37. 宗一の過去・その13
時刻は午後9時頃。埼玉県のとある山中の洋館内。自然に囲まれた洋館は夜闇に包まれていた。どんよりした空気感の洋館のホールにて。
ホール内はどこか熱くひりつく空気感が漂っていた。俺は臆せず進み、人影を見て足を止める。
天井中央は円形のガラス張りになっており月光が煌煌と差し込む。
その光の下に立つ紳士面をする男を、俺は睨んでいた。
男は洋館の内装に似合う紺色のシックなジャケットを着ており、髪を後ろにかき上げてオールバックに整えていた。服装や髪形は社交会にでも出るような紳士然としたものだが、男の眼光だけは紳士的とはいえず殺意や暴力的なものに満ちていた。
男から右に離れた壁際の椅子には俺の目的である陽夜見が縛り付けられていた。陽夜見の膝の上には揺り籠があり、揺り籠の中には俺達の養子・漆紀が顔を覗かせていた。
「陽夜見、怪我はないか?」
「私も漆紀も平気だから早くソイツ倒して!!」
陽夜見は身を乗り出してきめ細やかな黒髪を大きく揺らしながらそうハッキリ言う。陽夜見の様子からして、怪我はなく元気ではあるようだ。普段の綺麗な顔立ちはそのままである。ただ、状況による緊張と疲れからか表情に余裕はない。
「お前が当主か」
「まさかここまで来るとは。貴様が」
「死ね」
俺は躊躇せず殺意のままに構えた猟銃で狙い撃った。銃声はない、サプレッサーを付けているライフル銃だ。
「貴様ならわかるだろう? 銃弾は効かない……貴様ごとき出来損ないが、我が家の固有魔法……理論武装を使えることは許しがたいことだ」
銃弾は確かに男に当たったはずだが、男の体からはどこからも血が流れ出ない。銃弾はそのまま床に落ちたようで「カラン」と軽い音がホールに響く。
銃弾が効かないのは、恐らく男が辰上家の固有魔法である「理論武装」の鉄人を唱えているからだろう。言葉通り全身が鉄人のような硬度となって、銃弾すら効かなくなる。
固有魔法・理論武装。これは辰上家に伝わる魔法であり、言葉通りに己の身体を魔法効果で強化したり、言葉通りの効果を起こすのだ。鉄人ならば言葉通り鉄の硬度を持つ人体に。光陰矢の如しならば言葉通り唱えた者の時間が加速し光の如き高速移動をする。理論武装の魔法効果とは別で、光陰矢の如しは発動できる言技の一つである。
「俺の家族誘拐しといてその紳士面はなんなんだよ」
「現にお前の妻子には傷一つあるまい。あくまで私の目的は貴様だ、無用な殺しはケダモノの所業だ……貴様は今まで金の為に無用な殺しをしてきたようだが……」
銃弾が効かないと分かり、次の手を考えるために時間稼ぎとして俺は疑問を投げかける。
「俺を殺したい理由は野垂れ死にするはずの捨て子が生きてるからか? 捨てておいて、今度は捨て置けないと?」
それだけで殺すのはどこか腑に落ちないが、どうせ納得のいく合理的な理由は聞けないだろうと半ば投げやりに問いかけた。
「そうだ、出来損ない。そもそも貴様は生まれた時に始末されたと聞いていたが……捨てられた貴様が今更生きていては困る。太陽連盟に異界の貴族階級や政治家の一部には私の存在を消したがっている者もいる。私を殺してお前を担ぎ上げて当主に据えて辰上家を傀儡にされては困る。もうこの家の当主は私だ。貴様が存在する限り異界において我が家の立場が揺らぎ盤石と言えなくなる……ここに来たのは夜野田の手引きか?」
「……」
「やはりか。秘密裏に動くのが得意なのは夜野田だからな」
「何の感慨もなさそうだな。俺も何の感慨もないぞ」
陽夜見と漆紀の誘拐の首謀者は、俺の視界に入っているこの男だ。辰上家、その当主。この男は、恐らく俺の実の兄に当たるのだろうが実際なんの感慨もない。それどころかひたすらに殺さなければならないという殺意と敵意ばかりが渦巻く。
「……」
「……」
俺はヤツを睨み、ヤツは俺を睨む。睨みながら、どうすればヤツを殺せるか方法を考える。銃が効かないのなら、やはり決め手は魔法か爆弾だろう。接近戦でもみくちゃになり、バレないように爆弾を仕掛けて誘い込んで爆殺か。それとも魔法だけでどうにか押し殺せるか。
「俺の名前は知っているだろう? 当主、お前の名前は?」
「辰上言夜」
「……言夜、お前の名前を聞けば少しは同情や感慨が浮かぶかと思ったが、ダメみたいだ」
俺は銃を置き、素手で構えて固有魔法を使う準備を終える。万が一俺の理論武装が通用しなくとも、背中に引っ提げているもう一つの銃・稲黒の精霊術を行使してみればいい。
爆弾もある、いつも通りやりようはいくらでもある。
「私も貴様の名を知っても、同情も感慨もなかったぞ」
言夜も俺と同様だ。お互いがお互いに対して、どうにも殺意と敵意しか湧かないようだ。
言夜は酷く引き攣った様子で渇いた笑い声を発する。これには俺も場違いながら笑わざるを得なかった。
こんな点で兄弟で似るというのがどこまでも救えないし、神様が俺達に殺し合えと認めている気がした。
「ははははは」
「ははははは」
「な、なんで笑ってんの? これ誘拐された妻を助けに来た場面なのになんでお互い笑い合ってんのさ!? 宗一!! ちょっとぉ!!」
あまりの場違いな俺と言夜の状態に陽夜見が横槍を入れるが、決して俺は気が違ったわけではない。勿論言夜も気が違ったわけではないだろう。
ある程度笑い終えると、俺達はキッと睨み互いに詠唱し、辰上家に伝わる固有魔法・理論武装を発動した。
「理論武装・鉄人」
「理論武装・手刀」
俺は鉄人と唱え、文字通り全身が銃弾すら通さぬ鉄人と化す。そして言夜はおそらく手が刀のような切れ味を発揮する文字通り手刀の状態になったのだ。素手で大体の物を切り裂ける理論武装・手刀。俺も場面によってはよく使う。
「「光陰矢の如し!!」」
俺と言夜の言葉が重なった。唱えた瞬間、お互いがお互いに光の如く高速で一直線に突っ込み、青い光の残像が軌道を描いてぶつかる。
言夜は刀の如き切れ味の右手を、俺の喉元目掛けて振るう。
俺は鉄のような硬度と化した右拳で、言夜の手刀を受け止める。
(喉狙いかよ、しょっぱな詠唱潰しか)
理論武装は詠唱が必要な魔法、無力化するには単純に喉を潰して言葉を発せなくすればいい。
「らあっ!」
左拳を言夜の腹に打ち込むが、やはり言夜は理論武装で鉄人と化しているためか大した手応えがなく、一歩も引かず俺に組み付いたままだ。
「鉄人の硬度は私の方が上のようだな! 理論武装・石頭!」
そう唱えた瞬間、言夜は俺の頭に頭突きを放った。その威力は大きく、俺は後ろに思い切り突き飛ばされてしまい、言夜との距離が離れる。
鉄人と化した硬度の体に、理論武装・石頭による硬度の重ね掛け。魔法効果の重ね掛けによる攻撃のせいで俺は頭の中グラグラする。
理論武装による強化は重ね掛けが可能だ。鉄拳だけでなく鉄腕を唱えれば拳の硬度と強さがより一層増したりする。それを駆使して言夜は俺を追い詰めてくる。
「まさかたったこれだけでもう死にそうか愚弟め」
「死ね」
俺は腰のバックパックに入れてあるリモコンのスイッチを押した。その瞬間、言夜の腹の表面で爆発が起こって煙や破片がダンスホールに広がる。先程俺が言夜の腹を左拳で殴った際に、左拳で握っていた接着式の爆弾をヤツの腹に付けていたのだ。
陽夜見に被害が及ぶほど強力な爆弾ではないし、指向性の爆弾で向きは陽夜見の方ではなく言夜の方に向けている。
爆発の爆音で目覚めた漆紀が、揺り籠の中から激しい泣き声を上げる。
『爆発がしたぞ!? おいバカ宗一君! 陽夜見ちゃんまで巻き込む気か!!』
無線でケイの声が聞こえるが、そんな何の計算もないバカな真似をするものか。
言夜が今の爆弾で呆気なく死んでいる事を願うが、煙が晴れるとその願いも虚しいという事が判明した。
爆発によってジャケットが破れ、半裸になった言夜がそこに立っていた。オールバックにして整えた髪は崩れ、乱れた髪が額にだらしなく下りている。
そしてなにより、言夜の先程までの紳士面はなくなり殺意のままの野蛮な顔付きになる。
「爆弾ならば通ると思ったのか愚弟が。お前のような出来損ないとは違……」
わざわざ口上を全部聞いてやる理由はない。俺は背負っていた愛銃・稲黒を構え、精霊術を行使し銃口から雷を放出した。
雷は言夜の体に当たり、言夜は無言で固まる。
「理論武装で強化してようが電撃は応えるだろ」
微動だにしなくなった言夜は白目を剥いて、その場で呆気なく前のめりに倒れ込んだ。
「こんなもんだ。陽夜見、ちょっと待ってろ。コイツに念のためトドメを刺す」
俺は倒れ込んだ言夜に近付き、右足で背中を踏みつけながら稲黒の銃口を言夜の頭に突き付けた。
瞬間、俺の左足が言夜にがっしり掴まれ。
「うわぁ!?」
言夜は起き上がりつつ俺を思い切り放り投げた。
「生きてやがったか!」
俺は壁まで投げ飛ばされ、壁に激突し体勢を崩してしまう。
「クソっ……始末して」
俺が向き直すよりも早く、言夜は俺に肉薄していた。言夜は稲黒の銃口を右手で掴むと、俺の力を上回った腕力で一気に俺から稲黒を奪い取ると後方遠くに投げ飛ばす。
そして俺の頭を両手で掴むと、言夜は頭を大きく後方に仰け反って。
「貴様が!」
言夜の大振りな頭突きが俺の額に突き刺さり、脳が激しく揺さぶられる。
「少しでも私を上回れると思ったか!!」
次々に俺の腹や胸に言夜は拳を叩き込む。
「鉄拳、鉄拳、鉄拳!!」
「ぐふっ!?」
どこか内臓を傷めただろうか、俺は言夜に向かって血反吐を吐いてしまう。口いっぱいに咽ぶ程の血の味が広がり考える事を止めてしまいそうになる。
「宗一っ!!」
陽夜見が俺を呼びかける声は、もう悲鳴のそれに近い声色だった。
「この理論武装は私の魔法だ、貴様の物ではない!! 重ね掛けの数も私の方が上だ!! 理論武装・鉄人! 鉄拳! そして手刀!!」
言夜は俺の命を絶つ一撃を与えるべく大きく右手を後ろに構える。
「らあっ!!」
これだけは食らうわけにはいかない。揺さぶられる脳で俺は理論武装の重ね掛けをする。
理論武装・鉄人を解除し、右腕を部分的に強化し俺に出来る最大の硬度と膂力にすべく理論武装の重ね掛けをする。
俺は右手を突き出しながら魔法の発動判定ギリギリの、かなり崩して短く発声する圧縮言語と呼ぶべき俺の編み出した手法を用いて唱えた。
「理論武装・鉄腕、鉄拳」
防御を捨てた右腕の強化、それを俺は思いっきり言夜の顔面に叩き込んで後方へ殴り飛ばす。
「ぶぐうぅっ!!」
先程まで俺を追い詰めた言夜は殴り飛ばされるなり情けない声を出して床に倒れ込む。
状況を打開したので、俺は守りも再び強化するべく理論武装の効果を一度解いてもう一度かけ直す。
「理論武装・鉄人、鉄拳」
再び俺の体は鉄人の如き硬度になり、重ね掛けの鉄拳により拳の強さと硬度が上がる。
「理論武装・石頭まで重ね掛けしてたら今のでぶっ飛ばないな。俺から見て、お前の今の理論武装は鉄人・鉄拳・手刀……重ね掛けは3つが限界か」
俺は口から血で汚れた唾液を垂らしながら声に出して分析して見せて牽制する。そう口に出す間も俺は左手で腹を抑えながら、倒れ込んだ言夜へと近付く。
固有魔法・理論武装の魔法効果は重ね掛け出来る。鉄人と鉄拳など重ね掛けすることで一部分の硬度や強さに威力を増すことができる。この理論武装の重ね掛けの効果は足し算式だ。重ね掛けしていくごとに効果の上乗せ、1を2に、2を3にと効果が強まる。
俺の理論武装の重ね掛けの限界は2つまでだ。これを越えて3つも重ね掛けしようとすると、最悪理論武装が全て解けて生身の無防備な体になってしまう。
「やってくれたな言夜。腹パンは痛かったぞ」
立ち上がろうとする言夜の顔面へ右拳を再び叩き込もうとするが、言夜はアッパーで俺の拳を叩き上げながら跳ぶ。
「さっきのはなんなのだ!」
俺と言夜の左拳がぶつかる。恐らく俺の使った圧縮言語の技術を言夜はとやかく言っているのだろう。
「私がトドメを刺せていた、あの速度での理論武装、何をした!!」
「黙れ、もう死ね!!」
何度も何度も、理論武装で強化した拳がぶつかり合う。お互いの視線、予備動作、互いに互いの動きを読み合って、文字通りの鉄拳が激しくぶつかる。
言夜にダメージを与えられるのは俺の愛銃・稲黒だろうが、アレを取りに行こうとすれば背後を取られて背中を手刀で刺されるだろう。この場でコイツとやり合うほかない
「愚弟が!!」
「言夜ぁ!!」
お互い一歩も引かず拳のやりとりが続く。お互い拳が何度もぶつかり合い、腹、肩、顔面、何の作戦もない。ガキの喧嘩と変わらない単純な殴り合いだ。
だが言夜の口元がふいに不自然に動く。それを俺は見逃さなかった。この膠着した殴り合いで打開する手段があるとしたらたった一つだ。
「「光陰矢の如し!!」」
俺は圧縮言語で一瞬早く魔法を発動し、高速の右拳を言夜の腹に叩き込むが、言夜は退かない。
「ぐっ!!」
俺の理論武装より、基礎的な効果が言夜の方が上なのだろう。魔法効果の度合いを数字で言うならば、俺が3としたら言夜は4。若干ヤツの方が上だが、この差が徐々に俺を追い詰めていくのだ。この差を埋める攻撃を仕掛けなければ言夜を殺せないだろう。
「「光陰矢の如し」」
お互い何度も光陰矢の如しと唱えて光の如き高速で青い軌跡を描きながら拳を叩き込み合う。俺の方が速く魔法の発動に成功して殴るというのに、言夜はそれでも退かず倒れず受け止め切って俺を殴る。
「貴様あああああああ!!」
「死ねえぇあああああ!!」
俺の方が圧縮言語により魔法の発動が速いと言っても、元々の理論武装の効果に差がある上に重ね掛け出来る数も言夜の方が上なのだ。
体中が痛い。俺も殴っているが言夜も俺を何度も殴っている。体中が悲鳴を上げている。
もうどこかしらの骨が折れていてもおかしくないのだ。
「ああああああ!!」
言夜の強烈な一撃が、不意に俺の顔面を捉えた。
「ぐっ!?」
これには耐えきれず、俺は吹き飛ばされる。テーブルや椅子を破壊し、それらの残骸に乗る形で倒れてしまう。
どこまでも痛い。ここまで負傷した戦いは今までない。魔法使い相手は竜理教の連中と経験があったが、これほどボロボロになった事はない。
陽夜見がそこにいる。あとは言夜を殺すだけなのだ、それを逆に殺されてたまるか。
だが俺の攻撃は致命傷にならない。不意を狙った一撃は確かに効いているが、これ以上不意を狙える材料がないし、鉄人を解除して鉄腕と鉄拳で拳だけ強化して攻撃しても通用するかどうか。それに攻撃のために拳のみの強化に徹すれば防御がおろそかになり、ヤツの拳は簡単に俺の体を貫くことだろう。
このままではジリ貧、いずれ疲弊してこちらが殺される。
この状況を覆し、言夜を殺す方法はないのか。
俺は未だに揺さぶられている頭で方法を考える。今までの戦闘経験や、魔法の知識、それらを思い返す。
今まで俺は戦いになる度に何でも駆使して戦った。暴走族との戦いでは敵のマシンを逆に利用したり、武装市民勢力との戦いではゲリラ戦にはゲリラ戦をと思い嫌がらせじみた破壊工作や妨害工作で撹乱してから攻撃を加えた。
魔法使いとの戦いでも、大体不意打ちや通常兵器での撹乱からの銃撃や精霊術などで対処してきた。それでもダメな時は固有魔法・理論武装のゴリ押しで勝って来た。
まず時間稼ぎだ。再び俺は言夜へと何の益もない今更な質問を投げる。
「言夜ぁ……お前、なぜ陽夜見や漆紀を殺さない。俺がその立場なら……殺さなかったとしても、敵の弱みとばかりに痛めつけるぐらいはするはずだ」
「ついさっき言ったのだがな。無用な殺しはケダモノの所業だ。それに、私は貴様の全身全霊を踏みにじって勝って殺したいのだ。人質は取ったが、それは戦う理由を与えるためだ……弱みとばかりに人質を痛ぶって弱った貴様を殺すのでは意味がない。仮に殺すとすれば、貴様の子だ。貴様を殺したあと、子を殺そう」
「良いトコの家柄特有のプライドってヤツかよ。クソ食らえだ。息子は養子だぞ」
「養子だろうと子は子だ。貴様の子は殺す」
言夜を殺す方法、それはきっと滅茶苦茶な方法でなければ上回れないだろう。この男を凌駕して殺す方法。普段の俺では絶対考えない、過去最大にリスクもある意外な方法。
まず魔法だ、手段は魔法。
だがそれでどうやって言夜を殺すというのだ。魔法、魔法、魔法、固有魔法。
この理論武装では言夜の方が上手だ。
「ケイ!」
俺は無線でケイを呼びかける。
「一発逆転で敵を魔法で殺せる方法ってないか!」
『そんなものあるわけ……いや、一つだけある。魔法の威力の向上、でもそんな土壇場で出来る方法があるとしたら……"契約"だけだ』
「仲間を呼ばせるものか!! 光陰矢の如し!!」
言夜が真っ直ぐ俺に突っ込んで来るが、俺は真横に転がって言夜の体を避ける。
言夜は俺の後方へと通り過ぎて行き、高速移動が終わり俺の方を向いたまま止まる。
「契約って、精霊術とか召喚術で行うヤツじゃ……」
『いいか宗一君! 契約自体は意思などない魔法とも出来る。一方的な契約だから追加は出来るが内容の変更や解除は出来ない。君の固有魔法と契約するんだ、敵を倒せるほど強固ででたらめな条件の契約で、魔法を強化するんだ!!』
「契約って……」
『勝手に取り決めればいいんだ。君の固有魔法・理論武装と契約するんだ!』
後方に居る言夜が大きく右手を横に構える。
「しぶといな貴様……叩き斬る」
おそらく光陰矢の如しによる高速移動も込みで俺を手刀で斬り殺す気だろう。高速移動の加速があれば胴体ごと斬られるかもしれない。
今にも俺を殺さんを殺気立つ言夜を睨み、俺は圧縮言語で唱える。
「「光陰矢の如し!!」」
圧縮言語を用いる事で魔法の発動は俺の方が早かった。俺は真横に高速移動して、先程まで俺の居た場所に言夜が右腕を真横に空振りする。
「貴様のその詠唱の早さ……なんだ、なんなのだ! 貴様如きが……ダメだ殺さねば、捨て子がこれほどなど、殺さねば!!」
「「光陰矢の如し!!」」
何度も何度も高速移動の青い軌跡描いて俺は言夜の激しい斬撃の強襲を避け続ける。
(固有魔法との契約……やってやるよ。コイツを殺し、辰上家を潰せば……陽夜見や漆紀を狙うヤツはもういなくなる。子供の為に……今ここでコイツを確実に殺す)
俺は時間稼ぎの為に2つの発煙弾のピンを抜いて俺と言夜の中間位置ぐらいに投げつける。
すぐに発煙弾は効果を発揮し俺と言夜、双方の姿が見えなくなる。
俺は契約すべく、けれど言夜に気付かれぬよう小声で宣誓する。
「固有魔法・理論武装。契約だ、俺はもう、ヤツを殺せれば良い。そのためにお前を二度と使えなくなっても良い。この戦いが終われば"二度と"理論武装を使えなくなって良い。だから今だけは、理論武装が出来る全てを……俺に寄越せ!!」
そう言った途端、俺の体はズッシリ重くなったと感じた。だがその直後、ふっと体が軽くなる感覚に襲われた。この感覚は契約成立という事だろうか。
「理論武装・鉄人、鉄腕、鉄拳」
理論武装の重ね掛け限界である2つを越えた理論武装が可能になっている。明らかに全身と両腕の硬度や強さが増している感覚がする。
俺は更に唱える。
「理論武装・アイアンクロー、手刀、石頭」
先程までの理論武装が解除された感覚はない。俺は今、6つもの理論武装の重ね掛けに成功し、それが解かれる感覚も一切ないし維持できている。
「理論武装・剛腕、敏腕、鉄骨」
どれも解除されることなく、理論武装が重ね掛けされる。
もう二度と理論武装が使えなくなっても良い、この不可逆かつ決定的な条件での契約だからか上限を無視した重ね掛けが出来るようになっていた。
「どこだ! こんな時間稼ぎを……逃げたか!!」
俺を探しているのか、煙の中から言夜の怒号がホールに響き渡る。やがて発煙弾の効果が切れて煙が絶えて晴れていくと、煮え湯を飲まされ怒り心頭の言夜が立っていた。
「戦うかと思えば防戦一方に時間稼ぎ……貴様に私を殺せる実力などないと分かりきっている。もう死ね、己の生まれが災いしたことだ」
「ふざけないで!! あんたの家が勝手に宗一を捨てて、勝手にキレ散らかしてるだけの癖に!!」
堪えかねた陽夜見が言夜へとそう叫ぶが、魔法も使えない無力な人間だからか言夜は羽虫の羽音の様に扱って聞く耳など持たない。
「言夜あああぁぁぁ!!」
「気安く呼ぶな出来損ないがああぁぁぁ!!」
お互い睨み合い、戦いが再開する。
「「光陰矢の如し!!」」
俺は右腕を思い切り言夜へと突き出し、言夜の顔がそれに当たった瞬間、言夜は後方に吹き飛んだ。
「ぶぐえぇぇー!!」
俺の上限無視の理論武装の重ね掛け効果で出来た最強の拳を受け、言夜は情けなく倒れ込む。
「なぜだ……貴様、何をした? クソ、視界が……脳が揺れる……!! 先程まで、こんな威力はなかった。何を?」
「お前を殺す。言夜」
俺は言夜の首根っこを右腕で掴みそのまま上方、ガラス張りの円形の天井へと投げつける。
「なんなのだその膂力は!!」
ガラスを突き破って言夜は宙に飛ぶ。
「光陰矢の如し!!」
俺は高速移動を用いて宙へと飛び上がり、同じく宙に浮かんだ無防備な言夜を殴りつける。
「子供の為に、お前はここで殺す!!」
俺は空中で素早く何度も言夜を殴りながら落下していく。そしてようやくホールの床へと叩きつけられる寸前で俺は右手を構えて一気に振り抜いて言夜を貫いた。
「があぁ!!」
床に着いた瞬間、俺の右手は言夜を貫き床に深い穴を開けた。だが、胸を狙ったその一撃は言夜が身を捩った事で右肩を貫く結果になった。
「貴様……その力は、契約か? ゴフっ、ガフッ!」
「あんだけ殴れば内臓もグチャグチャか……お前に対して同情は全くない、言夜。死んでくれ」
俺が右腕を振り上げると、言夜は何故か陽夜見の方を指差し何かを呟く。
「黙れ!」
俺が右手を言夜の胸に突き刺した瞬間、言夜の指先から黒く淀んだ光の筋が高速で放たれた。
突然の事で反応することが出来ず、避ける事も出来ず陽夜見はその光を身に受けてしまう。陽夜見は痛みこそないものの、不安な表情を浮かべて「今のなんなの?」と疑問を口に出す。
「おい、何をした!」
言夜の胸から右手を引き抜いて問いただす。
「の、ろい……魔法と、契約で、呪いを……かけた」
「ふざけるな。お前が殺したいのは俺だろう!? なんだそれは!」
「もって、数年……で、死ぬの、ろい……苦しむと、いい…………出来そこ……」
「ああぁ!!」
俺はたまらず右手の手刀を真横に振って言夜の喉を掻き切った。
「がっ…………」
もう言夜は指先一つ動かさず、その命は明らかに消えていた。
「クソ、クソ! 呪い、呪いだと!? 魔法に呪いなんて属性はない、なのに呪いなんて……理論武装か? お前も理論武装に何か契約をしたな!? おい!」
わかっている。もう死んでいると分かっているのに、俺は言夜に問い詰め続けた。
「もう死んでるわよ宗一!! あんたが殺ったんだから!」
「……陽夜見、体調は大丈夫か? 呪いだぞ? 痛いところとか、ないのか?」
「今は大丈夫だけど……それよりこの子を連れて早く逃げよう。私の縄解いて!」
「ああ……」
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「俺誘拐されてたとかそんな記憶ないんだけど」
漆紀は様々な感情が入り混じった声色でそう漏らすと、彩那は「仕方ないのでは」と続ける。
「多分赤ちゃんの頃の事ですし、覚えてなくて当然ですよ。それより竜王様、もう十時半を過ぎますよ」
「ああ、区切りいいしそろそろ寝るか。続きはまた明日読むってことで……」
漆紀は日記を閉じて、本棚に戻す。今まで気にしていたのは母方の実家である天川家。
しかし父だけでなく自分の命まで狙っていた父方の実家である辰上家の存在は、今まで漆紀は知らなかったし漆紀の中ではその存在感が大きくなって捨て置けなくなった。
「辰上家……」
「気にしても仕方ないですよ竜王様。さあ、そろそろ寝ないと明日起きれないですよー」
「ああ」
そうして漆紀と彩那はそれぞれ部屋に行き、その日はもう寝る事にした。




