44. 近付く二人、じゃれ合う二人
翌日、土曜日の夜。
この日は日中、漆紀と彩那は世理架と共に魔法の練習や、銃火器の射撃練習をした。どれも集中力が要る上、単純に体力の消耗が大きい。
本来なら疲労で心地よく眠れそうなものだが。
「眠れねぇ……」
この日は少し気温が暑いのか、ベッドに入った漆紀はなかなか寝付けない様子だった。
(ここ最近竜蛇や世理架さんが平然と俺ん家に来て、魔法の話をして……変な感じがする。慣れないっていうのか、これ。というか竜蛇に関してはもうここに居候してるみたいになってるし……)
他人を家に招いた経験が今までなかったゆえに、ここ最近の生活に実感が沸かない。
ふと「すー」っと小さな音がする。
(ん?)
音が聞こえたと思って数秒後、ベッドが大きく軋むと同時に漆紀は体に人一人分の重さを感じた。
「竜王様、起きてますか?」
彩那の声だ。しかもわざとらしい程の猫撫で声である。
「なんだよ、今眠れなくれ困ってるんだってーの」
「私も眠れないから、どうせなら何か話そうかなと思って来たんですよ」
「だったら別にベッドに乗り込んでくる必要ないと思うんだけど」
漆紀は先程までの暑さではない、別の焦りからくる冷汗が出始めていた。
「ねえ竜王様。そろそろちゃんと決めてくれませんか? 私と結婚しましょうよー」
「やめろ、掴むな! 抱きつくな! 俺そういう感じのやめて欲しいんだって!」
「こういう感じのが嫌ならこうしましょうか」
彩那は息を整えると、獲物を捉えた肉食獣のような攻撃的な目をする。右手には0.01mmと書かれた5cm四方の白い怪しい袋と、左手には拳銃を持つ。
「じゃあ夜の0.01mm撃つか黄泉の9mm撃たれるか、どっちか決めて下さいよ」
そう言い放ち彩那は漆紀に拳銃と5cm四方の怪しい袋を当てつける。
「だから強引に迫ってくるのマジでやめろって!! 余計眠れなくなるだろうが!」
「ドキドキして?」
「怖くてだよ! あと銃をしまえ、マジしまえ!」
「こっちも弾がゴム製だから安心してください!」
「ふざけんな、ゴム弾でもクソ痛ぇってアメリカ映画でやってたぞ!」
漆紀の抗議に少し根負けしたのか、彩那は怪しい袋と拳銃を枕元に置いた。
「もー、あーだこーだ言わないで直球でいいじゃないですかー。私とキモオタさん向けの18禁ゲームみたいなことしましょうよー」
「お前頭おかしくなってるって! 多分それ儀式のせいで無理矢理俺のことを信じるようになってるとかそういうのだろ!」
彩那の様子に対して漆紀はひたすらに拒否を掲げる。彩那の考えがどうであれ、漆紀は彩那との距離感をそこまでに至る関係とは思っていない。
「別にそうだとしても良いじゃないですか。減るものはなにもないのに」
「減るよ、俺のメンタル!」
「あーもうあれこれ言ってないでユー、有責者になっちゃえよー!」
「距離感バグるのやめろっての。いきなりそれって、俺をどう思ってんだよ」
「どう思うもなにも竜王様は竜王様です。あ、呼び方変えましょうか。竜王様」
「やめろほんと」
「じゃあ竜王様」
「ほんといい加減にしろ」
漆紀は頭を抱えながら首を横に振る。
「佐渡島で私を助けるって断言した以上、もう逃げられないですよ竜王様」
「そういう意味まで含んでねえよアレ」
漆紀は次第に薄っすら頭痛すらしてくる。ニッコニコというオノマトペが相応しいほど笑顔の彩那に対して、漆紀は体をベッドから起こすと虚を突く発言をする。
「そんなこと言ってくるけど、竜蛇は好きとか直接的なことをなんで言わないんだ?」
「え?」
「それに、さっきからとんでもない事は言うけど……俺と顔、しっかり合わせてないよな。目、合ってないじゃん」
「えー……それ、はー……」
先程までの勢いはどうしたのか、彩那は急に顔をあらぬ方へと向けて苦笑いを浮かべる。心なしか、耳が紅潮しているようにも見える。
「……」
気恥ずかしいところだが、漆紀は意を決して両手で彩那の顔を触れて自分の方に顔を向ける。
「あっ……」
「顔見ろって、竜蛇」
そうして目が合い、お互いの顔が目と鼻の先ぐらいの距離になる。
「あっ、その……竜王様っ」
彩那はこれ以上ないぐらい恥ずかしそうに顔が赤くなっていた。焦っているのか少し瞳が潤んでおり、両手で触れている彼女の顔伝いに身震いの振動を漆紀は感じた。この時、普段の自分なら絶対取らないであろう行動を取った故に身震いしたのは漆紀も同様である。
そのとき漆紀は己の情報など全て忘れ去り、ただただ目の前の彩那の表情に惹かれた。
彩那の方も、先程まで恥ずかしさや動揺を見せた漆紀が意を決して出た行動に惹かれた。
静止。いや、停止。
夜間の虫の音や外の環境音、全て余計な情報は互いに遮断された。
そう、漆紀も彩那も体感として時間が止まったようだった。
(今……俺は、人生で大きな瞬間にいるんじゃないのか?)
そんな気がした。とてつもなくそんな気がした。
(俺は……ここで、動かないほど弱気じゃない)
彩那の表情、目、身震い、彼女から感じられる情報から漆紀は勝負に出た。
そっと彼女の顔を、自身の胸辺りにまで持って行って抱きしめた。
「友達よりは深い仲だと、俺は思ってる……だから、これが俺に出来る限界か」
「竜王様……暑いですね、くっついてると」
「もういいか?」
漆紀は彩那を離すと、顔を赤くしたまま彩那はにこやかな表情を見せる。
「いいですよ。満足しました、せっかくだからこのまま寝ましょう」
「満足してないだろそれ。暑いんだって。あんまりくっつくなよ、俺の部屋はエアコンなくて扇風機だけなんだから」
「じゃあ扇風機を全開にしましょう。羽ならこの前ちゃんと洗いましたし」
「しれっと俺の部屋入って掃除してんの怖いんだけど……いつの間に?」
「でも変ですねぇ。健全な男子の一人である竜王様の部屋からアレな本が一冊も出てこないだなんて……」
「お前ほんとなにやってんだよ……」
彩那が部屋を物色したことについて少しばかり漆紀は嫌悪感を抱くが、そのぐらいで友達以下の関係と思う事はない。
「竜王様ってゲイ?」
「違う。断じて違う」
「無機物愛者?」
「そんな性癖はない」
「ED?」
「女子がそんな言葉言うんじゃない!」
「だって不自然過ぎますもん……あっ、パソコンか!」
「おいやめろ。そもそもパスワード突破できないだろ。仮に出来てもそれを見たら終わりだぞ。お前のこと生かしておけねえ」
「どれだけ業の深い性癖持ってるんですか竜王様」
「そんなイカれてるものは持ってないけど、見られたら恥ずかしさで殺すしかない」
「きゃー、竜王様にやられるー♪」
「もうやめてくれ。眠れないだろうが……なぁー本当に一緒に寝る気か?」
「私が冗談言っているとでも?」
彩那の目は揺らいでおらず、言葉通り本当に添い寝する気なのだろう。とはいえ漆紀の方は異性というだけでより一層緊張や焦り、体温の上昇で余計に寝苦しくてたまらない。
「とりあえず扇風機全開で動かすぞ」
漆紀はベッドから立ち上がって扇風機の電源プラグをコンセントに差し込み、出力を最大にする。
「……まだ扇風機でも余裕で涼しい季節だな」
「これで眠れますね、少し肌寒いくらいですよ」
漆紀がベッドに入り直して横たわると、彩那がワザとらしく両腕を漆紀の背に回す。
「だからと言ってくっ付くな。俺は異性なら誰でも喜ぶような腰の軽い男じゃないぞ」
「そんなにモテますかねぇ竜王様。いいんですかぁ? 私が居なくなったらもう一生女子と関わりなんかないですよ?」
「そんなこと……え? そんなモテない? そんなに俺ダメ?」
彩那に異性関係について念を押されると、途端に漆紀は自信がなくなり問い返す。
「頑張って背伸びしてるけど、足りないトコもあるって感じかなぁ。まあ、案外頼りになるところは……その……凄く魅力的だしモテると思います、よ?」
「疑問形かよ、もういい。どかないなら俺は勝手に寝る。あとは好きにしろ」
漆紀は仰向けになって目を閉じ、瞼の上に右腕を乗せて全身の力を抜く。
「あー、好きにしろって言っちゃいましたね? じゃあこうさせて頂きますよ」
彩那がそう言った途端、漆紀の胸辺りに何かが乗る感覚がする。重さは人間全身ほどはない。
(俺を枕にってかよ。まあそんなに重くないし良いか……)
これ以上何か言っても彩那は一緒に寝る気だろうと考え、漆紀はそのまま眠ろうと決めた。彩那はというと、漆紀の胸に頭を乗せてその鼓動を聞いていた。
(こうしていると、なんだか落ち着きます……竜王様はこれ以上何も言わないし、案外満更でもなかったりして)
纏まりがない他愛もないあれこれの考えが彩那の脳裏を次々に過るが、彼女もそれに疲れたのか全身の力を抜いて脱力し、眠りへと沈んでいった。




