54. 公共の利益
午後七時。
自宅にいる漆紀と彩那は夕食を食べている最中だったが、不意にインターホンが鳴る。
「なんだこんな時間に?」
「これで世理架さんだったら笑っちゃいますけどね」
「宗教勧誘ならもう間に合ってるんだがな」
彩那に軽く視線を送りながらも漆紀は立ち上がり玄関に向かうと、のぞき穴から外を見る。そこには青い制服姿の警察官が居た。だがその制服はどこか本職のそれと比べ違和感を覚える。
「警察でーす。巡回で訪問してます」
漆紀はひとまず扉を開けて出てみる。
「なんすか?」
「訪問の理由は、個人的に君に会いに来た。辰上漆紀君。君に良い話を持って来た……ちょっと散歩に付き合って貰おうか」
警察官の顔を見ると、どこか漆紀は見覚えがある気がした。警察官が警察手帳を見せると、そこには神代葉月と名前が書かれていた。
漆紀は葉月という名前に心当たりを覚える。その名はどこかで聞いた。
「ちょっと待って下さい。彩那! 俺ちょっとお巡りさんと散歩行ってくるから!」
「お巡りさんと散歩ってなんですかそれ!? あまり長くしないでくださいよ! 料理冷めちゃうので!」
テーブルの方から彩那がそう叫ぶと漆紀は「わかったー!」と返して玄関にある靴を履き外に出る。
「どういう話か知らないけど、聞きましょうかお巡りさん」
「よーし。では近所の公園まで行こうか」
漆紀と警察官は住宅街を歩いて十分ほどで公園に着く。二人はベンチに座ると、警察官の方から口を開く。
「以前君と当職は取り調べて会っている。覚えているかな? 便利屋タツガミ事務所が襲撃された時、取り調べで……」
「あーっ!?」
漆紀は唐突に記憶が思い起こされた。目の前の警察官は取り調べの際に漆紀へ拳銃―といってもエアガン―を向けて空撃ちして脅かした悪趣味な警察官である。
「当職は神代葉月と申します。クソガキ君、君の身の回りの状況は警察もなんとなく察してはいる。ただ確たる証拠や確証も証言もないから捕まえてない」
「なんの話?」
漆紀はあくまで知らぬ存ぜぬ態度を取り、警察官改め葉月はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そう、これはあくまで当職の独り言。休日にわざわざコスプレの警察官セットの服まで着て君を連れ出してまでやる、ただの独り言……いいね?」
そう長々と前置きをすると、葉月は楽しそうに語り出した。
「当職が把握している限り、君はここ数か月で色々事件に巻き込まれている。夜露死苦隊による事務所襲撃、佐渡の大水害と竜理教の抗争、つい先日の武蔵多摩高校の大爆発……君、普通じゃないね」
「ちょっと、独り言じゃなかったんすか」
「独り言だよ独り言。君が黙れば当職の独り言……さて、警察は他にも日本各地で不自然な動きをする人物を何人もリストアップしている。いずれも何らかの事件に関わってる。ただ、関わっている証拠がなかったり。あとは、犯人不明で事件自体が不自然な点だらけだったり……萩原組屋敷での何者かの襲撃なんかもそうだ。組員が不自然な死を遂げている。明らかに状況的にありえない死因ばかり」
「……」
「そう、それでいい。沈黙。これで当職の独り言……当職は、萩原組の事件に関しては君が犯人だと思っている。そう、思ってるだけ。証拠もないから安心するといい……そこで、当職は君の力を信じて提案がある」
葉月は右手の人差し指を立てながら楽しそうに提案内容を語り始める。
「学徒会にいる当職の弟が、特別な力を持つ者を集めて仲間に迎えている。法から見た善悪はさておき、君のような特異な人材を集めてこの社会を大きく変えようと考えている」
「……」
「といっても特殊な力をテロに使って変えようというわけではない。当職の弟が目指しているのは、現在日本社会に蔓延っている反社会勢力の弾圧と一掃。治安の改善」
葉月の言葉を独り言にするために漆紀は沈黙するしかないが、内心では葉月の言葉に様々な疑問が浮かんでくる。
(政治家にでもなればいいだろうに)
「ただの恒例行事と化した学徒会の学生運動を、意味のあるものに変える。弟はお題目や建前ではなく本気でそれをやろうとしている」
(それで俺に何の得があるっていうんだ。意図が見えない)
漆紀は呆れた様子でため息を吐き、気だるい目で葉月を見る。
「これは俺の独り言っすけど……俺に何の得もないなぁ。もう帰ろうかなー」
「君は佐渡流竜理教に崇められていると、そこまで当職は調べてある。竜理教に狙われてるともね。というか、佐渡流竜理教のサイトに君のご尊顔が普通に載ってたよ。サイトの端っこ、小さい写真だけどね」
「ああぁぁ!?」
思わず漆紀は吹き出してしまうが、平静なままの葉月はスマホを取り出して佐渡流竜理教のサイトを開いて記事を漆紀に見せる。
「この両津港でスピーチしてる写真は辰上漆紀……君で間違いない。というか佐渡流竜理教の司教家長女が君に付いて回ってるからこんなことまでバレるんだよ?」
「あのクソ信者ども勝手に写真を……絶対許さねぇ、宗教ガンギマリ野郎共が……っ!!」
信仰心の暴走とも言えるしくじりである。漆紀の預かり知らぬ所で信者がボロを出していたのだ。
「さて、そろそろ黙って貰わねば独り言じゃなくなる。静かにね」
沈黙を促され、漆紀は再び口を堅く閉じて葉月を見据える。
「君は竜理教に狙われる立場だ。それだけじゃない、夜露死苦隊とあれだけ戦ってたんだ。他の暴走族や暴力団にも君の名前は認知されている。まあ顔は夜露死苦隊くらいしか知らないだろうけど、名前は知ってるだろうから……暴力団がケツモチやってる店に間違って入ったらシメられるくらいにはなってるだろう」
(俺そんなに敵ばっかだったのかよ! やべえ、ヤクザってラーメン屋とかやりたがるし迂闊にラーメン屋巡りとか出来ねえぞ。人気店とかは順番待ちで名前書いたりするし……いや、ラーメンに限った話じゃねえ、飲食全部ヤクザのケツモチとか怪しむ必要が出て来るじゃねえかよ畜生!)
「ヤクザがケツモチやってないか心配で、おちおち外で飯が食えないだろう? コンビニなんかも危険だねぇ。暴走族がバイトやってたりもするからねえ」
「……」
「君は襲撃される危険があるのさ。今まで萩原組の事件以降、暴走族や暴力団に襲われなかったのは運が良かっただけ……さて、そこで提案だ……学徒会はとても大きい組織だ。そこなら君を匿える。匿う代わりに、学徒会で弟に手を貸して欲しい」
葉月が漆紀にとっての得を提示したが、漆紀はその場では可否を答える事などできない。
「とはいえ、いきなり答えは出ないだろう。君はまだクソガキだ……ただ弟の今の方針を教えておこう。きっと気に入るはずだ」
漆紀は大して自分の利とならない条件だろうなと望み薄なものを予想して耳を傾けた。
「弟は、手始めに竜理教を一掃すべく戦うつもりである。そう、佐渡流ではなく奈良に本部を置く日本竜理教……本家竜理教の一掃だ」
「っ!」
竜理教。佐渡ではなく本家の竜理教は漆紀にとっては明確な敵である。父・宗一を殺した宮田が居るのもこの本家竜理教である。
「どうかな? それでも食いつかないかい? 君の存在は佐渡の一件で確認されている。辰上宗一については佐渡で水害に巻き込まれ遺体が海に流されて見つからないという事だが……佐渡では同時に佐渡流と本家の抗争も起こっていた……さて、君の父の死因は水害と抗争のどちらかな?」
「……」
「連絡先は渡しておこう。これは当職の私用携帯の番号だから安心して貰っていい」
葉月は一方的に漆紀にメモ用紙を一切れ渡してベンチから立ち上がる。
「さて、当職からは以上だ。あとは勝手に帰るといい」
「いやいやちょっと待って欲しい!」
そそくさと帰ろうとする葉月を呼び止め、漆紀は提案を聞いた始めから抱いた疑問をぶつける。
「特異な力を持つ者の善悪は問わないって言うのか? 警察は俺みたいな存在を黙認している……?」
「さて、また独り言だが……君は単独で萩原組屋敷の全員殲滅した、と当職は考えている。この力を利用しない手はない。全ては公共の利益のため。その力で竜理教の幹部や暴力団の会長や組長幹部を殺すこととなっても、全ては公共の利益のため……そう、公共の利益だ。ああ、なんて素晴らしい!! それに警察も君たちのような存在に手痛いしっぺ返しを食らわされるとメンツに関わるし警察に死人を大勢出したくないのさ」
それが正義と言わんばかりに葉月はニヤニヤと気味の悪い悪趣味な笑みでそう答える。
「公共の利益ねぇ……」
「暴力団や暴走族が死滅することでどれほどの国民が安心して外に出られるか……その利益は計り知れない! わかって貰えたかな? 弟が本気なように、当職も本気で〝それ〟が良いと思っている。君からは良い独り言を聞きたいものだ」
それだけ言い残すと、葉月は今度こそそそくさと公園を立ち去っていった。




