢さんは……ご友人かな? それも、この場に連れてくるほどの深い仲……しかしその距離感、恋愛のソレではない」

「邪推をしてないで本題に入ってくれないか会長さん」

漆紀が本題を催促すると輝雷刀は「すまない」と言って軽く頭を下げる。

「君にはそう……仲間になって欲しい。僕の夢のためにね」

「学徒会に来るのは良さそうだが、あんたの仲間になるかどうかは別だよ会長さん。夢なんて言ってるが、一体何考えてんだよ」

「警戒か。当然の反応だね……まず、僕の今の方針は学生運動の改革と竜理教の一掃」

「公約で言ってたやつですね」

彩那の調べ通りの情報に、ひとまず漆紀は頷く。

「この日本を悩ませている勢力はカルト宗教である竜理教、暴走族や暴力団といった反社会勢力、それとフロンティア地区の住民……最終的には、これらを全て一掃し浄化する」

国民を脅かす竜理教と暴走族に暴力団、そして犯罪の温床となっているフロンティア地区の一掃、聞く限りでは極めて大きな改革であるかつ多くの真っ当な国民が望んでいる改革であろう。

とはいえそれらは現状だけで見れば明らかに無謀な目標。それが叶うならば歴代総理が既に行っているだろう。様々な思惑が絡み付くことで、現在までそれは叶わぬまま社会が成り立っている。

「会長、あんたそんなの本当に出来ると思ってるのか? そりゃゾクやヤクザが居なくなればみんな安心だし嬉しいだろうが……」

「出来る。僕は仲間を集めている……君の様に、特殊な力を持つ仲間をね。皆の力を借りて必ずこの国を変えてやる。僕はお題目や建前じゃなくて、本気でこの治安の悪い国を変える。変えなきゃいけない、絶対に」

「演説ならやめてくれ。俺はてんでそういうの臭くて無理だ」

「君とは利害一致出来ないかな? 君は佐渡の大水害の際に居たそうじゃないか。竜理教には思うところがあるだろう?」

「どこまでやるんだ?」

 漆紀は輝雷刀の言う所の思惑がどのレベルまでやるつもりなのかをハッキリさせたくなって問いかけてみる。

「どこまでとは?」

「言葉通りだ。竜理教を一掃するって、どこまでやる気なんだ?」

「最後までだよ。奈良県竜理市にある竜理教本部を取り壊し街一体に染まった竜理教を取り払い、信仰対象として崇められている竜王を打倒するまでだよ。必ず学徒会の学生運動を使って攻め込む」

輝雷刀の語る竜理教に対する処置に漆紀は正直なところ魅力を感じてしまった。竜理教を潰す、これは漆紀にとってこれ以上ないくらい願ったり叶ったりな目標であるし、父を殺した竜理教は出来る事なら潰したいいう思いを漆紀はささやかながらも心の内に常に抱いている。

「本当に、竜理教を潰すところまでやるんだな?」

「もちろん。学徒会には竜理教の張った根が残っている。これらを徹底的に潰さなければ、僕の野望は叶わない……手を貸してくれないか、辰上漆紀君」

輝雷刀の目は揺るぐ事はなく、真っ直ぐ漆紀を見つめていた。目だけで人がわかるほど漆紀はもののわかる男ではない。しかし、眼前の男が発する気配やその振る舞いや言葉使い、仕草など行動の数々から計算して本気であることが丸分かりであった。

「あんた本気でやる気なのか。おかしいぜおい……おかしいけど、俺には魅力的な方針だ。彩那、俺は案外悪くない気がしてきたけどダメか?」

「私は最後まで竜王様に付いてくつもりなので、いいですよ……ただ一つだけ懸念があります。よろしいですか会長さん?」

彩那が疑問を呈すると会長は平静さを崩すことなく「構わないよ」と答える。

「その前にお嬢さん、お名前は?」

「竜蛇彩那です。佐渡流竜理教司教家の長女ですが……最近は佐渡流竜理教のためだけに生きるのはやめて戒律破ってお肉も食べてます」

彩那が自己紹介をすると輝雷刀はなるほどと冷静に相槌を打つ。

「竜蛇さん。懸念とはなにかな?」

「竜理教を一掃するということは……佐渡流竜理教も潰すおつもりですか?」

彩那が険しい目で警戒しながら輝雷刀に問うと、彩那の心情を察して輝雷刀は笑顔を作って柔らかい表情で答える。

「佐渡流竜理教については様子見だね。奈良に本部を置く竜理教ほど厄介な行動はしてないけど、先日の抗争や大水害の件もあるので保留。しかし、もし国民を害するような動きをするのであれば……もちろん僕は敵と見なす。いくらでも学徒会会長としての権力を振るいまくって潰しにかかろう」

現状は敵視していないと輝雷刀が表明すると彩那は一息吐いて胸を撫で下ろす。

「わかりました。司教家として、あなたの敵にならない、政治や治世に干渉しない宗教組織として努めますよ、会長さん」

彩那の答えに輝雷刀も一先ず納得し、右手を彩那の前に差し出す。

「ではお互いに納得しましたので、握手と行きましょう。こういうやりとりには、こういったコミュニケーションが付き物だよ。竜蛇彩那さん、今後ともよしなに」

「今後があるかは竜王様次第ですが、よろしくお願いします」

輝雷刀が彩那と握手を交わすと、続いて輝雷刀は漆紀に視線を移す。

「辰上漆紀君、彼女は君を竜王と呼んだが……それはどういう意味かな?」

あくまで柔らかい物腰は崩さずに輝雷刀は漆紀に問う。輝雷刀の竜理教一掃の目的の中には竜王打倒も含まれている。

佐渡流竜理教司教家の長女が竜王と呼ぶ漆紀に対して輝雷刀が穏やかではない疑問を持つのは至極当たり前の流れである。

「その前に……会長さん、お互い微妙に隠して逸らす話はやめよう。もうわかってんだろ? 俺と彩那が魔法使いだってことは」

「魔法? 少し読めないな。僕は今まで集めた特殊な力の仲間のことをミュータントとか能力者という括りで見ているのだが……魔法?」

「そうだ。むしろ、ミュータントや能力を信じるのに魔法は信じないのか会長?」

漆紀が輝雷刀にす投げかけると「愚問だな」と呟いてから輝雷刀は口を開く。

「ミュータント、能力者、あるいは魔法……呼び方などなんでもいい。有用な力であることは確かだよ。さて……君と彼女が魔法使いとして、君が竜王とはどういう意味かな?」

「言葉通りだ。あんまり詳しい事は話したくないし話す義理はないだろ。なんにせよ、俺は竜理教にとって重要人物って事に変わりはないし、竜理教では影響力のある人間ってことだ」

重要人物や影響力という単語に大きく反応し輝雷刀は目を見開いて漆紀を見る。

「君は……君はなんて素晴らしい人材なんだ! 今、僕が欲しくて欲しくて夜も眠れなくなるほど欲している人材!! どうかお願いだ、是非僕と共に竜理教を一掃してくれないだろうか!!」

輝雷刀は大げさという言葉が似合うほど感嘆して漆紀へと右手を差し出す。この右手に応えて握手すれば、漆紀は輝雷刀の仲間になる事に合意を示すこととなる。

漆紀は今までの事が瞬時に脳内に溢れかえる。彩那が語った佐渡流竜理教が本家竜理教の襲撃を受けたことで、彩那の父・竜蛇利親が死亡したという事を。

漆紀の父・宗一が竜理教の魔法使い・宮田に殺されたという事。

竜理教のカルト活動が国民を困らせていること。

竜理教は抗争を起こして関係のない一般人を巻き込んで、これまでの歴史上多くの一般人を巻き込んで死なせてきたこと。

どの事象をとっても漆紀には戦う理由としては充分だった。

竜理教を絶対に許さない、改めて漆紀はそう心に決めた。

漆紀は意を決して輝雷刀の差し出した右手を、自身の右手で握った。

「彩那、お前には俺の私怨に付き合わせちまうけど、許してくれ。んで会長、俺は竜理教を潰したい。個人的に恨みがあるんだ。だから付き合うぜ……竜理教を潰すからには、あんたにもそれ相応の覚悟があるんだよな?」

「無論だよ。そうでなければ、学徒会会長になどなれていないよ」

「ちょっと! 私にも色々意見させて下さいよー!」

彩那が割って入って輝雷刀を見つめながら思う事を言う。

「佐渡流竜理教としては商売仇……じゃないや。まあ、宗教として対立する本家竜理教が潰れるのは願ったり叶ったりです。でも、竜理教を潰した後に……信じるものを失って寄る辺を無くした信者の行く当ては考えてあるんですか? 竜理教の信者の大半は、竜理教に関する仕事で衣食住を成してるんですよ。仕事だってなくなります」

宗教団体に入る者は総じて皆、信仰対象を心の寄る辺としている。それを失くしてしまえば、生き方が分からない上に明日を生きる力を失ってしまう。

「簡単だよ。竜理教を潰したら、竜理教が蓄えた資金を竜理教の信者だった者たちのリクルートに全て使う。それだけでなく、年齢問わず学徒会に入れて竜理教を辞めたカタギとしての社会復帰を支援する。これ以外、正道を行く方法はない。確かに信者は痛みを伴うが、これは世の改革に必要なことだよ竜蛇さん。至って現実的な策だ。それに竜理教信者という人材は竜理教打倒後の方針で必要になってくるからね」

「……確かに満点とは言えませんが、何も考えずにただ竜理教を潰すと言っているわけではないとわかりました。ならば安心です、竜王様が手を貸すというなら私も協力します」

「ありがとう彩那……それじゃあ、よろしくな会長。まだ全部信じきってるわけじゃないが……様子を見させて貰うぜ」

「それで構わない。ご理解感謝するよ辰上漆紀君。共に竜理市を竜理教から解放し、竜王を打倒しよう」

まだ初対面にも関わらず漆紀も輝雷刀も互いに大きな決断をした。その二人が結ぶ握手は力強いものとなっていた。

「私もいますからね会長さん」

彩那が右手を輝雷刀に差し出すと、輝雷刀は「もちろん」と応えて漆紀から手を放して彩那の右手を握る。

「ところで会長、俺の事情とか色々調べてるのか?」

「兄から聞いてる限りだよ。佐渡の抗争と水害の際に居たこと、つい先日の武蔵多摩高校の大爆発に巻き込まれたこと。そして……萩原組事務所及び屋敷への襲撃事件の犯人候補ってくらいは聞いたかな。深掘りはしないよ、それらを含めて君の能力が欲しいんだ」

「あんた相当ヤバいな……深掘りして来ないのは正直助かる」

漆紀の反応に輝雷刀は一切の不快を示すことなどなく、むしろ漆紀に協力を取り付けたことが嬉しいようで笑顔が絶えなかった。

「今日はいい話が出来た。辰上漆紀君、竜蛇彩那さん、学徒会を軽く案内してあげよう」

「学徒会は広いから正直に言いますと助かります」

「案内か。頼りにしてるぜ会長」

話が纏まったので、漆紀と彩那、そして会長の三人はティーカップの紅茶を飲み干すと、学徒会の施設を回るために会長室を出た。

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